閑話、成長の不安
作者より:ストックがいっぱい溜まったので連投しますね。
扉を叩く音に体を起こして、開けてみれば予想通り彼女が居る。くせっけの白髪の髪をたくわえた少女は、胸元に真っ白なドラゴンらしきぬいぐるみを抱え、部屋の前に立っている。
「……入っていいか?」
ちらと、少女は俺の部屋を覗いている。
「いいぞ」
俺が迎え入れると、彼女は慣れた手つきで扉を閉め、鍵を閉める。ぬいぐるみを抱えたままパタパタと歩いて、机のそばの椅子に座る。
「キョウゲツ、こっちへ来るのじゃ」
「おう」
俺は言われた通り彼女のそばまで歩いていく。最近はちゃんとお風呂にも入っているのか、彼女の髪は濡れて、甘い果実のような香りが漂ってくる。
「……抱きしめてくれ」
少女は椅子に座ったまま、呟くようにそう言った。
「なんだ? また甘えたい時期か?」
「いいから早く」
と言っても、俺も照れ臭いんだがな。俺はしぶしぶ彼女の目線と頭の高さを合わせ、ぬいぐるみを抱える少女の体ごと手を回して、そっと抱きしめる。
「なぁ……おぬし」
「なんだ?」
「前に、わしの体から常に魔力が漏れ出しているという話はしたじゃろ」
俺は少女の体を抱きしめたまま、耳元で少女のささやく声を聴く。
「聞いたな」
「最近、魔法を使うことに慣れて……魔法の腕も、上達してな。自分の魔力も……その。コントロール出来るようになった。常に、わしから漏れ出ていた魔力を、どうにかわしの体内にとどめて置けるようになった」
「……そうか。良かったな」
「……気を抜いてしまえば、制御も緩くなってしまうんじゃが……その……」
と、少女は言い辛いことでもあるのだろうか、そこで言葉が止まり、なかなか次が出てこない。
「どうした?」
「……その。……わしの、魔力の操作が上達して……だれでも、わしに気軽に触れられるようになったなら……その。もう……おぬしは、わしを抱きしめてくれなくなるのか?」
少女は震える声で言葉を紡ぎ、どうにかそう言い終えた。
「その日の気分によるけど」
「……」
少し顔を離して彼女の顔を見れば、少女は明らかに不服そうな顔をしている。
「冗談だ。いつでも言ってこい」
そう言って、俺は少女の顔をわしゃわしゃと撫でる。少女は不服そうな顔のまま、俺のなすがままにされていた。
「……“いつでも言ってこい”という言葉だけでは、“いつでも抱きしめてやる”という意味にはならんぞ」
「まぁ出来るだけ希望には沿ってやるよ」
「無条件にわしを肯定してくれんのか」
「未来の約束なんて知らん。やって欲しいことがあればその都度言え。今は今の要求が通ることで満足しろ」
……分かった、と、少女は呟き、少女はこちらに向けて両手を上げる。
「もう一回抱きしめて」
「一日一回だ」
「ケチ」
「……じゃあ、今日だけ特別な」
俺は何をやってるんだ。俺は少女の要求に答え、再び少女の背中に手を回す。間に挟まったぬいぐるみが、俺と少女の体が完全に重なるのを防ぐ。
しばらくそうしていれば、少女はやがて「もういいぞ」と言って、俺の部屋を去っていった。俺の腕には、彼女の温もりがしばらく残っていた。




