第十四話、大立ち回り
船が港に着いて、陸路を走ってしばらく。最初に見えた街が、“森林街”と呼ばれる大きな街だった。直前までは道は密林の中を走っていたが、唐突に森が開け、そこには文明の進んだ人の街が切り拓かれていた。
「わしは先にやるべき用事がある。二人は街でも見て回っておるといいの」
そう言ってシラアイは一人街の中に消えていった。俺たちはホテルに荷物を預け、通りに出てくる。
そこは、縦に長い建物が通りの両脇に沿って並んだ大通り。人通りも多く魔導の車も通っている。地上付近には出店や飲食店の軒先も出ており、活気づいている。こちらの大陸は人間の拠点の開発が遅れているという話だったが、街の中に入ってみればずいぶん進んだ街だった。
「ここが“森林街”か」
「おぬし、見てくれ! さいせんたんぎじゅつの、ほろぐらむというやつじゃ!」
「うん……それいくらしたの? ジャノメ。あんまり余計なもの買わないよー?」
目を離した隙に、早速ジャノメが無駄遣いしている。財布は俺が預かっていた方がいいかな……? いや、この子の自主性を育てるためにはちゃんと自分で我慢を覚えないと―
と、通りの向こうがざわざわと騒がしい。何かパレードでもあっているんだろうか? 待っていると、それらが視界に現れた。
馬車を引いて歩く何かの一団だった、おそらく先頭を歩いている人がそのリーダーだろう、貴族のような、あるいは騎士のような、煌びやかで豪華な鎧を身にまとい、集団を先導して歩いている。やっぱり偉い人なのだろう、通りを歩く人の波はひとりでに両端に別れ、その集団に道を譲っている。
俺たちもほけーと、店の入り口に立って、彼らが通り過ぎるのを眺めていた。と、先頭の貴族らしき男性の目が、ちらと俺たちの居る方向を見た。男は止まり、じっとこちらを見ている。彼が止まったせいでその集団も馬車も止まり、周りの衆目までこっちに集まる。ん? 何見てんだ?
「おい、そこの」
彼はこっちを見ているようで、少しずれているようにも見える。
「そこの白い髪のこども。そう、お前だ。手に何を持っている」
ジャノメだ。俺は思わず隣を見た、ジャノメが今手に持っているのは……あぁ、さっき売店で買ったというホログラムか。ジャノメはたくさんの視線を集めて縮こまっているようで、言葉も出せない様子。
「……近くのお店で買った、オモチャですね」
やべぇ、敬語とか分かんねぇ。俺が代わりに答えたが、言葉遣いは合っているだろうか、その貴族らしき男性の目が上がり、俺の顔を見る。
「ふむ。面白そうだな。その品、私に寄越せ」
え? 横暴だな……いや単に渡せばいいのかな。そのあと返してくれる? 隣を見れば、ジャノメはそのオモチャをしっかりと握りしめ、隠すように脇に抱えている。
「……い……いやじゃ……」
ジャノメはか細い声で呟く、その言葉に、貴族の男は聞き返す。
「……なに?」
「こ……これは、これはわしの金で買った、わしのものじゃ。だ、誰にも渡さん!」
その後は、俺が止める暇も無かった。男は澄ました表情のまま片手を挙げ、唱える。
「“雷よ(ライトニング)”」
閃光が迸り、それはジャノメを直撃する。俺が動く暇もなかった。
「……ジャノメっ!!」
俺はすぐさま少女の体を改めた、彼が作り出した雷は、どうやらジャノメが抱えていたオモチャだけを器用に撃ち抜いたようで、彼女の体はおろか、服にすら焦げ一つついていない、ただ、少女の手には折れた筒が残っていて、足元にはその破片が散らばる。ジャノメは驚きに体を竦めている。
「はは、いい気味だ。素直に私の言うことを聞かんからそうなる」
「……」
俺は少女の体を抱え、静かに貴族の男を見返す。
「……なんだ? こどものオモチャだ、弁償は要らんよな」
……今の魔法の精度、威力、おそらく相当な手練れだろう。歯向かった所で勝てる気はしない。ジャノメの体が無事だった、それだけで良しとしよう。
俺はジャノメを守るように少女の体に手を回し、彼から目を逸らす。
「ふん。興醒めだな。では行くぞ」
その時だった。視界の端で、少女の手が伸びる。
滝のような水の流れが真横からその貴族の男を襲った。
「……ばっ! ジャノメおま……!」
「バカが! 人のものを壊すからそうなる!」
ジャノメは勢いよく啖呵を切る。男の髪は濡れ、ぼとぼとと大粒の雫が今も零れ落ちている。
貴族の男は表情を変えぬまま、近くのフードの人影に耳打ちした。フードを被った人影はこちらを見て、杖らしきものを掲げ、何やらぶつぶつと唱える。
「ぎゃっ!!」
と、ジャノメの体が突然持ち上がった、彼女はそのまま空中へ、通りの中央へと連れていかれる。
「ジャノメ!!!」
ジャノメの体は土の地面に落とされる。少女の体は、まるで磔にされたかのように地面にへばりついている。俺は通りに飛び出て少女の体を追う、ジャノメは怯え、あるいは口をふさがれているのか声が出ない。ジャノメは俺を見上げてふるふると小さく首を振る。
「おい、馬車を向こうに持って行け。こいつを馬車で轢かせる」
「なっ……おい!! あんまりだろ!! この子がそれだけのことやったってのか!!!」
俺の怒鳴り声に、貴族の男は表情を変えぬまま、俺に言ってのける。
「なんだ? お前も道連れになりたいのか?」
俺は地面に磔にされたジャノメと、その男と、命令通りに向こうに下がっていく馬車の姿を見る。
「……俺の手足は、縛らなくていいのか」
「はっ、面白い。お前ひとりで、その娘のために何かやるというのか? やれるものならやってみせよ」
貴族たちは通りの端へと下がっていく。大通りには、俺と、ジャノメと、それから向こうに見える馬車だけがある。俺は馬車に向かって、地面のジャノメよりも一歩前に出る。ちらと少女の顔を確認した。
「……逃げ……逃げて……キョウゲツ……」
少女は怯え切って震えている。
「大丈夫。俺が守るからね」
俺は正面に向き直る。
「やれ」
貴族の男が手で合図を送る、二頭の馬が引く車だ、運が良ければ二頭の馬は俺たちの隣を通り過ぎる、そして後ろの車が俺たちを轢くだろう。馬が嘶き、馬車が動き出した。がちゃ、がちゃと、たまに小石を噛んで車輪が跳ねる。
大丈夫だ、あれなら壊せる。俺はまっすぐに片手を正面に掲げ、ゆっくりと体中の魔力を練り、俺の手の先に集めていく。
猶予は無かった。豪華な馬車を引く馬はもう最高速に達した、けたたましい音と重量が通りの向こうから迫ってくる。
そして、俺の片手に集めた魔力も臨界点を超える。
「“風刃”」
刃を模した風の線、螺旋を描く三本の風の線、それが俺の手から勢いよく放たれた、正面にあった馬車を穿ち、貫通する。馬車は正面から下を丸くくり抜かれ、門の字を保ったまま駆けていく、俺たちの両脇を馬が走り抜けていく。
馬車のトンネルが俺たちの上をくぐっていった、くりぬかれた馬車の中身は、土の地面をけたたましく擦りながら滑り、そして俺の目の前でその勢いを止めた。
俺は振り返り、ジャノメの体を確認する。
「大丈夫? どこか、痛い所はない?」
少女を地面に磔にしていた魔法の拘束は、もう切れていたようだった。少女は力の抜けた体で地面に寝そべり、小さくこくんと頷く。俺は少女の脇の下に手を入れ、体を持ち上げて、どうにか彼女の体を立たせた。
俺は彼の方を振り返る。
「馬車は壊しちまったが……ガキのおもちゃだ、弁償は要らないよな?」
貴族の男は目を見開いたまま、俺の居る方向を見ていた。返事が返って来ないが……次の難癖を付けられる前にさっさと逃げよう。俺はジャノメの手を引いて、その場を後にしようと―
すると、背後から大きく手を叩く音がする。振り返れば、男は気色の笑みを浮かべ、そして手を叩いていたのはその貴族の男だった。
「いやはや、素晴らしいものを見せてもらったな」
男は拍手を続けながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。え、なに? 怖い……。
「あ、あの……自分この後用事あるんで、これで―」
「素晴らしいものを見せてくれた礼に、貴様をもてなしたい。ぜひ我が館に来てくれないか?」
「え? いや、あの……」
「なに、そう怯えることはない。貴様の技に感動した、私の心からの言葉だ。先ほどまでの非礼は詫びよう、すまなかった」
俺は身を屈め、ジャノメに小さく耳打ちをする。
「ジャノメ……いちにのさんで逃げよう……走れるな……?」
「え……? でももてなしてくれるって言ってるぞ。美味しいものが食べられるのではないか……?」
「バカ……今しがた子供を引こうとした貴族の館だぞ……出てくるのは、人間の子供から引きずり出した心臓とかだ……」
「何を考えているのかは分からんが」
と、向こうの男から声が掛かる。
「逃げよう、などとは思わん方がいいぞ? ここは私の街だ、私の配下が街の内外をすみずみまで手足のように伸びている。私の指示があれば、ネズミの一匹すらこの街から逃げ出す隙間はない」
「……」
「ほら、仲直りと行こうじゃないか。私と一緒に来てくれるよな?」
貴族の青年は、勝気な笑みを浮かべて両腕を広げている。俺は、隣に立つ少女の顔を見た。




