休み時間、彼女の残り香
最近は、少しだけ懐に余裕が出てきた。明日食べるものも、明日食べるものを稼ぐための手段にも、最近は見当が付いて来た。だから、少しだけ周りが見えてきた。少し前までとはだいぶ違ってしまった、狭くて暗い夜の部屋の中。
俺はこれからどうしていきたいのだろう。俺は何になりたい? 勇者に戻りたい? 勇者に戻るには何だったか、確か、結果を残せばいい。
聖剣の勇者を決める大会で良い結果を残せば、実力さえあれば歓迎されるから勇者に戻れるだとかなんだとか。闘技大会は次はいつ開催される……いや、果たしてそれは、俺の人生において手の届きうる目標なのだろうか。
死に物狂いで努力して、文字通り人生を賭けて大会に臨むものなど、数えきれないくらい居るのだろう、そして、それでもなお多くが届き得ない先に、“太陽の勇者”という称号がある。俺は果たして、その中に混じってそれを目指し得るものなのか。
何より強さが足りてない。……そう、俺は弱い。勇者に戻るにも、そして目に見えているものを自分で助けるにも、俺には力が全然足りていない。もっと強く……もっと強くならなければ。
月明かりの差し込む部屋の中、小袋の中から一つの石を取り出し、ベッドの上に寝転がりながらその石を眺める。それは共鳴石、一つの石を二つに割れば、一つに戻ろうと引き合う不思議な石。ミナモさんと一緒に買ったものだった。
みんなは……ミナモさんは、今頃あちらでどうしているのだろう。今は、シルベヤマの攻略中だった。俺を欠いても、その攻略は続けられるだろう。モモモが頂上前に難しい敵が居るだとか言っていたな……俺以外のみんなでも……まぁ、出来るならやれるだろう。
俺一人居なくなったってどうってことはない。ヒカリちゃんは今も一人で動きがちなのだろうか、ヨウゲツさんは魔剣が欲しいと言っていたが、もう手に入っただろうか……。
手の中の冷たい石は何も答えない。ただ、静かに今もどこかへ行こうとしている。それは、俺がしばらく過ごしたあの街のある方向だった。石は、俺の足元の方向を指していて……段々と右手に移動していく。そのまま回って俺の頭の上の方向へ。なんだ? この石壊れた?
部屋が暗くなった。見上げれば、窓から差し込む月の光を遮る影がある。俺はゆっくりと体を起こして、窓を上にずらして開けた。多少擦れる音がする。
「何してんだお前」
そこには、見慣れないマントを羽織った少女が立っていた。月明かりに照らされるのは、紛れもない、見知った少女の顔。
「なに? 泣いてんの?」
耳に聞こえるのは、聞きなれた少女の声、慣れた匂い。風になびく、淡い色の少女の髪。手を伸ばせば少女の肩に手が触れる。本物だ、幻覚じゃない。
「とりあえずこれ。ワカバちゃんとキララが焼いてくれたクッキー」
「お前のじゃないのかよ……」
少女が懐から小包を取り出し、俺に差し出してくる。俺は震える手でそれを受け取る。
「ねぇ、外寒いし中入っていい?」
「……うん」
「じゃあそこどいてよ」
少女は窓枠に手を置いて、足を上げている。
「反対の入り口からドアを開けて入れ」
少しすると、建物を回り込んできた少女が扉の向こうから姿を見せる。少女は遠慮もなくずかずかと中に入ってくる。ベッドと、脇に置かれた椅子を叩いて、おそらくそっちが柔らかかったからだろう、ベッドの上に座った。
「お腹すいた。さっきのクッキー出して」
「お前が食うのかよ」
「もう少し食べた」
「勝手に食うな俺の差し入れ」
少女は、確かに緩みかかっていた袋の口を開け、中からクッキーを取り出して口の中に放っている。
「ひまなにひてんの」
「食べながら喋るな。あと俺のベッドの上でクッキー食べたら食べかすが俺のベッドの上に落ちるだろ」
少女はもぐもぐと咀嚼する。黙って待っていれば、ごくんと少女の喉が嚥下した。少女が次のクッキーに手を伸ばす。
「クッキー優先するな」




