第六話、再会
「あ、居たっすねー。こんにちはー! “行き倒れ”さんー?」
ギルドにいつものように依頼を見に来ていると、どこかで聞き覚えのある声が呼んでいる。
そちらを向けば、声の主はいつぞやの長い黒髪の少女、隣に短い髪の小柄な少女。俺が倒れた時に介抱してくれた恩人の二人組だった。
「あぁ!? この前の!!」
「だいぶ元気になったみたいですねー、格好も少しはマシになってー」
「おかげさまで! 少しずつ冒険者としてやりくり出来るようになってます!」
「へー? おにーさんお金はー?」
と、黒髪の少女がすり寄り近くから俺の顔を見上げてくる。
「あ、はい! 今財布にいくらか入ってるので! 全部持ってってください!」
「要らないよまた行き倒れるじゃん……」
と、隣の小柄な少女は一方、冷めた様子で俺たちの方を見ている。
「っていうか、あんなはした金、気にしなくていいから。返さなくていいって言ったし」
「そういう訳には! 受け取ってください!」
「要らない要らない、しまってその軽い財布」
「じゃああたしが全部もらうっすよー」
黒髪の少女は俺の財布を取り上げ、中を覗いて見ている。
「うわー、すかすかー。こんな軽い財布持って来て恥ずかしくないんですかー?」
「すみません、次はもっと膨らませて来ます」
ぱし、と、小柄な少女がまたその財布を取る。
「要らないし、額の問題じゃないから。マコモも、はしたない真似はやめて」
はーい、と、俺の手に財布が返ってくる。
「っていうか、あんたを探してたの。今冒険者で暇なんでしょ? 仕事あげるから付いて来て」
「えぇ!? いいんですか!?」
「うん。……先に言っとくけど、途中で降りるような舐めた真似はしないでね。ちゃんと仕事だから」
「精一杯尽くさせていただきます!」
「やる気がありすぎるのも心配だなぁ……」
少女は冷えた態度で俺を見ている。
*
「“道屋”の依頼?」
「そ。私は異界に“道”を引く専門家」
「わたしはただの護衛っすねー」
“道”。ここで言う“道”とは、人界ではない、龍脈の通う、モンスターなどに支配された人間の領地でない土地に作られる特殊な“道”のことであり、そこには、特殊な器具をもってのみ探知できる特殊な“釘”が点々と配置され、俺たちはこの“釘”を探知して道を辿る。この“道”を敷くのが通称“道屋”。
目の前の少女は、幼いながらにその“道屋”としてのノウハウを習得しているらしい。
「そっかー。まだ小さいのにえらいねー」
「は?」
「すみません間違えました。まだ小さいのにえらいですね!」
「そっちも気持ち悪いし、言ってること変わってないし……」
異界の森の中、獣道すらない道なき道を、少女二人が歩いていき、俺はその背中を追う。また、俺の背には空っぽの背負い籠がある。
「今日の仕事は、先輩方の仕事は、近くの拠点から採掘ポイントまでの“道”を作成すること、俺の仕事は、その採掘ポイントで採掘できる魔石のサンプルを背負って持って帰ること、で、合ってますよね」
俺が改めて聞き返すと、シスイは落ち着いた声で返してくる。
「うん。行きはまだいいけど、魔石の採掘ポイントでは魔物も出るし、帰りの運搬時には魔物に狙われるから気を付けてね」
「魔物が現れた時はわたしたちが応戦しますけど、もし戦力が足りない場合は、キョウゲツを囮として置いて行くんで―」
てし、と、マコモがシスイに頭を殴られる。
「仕事中に仕事の内容について噓を言うのはやめて」
冷えた声がマコモを諫める。
「危ない時はその背籠は置いて行っていいっすよ。わたしたちの仕事は最悪、“道”さえ作れればそれで成功なんで」
少女が立ち止まり、きょろきょろと周りを見渡して、器具を取り出し、青白く発光する“釘”を、その木の幹に打ち込んでいく。少女は手帳らしきものに地図と、今“釘”を打ち込んだ場所をメモしているようだった。
この世界において、魔力や魔石は、多種多様な道具を動かすためのエネルギー源として使われる。俺が元居た世界で電力が普及し電化が進んでいたように、この世界では魔力を動力とした“魔法化”が進んでいるのだ。
魔石はこの世界で一般的なエネルギー源である。当然、世界中からの需要も高い。魔石はどこから採れるのかというと、魔力もとい龍脈が流れる異界の中に生えている。
龍脈の濃く流れる場所にて結晶化した魔石を見ることができ、またその周囲で体内に生物濃縮して魔石を抱えた魔物を見ることができる。モンスターを狩って魔石を得ることも出来るが、通常燃料としてそこまで高い濃度の魔石は必要とされていない。一般的な庶用で用いられるのは、質の低い、大地に生えた天然の魔石である。
龍脈は時折生き物のように流れる方向を変え、龍脈が濃く流れる場所も日が変われば移り変わる。こうした理由で、魔石の採掘場所も安定しない。龍脈が変われば魔石のたくさん見つかる場所も変わり、魔石がたくさん生えている所が見つかればそこに新たに道を敷いて魔石を採掘し、せっせと人界まで運んで帰る。
これが今回の俺たちの、というか彼女らの仕事である。俺はその手伝い。“道”を作るついでに、出来れば現地の魔石を採掘して持って帰ってきて欲しい。“道屋”、護衛役、運搬役。一番どうでもいい役割の運搬役として、手が空いてるならと俺が呼ばれたというわけだ。
「正直、キョウゲツさんは戦力としてカウントしてないから。危ないと思ったらさっさと逃げてね」
「いえ! この背籠は命に代えても守ります!」
「話聞いて。嬉しくないから。怪我人出たら私の評価下がるから」
「なんでも従います!」
「キョウゲツ、ほらお座り!」
俺がその場に膝を付こうとすると、呆れた声のシスイに止められる。
*
「ジャノメ見て! ほら! いっぱい稼げたよ!」
部屋に帰ってくると、隣に居たジャノメが部屋を訪れた。壁が薄いし、帰って来たと音でばれたのだろう。
シスイから貰った仕事の依頼は払いが良かった。シスイに聞けば、固定の客も付いており収入の安定もしているという。手に職が付いたらあんな風に稼げるのだろう。俺も“道屋”を勉強してみようかな?
「お、おぬし……この額……」
「ジャノメも、欲しいものがあったら、ちょっとなら買ってあげるぞ。今は、お金持ちだからな!」
俺が、もらったお金の入った袋をジャノメに見せびらかせば、少女は信じられないといった表情で俺の顔を見上げている。
「お、おぬし……か、体を売ったのか」
「なんて?」
少女はとんでもない顔でとんでもないことを言い出す。
「よ……よわっちいおぬしが、こんな額稼いでこれるはずが無い! 顔を見せないと思ったら! おぬし体を売ってきたのじゃろう!」
「違うよ。そんなわけないじゃん。まっとうに稼いできたまっとうなお金だよ」
あと誰が弱っちいだ。
「嘘じゃ! どうせ靴とか足とか舐めさせられたんじゃろう! うわーん! キョウゲツがけがされた!」
少女は部屋を出て行った。俺の部屋を出ていき、ばたんと隣の部屋の扉が開いて閉じる。おそらくベッドに飛び込んだ音がする。どこでそういう知識付けて来てんだあいつ。




