第七話、二人目
今日もギルドに来てみれば、子供が居る。おかっぱの子だ、男の子かな? きょろきょろと周りを見渡し、慣れない様子でその場に立ち尽くしている。
「どうしたー? ガキんちょー。ここは子供の来る場所じゃないぞー」
俺が声を掛けると、その子はゆっくりと振り返る。静かな目が俺を見上げていた。
「なんだその物言いは。初対面の相手に対して失礼ではないのか?」
「すみません。お困りの様子と見受けられますが、何か手をお貸ししましょうかー?」
おかっぱの子は、ふむと、俺の体を爪先から頭まで観察した。
「そちは冒険者か? わらわは不慣れでここの勝手が分からん。すまんが一緒に依頼を受けてくれんかの」
なんだぁ? わしだのわらわだの、最近の子供はそういう言葉遣いが流行ってんのか? ここは平安時代か?
「いいけど、なに受けんの? お前戦えんの?」
「お前ではない、シラアイじゃ。子供のお使いで来た訳ではないぞ。戦えるに決まっておる」
子供は、そう言いながら、懐からでかめの釘のようなものを取り出す。手の平くらいの大きさの、長くて太い釘だ。三本持っている。
「ふーん? まぁ戦えるならなんでもいいけど。でもお願いするなら、“一緒に依頼を受けてください”、だろ?」
「……一緒に依頼を受けてください」
少年は意外と素直に受け入れ、軽く頭を下げながらそう言った。
「よーし、じゃあこのお兄ちゃんが君の冒険者生活をキャリーしてあげよーねー」
水棲の一角獣の脳天に鋭い釘が投擲される。アザラシみたいな一角獣は、顔に驚愕の表情を浮かべながら、額に穴をあけてゆっくりと横に倒れていった。
「終わったの」
「つよい」
「何を言っておる。これくらいの魔物で手こずってしまっては、右にも左にもゆけんだろ」
「あ、はい。今ドロップの収集終わらせますね」
少年は尋常でない膂力で釘を投げ飛ばし、次々とモンスターたちを屠っていった。その威力は、木の幹の裏にいるモンスターを木の幹を貫通して痛手を与える程度。こいつ人間じゃない。今のところ俺はその後をただ付いていくだけである。
「すんごい力持ちですね、シラアイさん」
「シラアイでよい。わらわは鬼の血を引いておるからの」
鬼の血? 鬼が居るの? 少年は俺の称賛に特に顔を動かすことはなく、冷めた顔で言ってくる。はてなを浮かべる俺に、少年は続ける。
「鬼を知らんのか? そうじゃな、俗に禍津鬼などとも呼ばれておるの。外界の魔物じゃ」
「まがつき……まがつき……」
「破壊に長けておる魔物じゃ。血の術や、呪いなども扱う。……本当に知らんのか?」
のろい……呪い? ”呪い”は確か、“不定”属性の魔法の別名だったな。よく見る“大自然系”の属性とは別の、“干渉系”に属する“破壊”や“不定”のことか。つまり、鬼は“干渉系”の属性を保有する魔物の呼び名。
「はいはい、鬼ね。分かった分かった……え? 魔物がお父さんかお母さん?」
「……まぁ、そういうことになるの」
少年は面倒になったか、それ以上説明を続けたくないようだった。
「へー、でも力持ちはそういう体質なのか。いいなー、俺もそういうの欲しいなー」
「……簡単に言うの」
あれ、なんか繊細な話題に突っ込んでる? あまり羨んじゃいけないタイプのことだったのかな。
「まぁ何にせよ、シラアイはとても強くあらせられますね! この調子でどんどんモンスターを倒していきましょう!」
「それは別に良いが……そちは戦わんのか」
おかっぱの少年は、地面に落ちた釘を拾いながら呆れた顔で俺に言ってくる。
「俺ですか? 俺は、シラアイが気持ちよく戦えるよう、サポートに徹させていただきますね! ゴミ拾いは任せてください!」
「……まぁ、よいがの」
少年は呆れた顔でを俺の顔を見上げている。
狩りからほくほく顔でギルドへ帰ってくると、どうやら俺を探していたらしい、白髪の少女が俺の顔を見つけ、一目散に寄ってくる。
「キョウゲツ! どこへ行ってたんじゃ……隣の子供は誰じゃ?」
ジャノメが、そのまま俺の隣に居るシラアイの顔に止まる。
「この人は俺の新しいパーティーメンバーだ。ごめんな? ジャノメ。俺は今日からこのお方と組ませていただくことにするから!」
は……? と、少女は目を白黒させて俺たちを見上げている。
「別に要らん。そちとは今日で終わりじゃ」
「まぁまぁ」
「だ……誰じゃお前! このぽっと出が! キョウゲツはわしのじゃ! お前なんかにくれてやるものか!」
別にお前のでもないが。
「要らんと言っておろうに。勝手に持っていけ」
興奮するジャノメに、シラアイは対照的に落ち着いて対応をしている。
「なんじゃその話し方は! わしと属性が被っておるだろ! 外せ!」
「なんじゃとはなんじゃ。わらわの傍によく居てくれた、わらわの祖母と同じ話し方じゃ。直せと言われて直るもんではない」
「わたしだって、お母さんと一緒の―」
「ほらほら、ケンカしないよー?」
俺が間に割って入ると、ジャノメが俺の脛のあたりを思いっきり蹴り上げる。
「おごぉ……!」
俺は思わずうずくまって蹴られた箇所をおさえる。
「何がケンカじゃ、おぬしのせいであろう!」
「が……ガキがぁ! てめぇやりやがったな! 今に捕まえて、足を縛って逆さに吊るしてやる!」
「はっはー! やれるものならやってみろ! ほら立てんのか? その足で追ってこれんのか?」
うずくまったままの俺を、ガキが目の前でひょいひょいと挑発してくる。と、後ろからくいくいと服の裾を引かれている。
「そち、清算は済ませんのか?」
「あ、はい……今終わらせて来ますね……」
「あ、おい! わしが先じゃろ! もう片方の足も蹴られたいか!」
「やってみろガキィ!」
困った顔の職員さんがやって来て、「ここで暴れないで下さい」と怒られた。




