第十三話、船の上の夢
「そろそろ、ここいらの豊穣の時期も終わりじゃ。わしはまた別の町へ行く。そういうことで、よろしく頼むの」
突然シラアイが部屋を訪れたかと思えば、そんなことを言う。
「どっか行くの?」
「龍脈には天気のようなものがあり、それに応じて各地に出るモンスターの状況も変わる。わらわはまた別の稼げる地域へと移動する。その時期が来た」
「ふーん?」
俺は少しだけ考えて、シラアイに返す。
「俺も一緒に行っていい?」
「……」
「まぁ邪魔にならないならだけど」
シラアイは、じっと俺の目を見つめていた。少し息を吐いて、シラアイは口を開く。
「……そちは尻軽じゃの。わらわの意見一つで、自身の居所をそんな簡単に決めてよいのかの」
「でもシラアイの意見でしょ? 俺より経験豊富だし、付いてったらいいことあるかなーって」
シラアイは、口元をムニムニとさせて言葉が返って来ない。
「……まぁ好きにすればよかろ。足手まといではあるが、邪魔とは言わん」
「庶用あればお任せくださいませ」
と、隣で黙って聞いていたジャノメが、くいくいと俺の袖を握って引いている。
「あの……わしは……」
「ジャノメももちろん付いて来るよな?」
俺がジャノメを振り返ってそう聞くと、ジャノメは一瞬固まった。次いで顔を逸らしつつ言葉を漏らす。
「しょうがないな……おぬしが付いて来いと言うのなら……行ってやるのじゃ」
「わらわは許可してないぞ」
と、シラアイがまたジャノメに意地悪を言っている。ジャノメの表情が切り替わる。
「シラアイに付いて行くんじゃない、キョウゲツに付いて行くんじゃ。隣に居るお前はどうでもいい」
「キョウゲツ、二人乗りの乗り物を手配するかの」
ジャノメが胡乱な目でシラアイを見つめている。
「おっけー、じゃあジャノメは走ってね」
「おぬしの膝が空いておるだろ。わしはそこでいいぞ」
「そこはわしの席じゃ」
「二人乗りならたぶん三人入るね」
がやがやと騒ぎながら、俺たちは出立の準備を始める。大きな荷物は勝手にミナモさんの部屋に置いておくことにした。
*
世界は龍脈に侵されている。この世界のどこかには、龍脈が噴き出す根元のような所があり、そこから距離が遠くなるにつれて龍脈の濃度は薄まっていく。龍脈は土地を変え、生き物の姿を変える。龍脈が濃い場所からは人間は土地を追われた、今は、世界のほとんどはモンスターたちが支配する魔境の土地である。
人間の今の拠点の多くは、龍脈が湧き出しているという地からは最も遠い位置にある、龍脈の希薄な世界のごく狭いエリアに集中している。
俺たちが今まで居たのは、その安全地帯の島国の一つであり、今から行くのは、比較的龍脈に侵された大陸の上である。俺たちは今、大陸行きの船の上に居る。青い海洋の上だ。
「海じゃー!」
ジャノメが甲板の柵に身を乗り出し叫んでいる。ここは青い海原の上、深い青に塗り潰された地面は、遠く水平線の向こうまで続いている。
「これ、ジャノメ。あまり身を乗り出すと落ちてしまうぞ」
「なぁなぁ、この海ってやつは、どこまで続いておるんじゃ?」
「世界の果てまで続いておる。この世界は陸地より海の方が広い」
ねぇねぇかわいいーと、通りすがりの他の乗客たちの衆目を子供たちが集めている。
「あんな小さい子たちまでこの船に乗ってんだねー」
「まぁいろいろ事情があんだろ……ってあれ、ありゃシラアイじゃねーか?」
と、そちらを見れば二人組の冒険者、剣を腰に差した赤髪のおじさんと薄着のお姉さんが立っている。赤い髪のおじさんの方が、シラアイの名を口に出し、こちらに歩いてくる。
「おーい、シラアイ! やっぱりお前もこの船に乗ってたか!」
柵にしがみつくジャノメの体を引っ張っていたシラアイが、名前を呼ばれて振り返る。
「……ハウスガッシュ! 久しいの!」
「やっぱりこの時期はあっちに渡るようなぁ!」
シラアイと向こうの赤髪の冒険者は、親しげな様子で再会の挨拶を交わしている。
「しかし、お前さんが仲間を連れてるとは珍しいな。まさか産んだか」
「馬鹿言え。どう見ても年が合わんかろ」
「なぁ、俺にもそいつらのこと紹介してくれや」
「ねぇガッシュ、私たちにもこの子のこと紹介してよ。一体どこの子?」
船は大きく、酒場あるいは食事処のような場所も内蔵してある。俺たちはそこへ移動し、一つの円卓を五人で囲む。ジャノメの身長が足りていない、両腕を机の上に乗せるのみだ。建物は絶えず波に揺れている。
「そっちの小さいのがジャノメ、若い男がキョウゲツじゃ。特別な仲ではない、今はギルドで一緒になっているだけの道連れじゃ」
俺の情報量少ないな。
「ほう? “特別じゃない”と前置きをするあたり、ますます怪しいな……」
赤髪のおじさんは訝しむようにシラアイを見ている。
「何を言っても無駄じゃな。好きに捉えればよかろ」
「あはは、すまんすまん。お前さんが誰かとつるんでる姿が珍しくてな。こっちはシラアイ、昔ギルドで一緒にパーティーを組んでた仲だ、んでこっちはシズメ、最近一緒にいることが多いな」
「ほう? 浮気なそちもついに腰を据えたか」
薄着のお姉さんは自分の体を抱いて身を引いている。
「いやいややめてよ、こんな酒臭いおじさん」
「だってさ。悲しくなるねぇ」
おじさんはシズメさんの言葉に、上を向いてうそぶいている。
「否定せんあたり、そちは満更でもないようじゃの」
「あはは、もうやめてくれ。いじって悪かったって」
と、頼んでいた料理が運ばれてきた。ジャノメの目の前に新鮮なサラダが置かれ、ジャノメは大人しくそれを摘まんでいる。
「ねぇねぇ、ていうかあんたらいくつよ? なんで子供だけでこんな船に乗ってんの?」
と、薄着のお姉さんは身を乗り出して、俺たちに聞いてくる。胸と腰に布をまとっているくらいで、褐色の肌をほとんど空気に晒している。
「こらこら、冒険者の身の上にそう簡単に踏み込むもんじゃない。っつーかシラアイは子供じゃないぞ。まだまだ小娘だけどな」
「ふん。若造に言われたくないわ」
「俺の方が年上だろ」
疑問符を浮かべているお姉さん、シズメさんだったか、シズメさんに向けてハウスガッシュさんが説明している。
「シラアイは鬼の血を引いてんだ。見た目通りの年齢じゃない」
「えぇ、嘘!? ってことはあんたら全員?」
シズメさんが俺たちの方にも視線を向けている。
「子供です」
「こどもです」
「えぇ? やっぱり子供じゃない」
「別に全員とは言ってないしな」
ハウスガッシュさんは手元の丸焼き肉に豪快にかぶりつき、その肉を毟る。中から肉汁があふれ出し皿に零れ落ちる。
その後、シラアイとハウスガッシュさん、シズメさんを中心として、談笑しながら食事は進んでいった。
「んじゃ、お前らもあっちに向かうのか?」
「わらわは手始めに“森林街”に行くつもりじゃ。どうせあの時期はまだ先じゃ、先に着いてもやることは変わらん」
「“森林街”? お前なら、もうちょっと上の場所でも……あぁ、そいつらのレベルに合わせてか」
「あの時期って何ですか?」
俺が聞くと、赤髪のおじさんはこちらを向いて、にぃーと笑顔を浮かべた。
「知らねーか? “黄金街”の“黄金祭り”だ」




