第九話、地固め
「そろそろもっとマシなところに引っ越さないか?」
俺はジャノメと並び、今現在暮らしている建物の前に立ち、その扉を見つめている。
俺たちは碁盤町での依頼を無事に終え、この町に帰ってきた。帰ってきたのはギルド管理の無料の貸し部屋。部屋は狭く、トイレは外、お湯の出る設備なんて上等なものはなく、風呂に入りたければ町の銭湯を利用するしかない。正直寝て起きるだけの寝床だ。あっちは部屋も広く温泉も付いていた。正直落差が酷い。
なんだかんだ慣れていた、この狭い部屋での暮らしにも。だが思い出してしまった。高い生活レベルでの快適さを。そもそもここはマジで金のない冒険者のための設備だった。簡素なのは当たり前である。無料で貸して貰えるだけありがたいところなのだ。
よって、そろそろまともな居住地へ移住してもいい。冒険者は宿での値引きもある。安宿に居着いて、一か月分とかまとめて払いながら住んでもいい。
だがまぁ、ここを離れるということは、毎日、あるいは毎月の家賃が発生するということだ。俺はそもそも、その家賃を稼ぎ続けられるだけの冒険者に育っているのだろうか。確かに、最近は稼ぎのいい仕事を一緒にしてくれる仲間が居てくれることもあり、懐が潤いつつある。
俺はその金で装備を整え強くなりたかった。どちらを先に行うべきか、装備への先行投資か、それとも日々の暮らしに潤いを与えるのが先か。
「冒険者の集まるアパートみたいなものがあるんじゃ。シラアイは今そこに居るらしくて、部屋にも空きがあるらしいんじゃ。そっちに行かんか?」
「行きたいならお前だけでもそっちに行っていいんだぞ」
俺は目の前の建物を見続けているが、少女は隣で口をつぐんだようだ。
「……まぁ確かに。金が無くなったらまたこっちに戻ってくればいい話だしな」
「……なら」
「二人で行くか。そっちに。家賃はいくらぐらいなんだ?」
「おー、ここかー」
エントランスを入れば二階まで吹き抜けの広い空間があり、広間に面していくつもの扉が、正面と側面の壁、一階と二階のそれぞれに並んでいる。扉はそれぞれ個人の部屋に繋がっている。
ここは冒険者がよく部屋を借りる施設らしく、俺たちが部屋を借りるのに大した手間は掛からなかった。家賃は一か月ごと、月初めに払う。今回は月の途中で借りてきたので残りの今月の日割りの分を払い、俺たちは部屋を借りた。
入り口を入って、右から延びる階段を上がり、ぐるっと廊下を回って二階左側面の二部屋が俺たちの借りた部屋。ちなみに、一階左手、つまり俺たちの下の空間に部屋はなく、ソファやテーブルが置かれアパートの交流スペースとなっている。
俺たちはいそいそと階段を上がり、まとまってそれなりに大きい荷物を部屋まで運び込んだ。
中に入れば、奥に部屋があり、手前にはトイレや手洗い場があり、体を流すシャワー室がある。ただいま文明。
トントンと、扉を叩く音。扉を開けば、おかっぱの小さい頭が見えた。
「越して来たのか」
「おー、これからよろしくなー」
「わしの部屋はここの突き当りじゃ」
と、シラアイは、廊下に出て、左手の突き当り、建物の入り口から入って正面二階のい一番左の扉を指す。
「困ったら呼ぶ。よろしくの」
「困ったらお互い様とかじゃないんだ」
「そちは、わらわに貸しがあることを忘れとらんかの」
「ぜひ尽くさせていただきますね」
ばたばたしている俺の様子を見たからか、シラアイはそのまま部屋に帰っていった。
さて、まとまった家賃を払って、まだ机の上にお金は残っている。食費はまぁすぐに稼げるとして、とりあえず一か月分の家賃を貯金として残す。それでもまだお金は余っている。
無計画に使うのはあれだが、お金を余らせすぎるのも、ただ腐らせるだけだろう。もっと稼げるようになったなら、最近の頑張って貯めた貯金はその時には大した額じゃなくなる。今たくさんお金を持っているなら今のうちに使うべきだ。
俺は町に出て通りを歩いていく。ギルドの売店や道具屋のラインナップはそう頻繁には変わらない、町の中古屋は、冒険者たちが中古の装備を売ったり買ったりしているせいで品ぞろえはちょくちょく変わる、有用なものも見つかる。俺はまず中古屋を目指した。
中古屋に入れば、奥に不愛想な店主が座っている。並んだ長机には雑多なアイテム類がそれぞれ置かれている。俺は列の手前から順に眺めていく。
お、スキル石だ。
スキル石。登録されたスキルを使えるようになる石。スキルスロットという特殊な容量を持つ武器に込めて使ったり、あるいはそのまま握りしめても使ったり出来る。だがいちいち戦闘中に片手を、石を握るためだけに空けたりできない。普通はどこかのスロットに入れて使用するのが常。
現在俺が持っているのは、ギルドの鉄の剣、あとミナモさんがくれた武器になる不思議なお守り。ただの鉄の剣にはスキルスロットなんて上等なものは付いていない。ミナモさんがくれたお守りも、彼女が言うには“成長”するらしいが、今のところスキルスロットは空いてなかった。
俺が今スキル石を使うには、新たにスキルスロットの空いている武器を手に入れるか、それか“スキルブローチ”という、スキル石を込めることの出来る専用の装備を使えばいい。スキルブローチも結構高いのだが、スキルスロットの空いているような上等な武器に比べればだいぶ安上がりだ。今の俺でも手に入る。
「すみません、これスキル石ですよね? 中のスキルってどんなものなんですか?」
奥に座っていた店主が、不愛想に答える。
「……名前ならそこに書いてあんだろ」
「“鋭い目”ってやつですよね。どんなスキルなんですか?」
店主は、少し間を開けて口を開く。
「瞬間的に、片目の視界が鮮明に見えるようになる」
感覚強化系のスキルか。
「教えてくれてありがとうございます」
ふんと、奥で店主が鼻を鳴らした。
どうしよう……正直、手に入れても俺の戦力が分かりやすく上がるようなスキルではない。まぁ便利そうではあるが。値段は五千ライト、手の届かない値段じゃない。
だがスキル石はこれ単体では使えず、ちゃんと使いたいならスキルブローチも一緒に買うべきだ。確か、道具屋に三スロットのそれが売っていた。十五万くらいしたはず。余裕のあるうちに、先行投資として買っておいてもいいか……?
武器はまぁある、魔法も使える、リスク軽減の手段は身代わりの人形だけ、今他に優先して欲しいものはないが、日々消えていく生活のためのお金がある。まぁ強くなればその分稼ぎは増えるし、だとしたら強くなることにお金を使うのは―
よし。まぁ今はお金があるのだ。どっちも買っちまおう。
俺は、“鋭い目”のスキル石と、道具屋でスキルブローチを購入した。




