第十話、アサノコ先生の青空教室
「ジャノメの使っている魔法のことなんじゃがの」
新しい部屋の整備も終わり、くつろいでいるとジャノメが現れた。そのうちシラアイも入ってきた。二人はそれぞれ俺の部屋でくつろぎ始めた。野良猫か?
「少し幼稚じゃないか?」
「あ?」
シラアイの言葉にジャノメが食って掛かる。シラアイはいつものように、落ち着いて言葉を返す。
「別にそちを貶そうという話ではない。ジャノメの魔力量や魔法の出力には目をみはるものがあるが、そちの扱う魔法のレベルが低い。それが足を引っ張ってはおらんかの」
「今のままでも十分戦えてるが?」
「魔法のレベルが上がればもっと強くなれるという話じゃ」
「お茶入れたよー」
ベッドの脇のテーブルに三人分のお茶を入れたコップを置く。二人はもぞもぞとベッドから起き上がり、ベッドの端に座ってお茶を手に取る。
「同じアパートに、より高レベルの魔法を扱う冒険者が居る。そちは魔法の使い方を教えてもらってはどうかの」
「やだ」
「へー、どこの人ー? 俺も学びたーい」
シラアイが、お茶を胸元に抱えたまま俺の顔を見上げる。
「この建物の、入り口から入って、一階右側面の一番奥の部屋じゃ」
「おっけー、今居るかな?」
「ま、待て。わしを置いていくつもりか?」
ジャノメはコップを持ったまま、ベッドを降り、慌てた様子で俺にそう言ってくる。
「お前今やだっつったろ」
シラアイがこんこんと扉を叩いている。
「わらわじゃ」
やがて、向こうから足音が近づいてきて、扉が開いた。その人は最初目線を下にやっていたが、次にシラアイの後ろに居る俺たちに気づいてぎょっとする。
「アサノコ、前に話していたわらわの仲間じゃ。いま大丈夫かの?」
その人は、じっと俺の目を見ていた。ウルフカットの黒髪の、カッコいい女の人だった。冒険者らしく、体つきもしっかりしている。
彼女はじっと俺の顔を見つめたまま、そーっと扉がゆっくり閉まっていく。ぱたんと閉じた。シラアイがドアノブを掴み、強力な力でガチャガチャとやり始める。
「わあああー! アイちゃんやめて! 今開けるから!」
「あ、アサノコです……」
短い黒髪の女性は名乗る。
「シラアイじゃ」
お前のことはみんな知ってるよ。
「ジャノメじゃ!」
「キョウゲツです」
町の近くの荒野に出てきた。視界いっぱいに広がる草原と青空、それらを遮るものは何もない。
シラアイの紹介で出てきたアサノコという女性は、どうやら臆病な気質の女性のようだった。臆病というか、さっきから俺をじっと見て、俺から避けているように見える。
「あのー……」
「は、はい」
俺が声を掛けると、アサノコさんはびくりと震える。
「俺が邪魔なら、俺は帰りましょうか?」
「あ……いえ……」
「キョウゲツが帰るならわしも帰るぞ」
「お前が帰ったら意味ないんだよ。誰がこの場に残るんだよ」
「あ……その……大丈夫です……居てもらっても……」
アサノコさんはそう言ってくれるが。シラアイは、そんな彼女の様子には慣れているのか、呆れたように息を吐き、説明してくれる。
「すまんの、キョウゲツ。こやつは人付き合いが苦手なんだ。わらわのような子供はともかく、一般人との交流があまりない」
「あー……やっぱり俺が余計だった?」
「構わん。こいつの人見知りも、少しは直して欲しい所じゃからの」
まぁそんなことはどうでもいい、と、シラアイは場を仕切りなおす。
「アサノコ、そちの知る魔法をこやつらに教えてくれ」
「いい……けど、私は別に、特別魔法が得意ってわけじゃないよ……?」
「構わん。そちのそれよりさらに、こやつらの魔法のレベルは低い。そちと同等のレベルまで上がれば上々じゃ」
そう言われると、アサノコさんは俺たちの前に出てくる。どうやら目的を与えられると話せるタイプらしい。
「えっと……何の魔法が覚えたいの?」
アサノコさんは俺たちにそう問いかけてくる。
「何があるんじゃ?」
ジャノメがアサノコの顔を見上げながら聞いている。高低差。
「えっと……色々あるよ……」
「どういうのがあるんじゃ?」
「いろいろ……」
どっちか先に具体性を与えろよ。
「俺は攻撃系の魔法とか見たいですね。“雷”の魔法ってありますか?」
俺の身体属性は“風”だが、以前“雷”の変換器を使っていたこともあり、“雷”へ属性を変化させて魔法を撃つことは覚えている。新たに覚えるなら“雷”の上位の魔法がいい、使いやすいし。
俺が声を掛けると彼女は一瞬びっくりするが、それから恐る恐る俺の方を向く。
「えっと……“ライトニングスピア”とかでもいいかな、キョウゲツくん」
「言われても分かりませんね」
「あ、そうだね……実際に使ってみるね……」
と、女性は向こうを向き、手のひらを横に倒して前方へと構える。俺たちは見やすい場所に移動する。
「“雷よ”」
彼女の言葉とともに、まばゆい閃光が現れる。それは電気で出来た雷の槍、ほとばしる電気が棒を作り、その先に尖った槍先を作っている。
「“放て”」
彼女の言葉に、その電気の槍は、急に解き放たれたかのように前へと射出された。その辺にあった切り株にぶつかり、それを焼き焦がしながら木っ端微塵に弾き飛ばす。
アサノコさんは撃ち終わり、こちらに向き直る。
「これが“ライトニングスピア”だよ……えっと、こんなのでも良かったかな……」
「おどおどするな。そちの魔法は立派じゃったぞ」
「そ、そうかな……えへへ……」
なるほどな。シラアイの言っていた、“起こしている現象のレベルが低い”という言葉の意味が分かった気がする。
俺たちは最初に魔法を覚えたときは、ただ“固まった力を爆発させる”だけの簡素なものだった。それを、“一方向への放出”とすることで、攻撃性と利便性を上げたのが、俺たちが今使っている魔法。
今彼女が使った魔法は、“魔法に形を与え、それを操作”していた。俺たちは現時点で“魔法が起きる流れを操作する”ことは出来ているが、“魔法で形を作る”ことはまだ習得できていない。これを俺たちが今覚えることが出来れば、俺たちの魔法は一段階レベルアップする。
「ど、どうかな……これで、使えそう?」
「見ただけじゃ分からん。使い方を教えよ」
「え? 使い方……? えっと……」
魔法で何らかの形を作る授業は、途中まではやっていた気がする。俺は手元に魔力を集め、手元の圧力を高めていく。手元から魔力が漏れ、それは手元でぱちぱちと線香花火のように電気をまき散らす。
俺は、手元で起こる電気を、徐々に手元から離していく、漏れ出る電気は、つまり魔力が魔法へと変わる点が、少しずつ手の上の上空へと上がっていく。電気が流れるのは普通一瞬の現象だが、魔法で起きるのは“魔法電気”という、電気に似た性質を持つ別物であり、その性質は魔力の操作によって多少の可塑性がある。
簡単に言えば、起こる電気をその場に留め、粘土のように形を変え、さっきのように槍を作るというような芸当も“魔法電気”では可能なのだ。
手元から離したぱちぱちと爆ぜる電気を、次は一度球体に出来ないかと目の前のそれに念じながら凝視する。目に見えない手を伸ばし、あるいは頭の中で形を作るような感覚だった。ぱちぱちと爆ぜる電気は、徐々に俺の目の前で一点に固まっていき、それは小さな球体の中で駆け巡る電気の塊となる。
俺は次に、頭の中で円錐の形をイメージする、目の前の電気の形をこねて、どうにかとがった形に出来ないかと思案する。なかなか難しかったが、うにょんと、球体の上の部分に尖りが浮かび上がって来た。形を変化させながら維持するのが難しい、形に力を加えいているうちに、ぱちんと電気の塊が爆ぜて消える。
「そ、そう! そんな感じ! あとは槍の形を作って……でも、今の魔力量じゃ難しいかな……もうちょっと出力を上げて……」
アサノコさんは俺のことを見てくれていたらしい、そう言葉を掛けてくれる。
「なんとなく感覚は分かりました! もう少し練習を続けていれば出来そうですね……でも、すごい頭が疲れます」
「あはは、慣れないうちはそうだろうね。でも慣れたら片手間にでも発動できるようになるよ」
「精進します!」
「な、なぁ。わしにも使い方を教えてくれんか」
と、ジャノメが俺の服の裾を引っ張っている。俺はまだ覚えきれてはないんだが……まぁ感覚的な問題であり、アサノコさんも言語化は苦手そうだった。俺が分かったことを、俺からジャノメに教えよう。
「前と一緒だよ。要は、魔法を使う感覚に慣れる。そしたら出来てる。そうだね、ジャノメは前回も“水”で練習したでしょ、今回も“水”でやってみようか」
俺は今の頭の中を整理しながらジャノメに話している。
「“魔法を起爆する”、“魔法が起きる現象を一方向に操作する”、ここまではジャノメも出来るよね? 今回は、“出す魔法の形をコントロールする”、具体的には、出した“水”で球体を作れるようになろう。球体が出来たら、その次はもっと複雑な形が出来るように、複雑な形が出来るようになったら、その形のまま操作できるようにって、段階を上げていって……でも、そうだね。まずはともかく魔法の“水”で球体を作ってみようか」
その後、ジャノメもどうにか水の球を作るところまでは出来るようになった。出来たころには地面は水浸しで、ジャノメの頭も悲鳴を上げていたので、その後はアサノコさんに色々な魔法の“形”を見せてもらうことにした。
“水”の壁、“炎”の壁、地面を枝分かれして走る“雷”、その場を渦巻くつむじ“風”、魔法の属性それぞれに向いている形があるらしく、属性に応じて魔法の形を変えて、その効力を高めたり、あるいは使い方の幅を広げるという。俺たちは、よく使われるという魔法の“型”を、アサノコ先生にいろいろと見せてもらった。
「先生、最強の魔法とかないんですか?」
「最強の魔法……と言ったらやっぱりあれかな……“ドラゴンズ・ブレス”」
「使って見せてくれ」
「あはは、無理言わないでよ。私はそもそも魔法がすごい得意、ってわけでもないし……それに、この世界で“アレ”を使えるのなんて、それこそ現“水星の勇者”くらいじゃないかな……」




