休み時間、素材選び
ミナモさんの先導で俺たちは森を歩いて回った。パンフレットを頼りに、いくつか採集ポイントや採掘ポイントを回り、道中で出会ったモンスターの相手も軽くして。
俺たちは教室へと戻ってきた。俺たちの机に、大きな袋を置く。それは、外で集めてきた素材、モンスターが落とした素材などが入っている採集袋。
「おや、もう戻って来たのですか?」
「はい。落ち着いたとこでやりたくて」
「素材の投与をですか? 片端から全部ぶち込んでいいんじゃないですか?」
俺たちは机を合わせ、袋をひっくり返し机の上に素材を広げる。
「透明なものは全部私の」
「あ、はい」
彼女は宣言通り、机の上から透明な結晶や欠片などを全部取り去っていく。
「鉱石系の素材が多いですね」
と、先生もやって来て俺たちの机をのぞき込んでくる。
「そうですね、採掘ポイントを回って……って、先生は、俺たちのことを見てくれていたんじゃないんですか?」
「眺めてはいますよ。危険そうなら手を貸します。でも、基本は複窓なので、逐一あなた方のことをつぶさに見ていられるわけではないですね」
「複窓で見てるんですか?」
ミナモさんは武器を取り出し、結晶を掴んでぐりぐりと剣に押し付けている……と、剣が反応した。武器が押し付けた石を飲み込み、石は彼女の手から消える。“武器型”を取り込ませた時と同じだ。ふんすと、彼女は何やら満足げな様子。彼女の“成長武器”はまだ銀色の簡素な直剣のままで、見た目に変化は見られない。
「武器って、どんな感じに変わるんですか?」
「そうですね。例えば鉱石系の素材を与えれば、鉱石で作られたような見た目に変わります。性能も、鉱石派生のいずれかの性質を備えるなどあります」
「派生? 派生って何ですか?」
「あげる素材によって成長武器は性質を変えます。先に開拓していった先達により、それは大まかな派生図として記録されていますが、同じ素材を与えた武器は、同じように成長しますね」
「その派生図は見せてくれないんですか?」
「見たところで、今のあなたたちで手に入る素材に違いはありませんよ。性能も大差ないです」
いいから見せてくれよ。
「ちなみに、与えた素材の消化には、与えてから一か月ほどの時間が掛かります。ここ一か月の間に与えた素材により、武器の形態が決定されるわけです。また、武器にはお腹の容量みたいなものがあり、それを超えての素材の投与は行えません。お腹がいっぱいになったら、素材の投与はまた一か月後です」
「……結構大事なこと言ってません? ほかのみんなには言わなくていいんですか?」
「あなたたちが知っておいた方がいい情報なんて、今はいくらでもあるでしょう、けれど、座学ばかりではあなた方は一ミリも強くなれません。今日教えるのは今日教えるべき情報です。今日一日で、あなた方の武器が素材投与の限界量に達するようなことは、まぁないでしょう。早くても一週間。知るのは今度でいいです」
先生と話していると、そっちで「あれー?」と声がする。
「せんせー、もう食べなくなっちゃったよー?」
と、ミナモさんは結晶類を剣に与えている所だった、彼女は剣の刃の横から結晶を押し付けるが、武器はうんともすんとも言わない。
「それは魔石ですよ、ミナモさん。魔石は“成長武器”は食べません」
「そうなんですかー? なんでですかー?」
「詳しい話はしませんが、力の種類が違うんですよ。魔石と“成長武器”では、それぞれ異なる力を内包しているので」
魔石ってのは……なんだっけ。確か、魔力が結晶化したもので、魔法や魔道具の燃料になるんだとか。
「じゃあ観賞用にします」
「魔石はギルドで買取など行っていますよ。価値は質によります、より強い魔物ほどより質の高い魔石を落とすので、モンスターの落とす魔石は勇者の副収入になりますね」
「観賞用にします」
魔石は……売却用? 俺はミナモさんを振り返る。
「ねぇ……武器にあげる素材は、お互い好きなもの取っていいって話にしてたけど、武器にあげないなら、魔石は山分けにしない?」
俺がミナモさんにそう話しかけると、ミナモさんはうえ……と、露骨にいやそうな顔をする。彼女は魔石の小山から、一粒、大き目の綺麗な魔石をつまみ、俺の方に差し出してくる。
「……はい」
「山分けっつってんだろ」
「そ……素材は好きなの取っていいよ」
「それはお互いそうだろ」
「素材あげないの? 早くあげていいよ」
こいつ……まぁ、確かに魔石以外の素材は無価値って訳じゃないし、俺が取る素材に価値のあるものがあるかもしれないけど。俺は、二つ突き合わせた机の上に残った素材に目を戻す。
とはいえ、机の上に残っているのは、彼女が欲しいものを集め、取った後の残りかす。いやカスではないが。あるのは、鉱石系の中でも透明でない金属質の鉱石や、道中見つけたモンスターが落とした素材など。
俺も、あげる素材になんかこだわりとかあった方がいいのかな。とりあえず、たくさんあるし金属鉱石系に絞ってあげてみるか。金属鉱石でできる剣。面白味はなさそうだが、まぁ外れも無いだろう。
俺は、黒い粒粒の付いた塊を一つ手に取る。鑑定は出来ないが多分鉄鉱石とかそんな感じ。
「鉄鉱石ですね。そのままあげるんですか?」
と、武器に与えようと腰の武器を手に取ると、先生が脇からそんなことを言ってくる。
「そのまま……とは? 綺麗に砂とか落とした方がいいですか?」
「いえ、控え室に精錬用のスライムが居るので。金属鉱石を与える場合、そのままの場合と精錬したものを与える場合で、武器の派生が違ってきたりするんですよ」
与えるのが鉄鉱石と鉄とだと、武器の派生が違ってくる?
「どっちが強いんですか?」
「まぁ……一長一短ですかね。精錬前の金属鉱石を与える場合、じゃあ雑多に素材を与える訳ですよ。で、わざわざ精錬するならば、それに限って与えるとか、ほかの素材も揃えて精錬するとか、質を揃えることになってくるわけで。自然、与える素材を選ぶ方は与えられる素材の量が絞られてくる訳です。素材を絞るなら成長は遅い、雑多に与えるなら成長は早く、しかし特化した派生にはならない。と、そんな感じですね」
雑多に与える方が成長は早い、ふむ。
「素材を特化させた派生と、雑多な素材を与えた派生とでは、どっちが強いんですか?」
「ものによりますね。千差万別です。強いものも弱いものも……ただまぁ、素材を絞って育てた場合は、稀有な能力を備えることが多いですね」
なるほど、絞って与えた方が面白そうではあるな……いやでも、武器は素材を消化して性能が素の強化されるんだよな。素材をえり好みしすぎて、武器が全然育たない、なんてことになるよりは、得られる素材を片端から与えていった方がいいのか……? とりあえず上限まで……一か月の間得られる素材と、一か月消化できる素材が正確に分からないと、えり好みの正確な配分は出来ない……でも最初に武器が弱いままだと困るし、じゃあやっぱりまずは―
「まぁ今日は時間ありますし、とりあえず精錬してみますか? 与える素材も質がいい方がいいので。スライムも、精錬には時間が掛かりますし。質が高いものも含めて、雑多に与えてもいいですしね」
と、考えていれば先生が脇から言ってくる。
「まぁ、そうですね……スライム? え? あの超危険なスライムを持ってくるんですか?」
「あぁいえ、一般的に”スライム”と言えば、ねばねばした透明なアメーバみたいな生き物を指しますよ。先日目撃したのは幻竜種の……まぁ詳しい話はいいです。あれは忘れていいです。私が言ってるのは安全な方のスライムです、落ち葉とか食べるタイプの」
「今日、顔めがけて飛んでくるねばねばした危険なスライム居ましたよ」
「じゃあ取ってきますね」
先生は教室を出て行く、隣でガチャリと音がする、たぶん隣が控室とか準備室とか。待っていると先生はすぐに戻ってくる、戻ってきた先生の手には、大きめの水槽、そこにたぷたぷに入った透明な液体。
先生はそれを教卓に置いた。
「持ってきてください。この中に鉄鉱石を入れて、しばらくすれば黒い小さな結晶だけ残ります、それが高純度の鉄になりますね」
「そんな簡単に鉄が精錬できるんですね。こっちの文明もすごいですね」
「ですね。どっかのすごいところが開発したすごい便利なスライムです。聞かれても詳しい原理は先生は知りません」
ボチャ、ボチャと、机を往復して、持ってる鉄鉱石を全部透明な水槽の中に入れていく。そして待ち時間。机の上に残った、残りの素材をぼーっと眺める。これらはとりあえず取っておいて、使い道が見つからないようなら売却……かな? いや、最初に手に入る素材なんて大したもんじゃないし、持ってても腐らせそう。さっさと売った方がいい?
「ねぇ見て見て、微妙に透けてきた」
と、ミナモさんが剣を見せてきた。彼女が手に持つそれを見れば、まだ金属光沢の剣……いや、目を凝らし見てみれば、確かに微妙に向こうの景色が透けて見える。剣越しに、彼女の目が見える。
「ね?」
と、剣をどかして彼女が聞いてくる。
「面白いね」
「うん」
「ところで、机の上にあった魔石の小山はどこにやった?」
彼女は、んー……と目を逸らす。
「そんなのあった?」
「ミナモさーん」




