閑話、風の草原
「行きたい所がある。付いて参れ」
シラアイのその一言で、俺たちは町を抜け出した。
馬車に揺られ、俺たちは流れゆく景色を眺めていた。
「どこまで行くの?」
「心配するな。夕には帰る」
いくつかの町を過ぎ、次第に風が強く吹くようになってきた。大草原の中に、ポツンとその町はあった。それが町の特産なのだろうか、町の入り口をはじめ、景色の至る所に風車が刺され、風にカタカタと回っている。
「用があるのは町の外じゃ」
俺たちは町の入り口を出て、道の上を歩き、やがて脇にか細く続く小道があり、シラアイはそれを辿っていくようだった。
小道を辿り、小さな丘を登れば、そこに何かの石碑がそこに置いてある。町の中で見たような風車が三本脇に刺さり、風に吹かれている。
「見よ、ここから町が見えるぞ」
振り返れば、確かに背後に丘を降りて、町の景色が一望できる。町の建物を、道を、色とりどりの鮮やかな、小さな風車たちが彩っている。それらは絶えず風に吹かれ、カタカタと小気味よい音を立てながら回っている。シラアイは、丘の上からそれを眺めている。
「これが見たかったの?」
俺がシラアイの背中に話しかければ、ちらと流し目が返ってくる。
「そちに、何か用があった訳じゃない」
風が吹いている。暖かく、やわらかい風だ。吹かれていれば、そのうち微睡んでいるような気分になってきた。
「キョウゲツに、何かして欲しいことがあって呼んだ訳じゃない」
「そうなんだ」
「ただ……の」
シラアイがこちらを振り返る。そこには、いつもの澄ました表情が浮かべられている。
「ジャノメがそちに甘えている姿を見ていれば……わらわも、羨ましく思った」
「そう」
「わらわの頭を撫でてくれ。わらわの肩を抱きしめてくれ。そう言ってしまったら……キョウゲツを、困らせることになってしまうかの」
どうだろう。シラアイの見た目はまだ子供であり、年齢で言えばまぁ俺より年は上なのだが、彼女は長寿を生きる特殊な一族、普通の人間に換算しなおすと、シラアイもまた、ジャノメと同じくらいの子供ということにはなる。一応。
「撫でて欲しいの?」
俺が聞き返すと、シラアイは顔を逸らしてあらぬ方向を向いた。
「二度は……言わん」
ジャノメはそれだけ言って、口を噤んでいる。風は絶えず吹いている、今日は天気が良く、温かい日差しが俺たちの体を照らしている。どうだろうか、俺は何をすべきだろう……いや、俺がやるべきことは一つだろう。寂しいという子供が居れば、俺はただそれを抱きしめてあげればいい。
俺は屈んで目線を合わせ、少女の肩に手を回す。頭にそっと手を伸ばし、ゆっくりとその髪を撫でていく。
「いいよ、いつでも甘えて」
まだ子供である内は。俺がそう言って、シラアイの顔を見たなら、俺の予想とは裏腹に、シラアイはいつものような平然とした顔で立っている。てっきり、少しはさみし気な表情でもしているかと思ったが。
「何をしておる。手を止めるな」
「あ、はい」
少女に急かされ、俺は少女の体に手を回したまま、ゆっくりとその頭を撫でていく。あれ? なんか違うな。これ間違えた? この子、子供じゃないのでは?
「もうよいぞ」
「あ、はい」
俺が離れて立ち上がると、少女はくっと両手を天に突き上げ伸びをする。シラアイの顔は、心なしかご満悦に見える。
「なんじゃ? 人の顔をじろじろと見て」
「あぁいえ、なんでもないです」
「ここの町に美味しい屋台があるのじゃ。食べに行くぞ」
「……お供しますね」
まぁなんだ、シラアイが一人で行くのが寂しくて、俺を誘って一緒にここに来たというのは間違っていないのだろう。じゃあまぁ、いいか。この子が満足しているのなら、それでいいや。
俺は彼女の背を追って、風吹く草原の丘を降りていく。




