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教科『異世界』の時間だよ! ~武器と魔法とスキルを学んで、仲間と共に異世界を歩き、モンスターを倒し強くなれ!~  作者: 藍染クロム
冒険者の道

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第八話、依頼“碁盤町近辺の大量発生の制圧” ーIV

 日が暮れるまで狩りを続けた。収集袋はいっぱいに、ギルドに報告すれば、さすがはフィーバー状態の狩り場、討伐報酬をたっぷり貰えた。


 俺たちはほくほく顔で宿の部屋に戻ってくる。


「報酬の配分は、本当に討伐数による等分でよいのか? おぬしは一番少なくなるが」


 宿のテーブルに、報酬のコインが詰まった袋を置く。シラアイが改めて俺にそのことを聞いてくる。


「いやいや、先生がいっぱい倒してるのに、俺も同じ額は貰えませんよそりゃ」


「先生ではないが。そちも、モンスターは倒さずともよく働いておったぞ」


 先生からのありがたき言葉。


「それでも、大したことはしてませんしね。それに、強いモンスターは結局先生にお任せしましたし。同じ一匹分のお金を貰えるだけありがたいです」


「先生ではないが。そうか、まぁそちがそう言うならの。代わりに、ここの滞在分の宿代はわらわが出させてもらうとするかの」


 正直、実力の劣る俺を連れて来てくれているだけで、俺はかなりの恩を感じているのだ。とはいえ、俺が遠慮しすぎてシラアイが気になるのなら、それもそれで問題か。気持ちの上での平等感は大事だ、出して貰えるというのならありがたく貰っておこう。


 ジャノメはさっき、美味しそうな食べ物の店を見つけたと言って、さっそく貰った報酬のお金をひっ掴んで部屋を出て行った。あいつ元気だな。今は、シラアイと俺、宿の部屋の中に二人きり。木枠の窓の外は、暗くなり夜を照らすための町の明かりが付いている。


 俺は、部屋の、入り口とは反対の方にある扉を見る。なんとここはそれぞれの部屋に温泉が引いてあり、個室の露天風呂を楽しむことができる。


「今日は疲れたし、体も汚れてるし、ジャノメが居ないうちにさっさと風呂に入るか。シラアイも一緒に入るか?」


 俺が聞くと、シラアイはポカーンとした表情で俺を見上げている。


「……は?」


「風呂は一つしか無いんだ、さっさと入らないと後が詰まるだろ。まさか、俺たちがジャノメと一緒に入る訳には行かないしな」


 シラアイは、口をパクパクとさせながら俺を見上げている。


「……な、な、なんじゃおぬし」


「なんだ? シラアイは同性でも一緒に入るのが恥ずかしいタイプか? だったら入る時間はずらしてもいいけど、お前が入らないなら俺はもう入るぞ?」


 シラアイは動作を停止しその場に佇んでいる。なにか知らない琴線に触れてしまったのだろうか。


「……さ、先入ってるぞ?」


 俺は荷物からごそごそと着替えを取り出し、風呂場の中へと入っていく。


 縦に隙間なく張られた木の柵に囲まれた、小さな空間。床には岩に囲まれた温泉があり、脇には体の汚れを流す洗い場がある。正直、田舎町の安宿と見くびっていた。最高じゃないか。


 俺は久しぶりのお風呂に心を躍らせながら軽く体を洗い、そろそろと移動し温泉に浸かる。重く、温かい水の中に体が沈んでいく。ふぅ……心の奥底から体が緩んでいく。温かい……俺は後ろの岩に背を持たれかけさせながら夜の空を上げ、顔に冷たい外気を浴びる。


 ぼーっとしていると、がらがらと扉が開いた。シラアイは体を縮こまらせ、体の前にタオルを持ってきて体を隠している。恥ずかしくはあったのだろうが、おそらくシラアイも風呂に入るのを待ちきれなかったのだろう。


 俺がぼーっとそちらを見ていると、シラアイがぽつりと言葉を漏らす。


「あ……あまりじろじろと見るでない」


「あぁごめん」


 シラアイもそこで体を流し、やがてちゃぷんと湯船の中に入ってくる。見れば、背中を向けてそこでちょこんと座っている。


「タオルはお湯の中に入れちゃいけないんだぞ」


「……それくらい知っておる」


 シラアイは、タオルは畳んで頭の上に置いている。体育座りでこちらに背を向けて、まるでそういう置き物みたいだ。華奢な肩だな、この体でどうやってあの膂力が出てくるんだ……それも、鬼の血というやつのせいだろうか。と、おかっぱの頭が動き、こちらを振り向いた。目が合った。


「……見るなと言っておろうに」


「あぁすまん、綺麗な体だったから、つい」


 シラアイは俺の発言が気にさわったか、シラアイは体を湯船の中に沈めていく、耳の下まで体は沈んで、残りは歪む水面の下だ。


「カッパみたいだな」


「……そちの思ったことをすぐ口にするのは、悪い癖じゃぞ」


 諦めたようにシラアイはあっちを向いて姿勢を直す。俺たちはぼーっと、ただ夜空を見上げてお湯の中に体を浸らせていた。


 と、扉の向こうでもの音がする。じゃかじゃかと騒がしい、ジャノメが帰って来たか。扉の向こうでくぐもった声が聞こえる。


「ただいまー。キョウゲツー?」

「今風呂だー!」


 俺が声を返すと、聞こえたらしい。ジャノメの声が再びこちらに返ってくる。


「おー。あいつはどこじゃー?」

「シラアイならここに居るぞー」


 すると途端、どたばたと向こうで音をして、やがて扉が開け放たれる。


「ぉぉおおい、急に入ってくんな! お互いの教育に悪いだろ!」


 ジャノメは扉を開け放ち、帰って来た格好のまま思いっきりこちらを見てしまっている。間に衝立のようなものはない、ジャノメと思いっきり目が合う。


「なななななにをしとんのじゃおぬしらは! なぜそいつと一緒に入っておる!」

「俺たちは別にいいだろ! お前は駄目だ! あっち行け! 扉閉めろ!」


 ジャノメは俺の反論に大きくうろたえる。


「は、はぁ!? ……おおおおぬしら、まさかいつの間にか“そんな関係”になっておったのか!? わしの知らない間に!?」


「いいから出てけ! オトコノコの体に興味はあるのは分かるが、無理やり見られるシラアイの気持ちも考えろ!」


「はぁ!? シラアイはどう見ても女だろ! 何をとち狂ったことを言っておる!」


「お前こそ何言って……は?」


 と、その時になってシラアイを見れば、シラアイは頭だけこちらを向けて、立ち上がった俺の腰元あたりをじっと見ている。俺が一緒に入ろうと言った時にはやたらと恥ずかしがっていた癖に、ジャノメの乱入にはピクリとも反応していない。なんで?


「……え?」


「わらわがいつ、自分を男だと言ったのかの」


 ぽつりとシラアイが言う。


「あ……」


 背中を向けて湯船の中に浸かり、頭だけこちらに捻ったシラアイは、視線がつつつと段々上がり、やがて俺の顔まで上がってくる。


「わらわがいつ、自分が男だと言ったのかの?」


シラアイはいつものように、落ち着いた声音で俺に問いかけてくる。その頬は温泉の湯気で仄かに上気し、確かによく見てみれば、その体の輪郭は少女のもののようにも思えてきた。


「呆れた。おぬし、本当にシラアイ(そいつ)を男だと思っておったのか。そいつはいつも自分のことを“わらわ”と言っておったろ、“わらわ”は女の使う人称じゃ」


 向こうでジャノメの声がする。


 いや、異世界人(お前ら)の使う人称の性別なんて知らないし……ましてや “わらわ”なんてこいつしか使ってない、授業でも習ってない。どこで気づけって言うんだよ。いやまぁ、他に性別に気づく要素なんていくらでもあったんだろうけど……。


 俺の背に冷たいものが流れていく。俺はそーっと湯船の中に体を戻していく。


「………………あー……まぁ、いいか。どうせ子供だしな。あぶねー」


「危なくなかろ」


 いや結局お前は自分から入って来たんだし。合意の上だ無理やりじゃない。俺は悪くない。でも俺にも責任の一端があるかもしれない。俺から言ってしまったしな、一緒に入ろうって。


「さぁ、わらわの裸を見た責任、どう取ってもらおうかの?」


 おかっぱの少年……あらため少女は、悪戯が思い通りに決まった子供かのように、こちらに背中を向けて、首だけ捻ってこちらを振り返り、悪戯っぽく笑みを浮かべて流し目をこちらに向けている。ずっとこっち向いててそろそろ首とか痛くならないのかな。


 どうしよう、この状況どう切り上げよう。俺もこの子もすっぽんぽんだ。この場を立ち上がることすら出来ない。終わった。


「あー……お金でいい?」

「良い訳なかろ」

「うーん……」


 可能性を考えろ、俺がこの場を無傷で切り抜ける可能性だ、万に一つの可能性も見逃すな、あらゆる可能性を考慮して突破口を切り開くのだ。その先に俺の勝利はある。


「あー……シラアイ、本当に女の子?」


 ゆらぁと、シラアイの首が力なく横に倒れる。シラアイが前かがみになって、温泉の底に手を付いた。


「よかろう。わらわが女の子である証拠を、とくとそちの目に焼き付けてやろう」


「あぁぁぁ嘘嘘!! 知ってる知ってる! た、立ち上がるな! 俺は見ない、俺は見ないぞ!!」


 湯船からシラアイが立ち上がる音がして、俺は顔を背けて目をふさいだ。



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