第十一話、基礎訓練
一人で町の外に出てきた。いつもは大体ジャノメかシラアイが一緒に居てくれるが、たまには緊張感のある狩りがしたい。そうでないと体や感覚が鈍ってしまう。ジャノメもシラアイも強いから、早く俺も強くならないと。
俺は町の外に出て、背の高い針葉樹の森の中に入っていく。ここはアイリスの街の近辺の森とは違い、出てくるモンスターたちの殺意が高い。気を抜けば一瞬で大怪我、あるいは……。今は護身用の魔道具を身に着けているが、それを消費しきる前には帰らないといけない。
最近はいろいろ手に入って戦うための手段も増えた、主に使うのは、武器に変化する“願いのお守り”だ。“願いのお守り”には充電みたいなものがあり、電池が切れれば、サブで持っている鉄の剣や魔法など使う。スキルは今も使えるが、立ち回りが歪むのでまだあまり多用はしていない。
いろいろ手に入りはしたが、俺自身の強さはどうだろうか。剣の腕は上がっているだろうか、魔法の練度は、俺の肉体の強度や身のこなしなどは上がっているのだろうか。上がっているのは表面上の装備の質だけではなかろうか。
そんなことが気になり、今日は鉄の剣を主に使って戦闘を行おうと思っている。負けそうだったら他のを使おう。鉄の剣は重く、汚れも壊れもする。ほかのいろいろな不思議な道具の様な快適さは、ただの鉄の剣は持ち合わせていない。だがその不便さが俺を強くする……気がしてる。
歩くのは森の下、日の光は高い木々に遮られ地上には届かない。地面には湿った土の匂いがしている。パラパラと落ちた枝を踏んでいく。
と、森の木陰から小さい白い姿が現れる。ウサギだ、この森で出会う、特に人に会っても逃げ出さないような種はまず間違いなく肉食である。案の定、現れたそのウサギは俺に狙いを定めたようにじっとこちらを見据え、じりじりと這い寄ってくる。俺は剣に手をかけた。
ウサギは後ろ足に力を溜め、跳ねた。俺は剣を盾にしてそれを受けた。ウサギの頭部が剣の側面に当たり、開いた口からむき出しの尖った無数の牙が見える。俺は地面に落ちるだけのウサギの矮躯を蹴とばす。ウサギの体は地面を跳ねて転がり、だがすぐに起き上がってこちらを向く。
ウサギはもう隠しもせず牙をむき出しにし、低く唸って地面からこちらを睨む。俺は静かに剣を構えなおした。
再び跳ねて飛んできた、フェイントもなく一直線にこちらへ飛んでくる、俺は剣を振りぬき、その突進に合わせウサギの体を真横から切り付けた。
鈍い衝撃、血を散らして、ウサギの体は地面に落ちる。そいつが動き出すことはもう無かった。
「剣の練習がしたい?」
「そう。闘技場? コロシアム? そういうのってここら辺にも無いかなって」
部屋を訪れくつろいでいたシラアイに、俺はそう切り出す。
「不要じゃ。わらわが相手をしてやろう」
そう言ってシラアイは立ち上がり、俺の疑問は切り捨てられる。
「いやいや、味方に殴りかかるのはちょっと」
「使うのは練習用の木刀じゃ。それに、そちのひ弱な力で傷つくようなやわな体はしておらん」
「……気分的にむり」
「……はぁ。ならこうするとしよう。わらわの体にいくつか的を付ける、それが弱点じゃ。そちはそれを狙うとよい。わらわは容赦なくそちの体を打ち据えるがの」
うーん……。
「じゃあ、俺が持ってた護身用の魔道具あるじゃん。あれ付けといてくれない?」
俺がそう言うと、シラアイは小さく溜息を付く。
「そちの好きにすればよかろ」
町の近くの荒野に出てきた。俺とシラアイ、互いに手には練習用の堅い木刀を持っている。草原の上、風が吹いて草が揺れていく。
「闘技場に行きたいと言っていたの。そこでは鍛えられんものがある。何か分かるか?」
「あー……危機感?」
「それもあるかもしれぬの。じゃが、わらわの用意した答えは違う」
シラアイは、すっと木刀を掲げ、その先を俺に向ける。木刀の構えに一切の揺らぎがない。稽古を付けてくれると言ったが、普段シラアイは釘のような武器を使っている。彼女に剣の心得があるのか? きっとあるのだろう。シラアイの迷いのない構えからそれが伝わってくる。
「打たれ強さじゃ」
「……」
「戦場で付いた傷は治らん。戦場で受けた痛みはすぐに消えん。痛みに顔を伏せれば、待っているのは次の被弾じゃ。死にたくないのなら痛みに呻くな、傷付いても伏せるな」
うん……? あれ……?
「あのぉ……申し訳ないんですけど、今回お願いした稽古というのはですね、剣の太刀筋とか、どれだけ相手の攻撃を読みつつ自分の動きが出来るかとか、そういう、技術面のことであって……」
「そうか。ではそれらも勝手に学ぶがよい」
「いやあの……」
シラアイは、俺をじっと見据えながら、穏やかな口調で話しかけてくる。
「前々から鍛えてやらねばならんと思っていたのじゃ、そちの腑抜けた根性、気の抜けた心構え、叩き直すにはいい機会じゃと思っての」
「スゥーッ……」
「見えるかの? わらわの肩、腰、背中、それぞれに的が付いておるの。これらが全て割れればそちの勝ち、訓練は終わりじゃ。楽な条件じゃの」
「あのー……ちなみに俺が負ける場合って……?」
シラアイが、俺を見ながらこてんと首を傾ける。
「聞いておったか? 的がすべて割れれば、それで訓練は終わりじゃ」
「いやあの、俺が倒れたり疲れたりで、動けなくなった場合って……?」
「終わらん。言ったであろ、痛みに顔を伏せれば一方的に殴られるだけ―」
俺は彼女に背を向けて一直線に駆け出した。木刀が飛んできて俺の服の裾を地面に縫い付け、俺の身体は草原に投げ出される。
「まずは距離を取りたいタイプかの」
シラアイがそう言いながら、のんびりと後ろから歩いてくる。
「せ、先生! 待ってください! まだスタートって言ってませんよ!」
「そうか。ならば今回は特別に、そちのタイミングで始めるがよいぞ。そちが“スタート”と言え。十数えぬ内に言えぬなら勝手に始まるぞ。じゅーう、きゅーう―」
俺は慌てて深々と地面に刺さった木刀を抜く、木刀をぶん投げて俺はその場を全力で走り去る。
「ごーぉ……っておい! 逃げるな卑怯者!」
「俺はキャッチボールがしたいの! 剛速球を体に受けたいわけじゃないの!」
その日の修行は鬼ごっこになった。




