第五話、割りの良い依頼*
「お、なんか良い依頼見つけた?」
掲示板を見に行っていたジャノメが一枚の紙を持って帰ってくる。彼女は、大事そうにその紙を胸の前に持っているようだった。
「……す、すまんが今日はおぬしと一緒に行けんの」
「ん、そうか。じゃあ一人で行くか。でも、その紙は?」
掲示板に貼られた依頼紙は依頼内容の書かれた紙であり、そのまま名前を書いて出せる受注紙でもある。依頼紙を取ってきたということは、その依頼を受けるということだ。
「こ、これはわしのじゃ」
「そうなんだ。なに受けるの?」
と、のぞきこもうとすれば、彼女はひょいとその紙を後ろに回す。
「……なに受けるの?」
様子がおかしいな。彼女はその依頼紙を俺に見せたがらない。
「こ、これはわしのじゃ」
……ははーん?
「さては稼げる依頼だな? しかもお前が俺を置いて受けるってことは、安全で楽な仕事だ!」
「ち、ちがっ! これはわしの―」
「おい見せろ! いいからその依頼紙を見せてみろ!」
「わぁぁああ!!」
依頼紙を取り上げるとジャノメは泣いた。ギルド職員がやって来て怒られた。
「“オーブ補充”の依頼?」
「そうじゃ」
ギルド内接の、入り口を入って右手にあるテーブルや椅子の並んだ休憩スペース。お詫びにさっき売店で頼んだケーキを二人で突きながら、彼女が持ってきた依頼紙を眺めている。
「オーブという、水晶玉みたいな、魔力をためることの出来るアイテムがあるんじゃ」
「見たことあるー」
魔道具とかによく嵌められているのをよく見る。電池的な役割を果たすアイテムであり、はめられた球には内部に色の付いた濁りがあり、魔力を使うにつれてその濁りが減っていく。
「普通は低質な魔石とかを砕いて充填するんじゃが、人力で魔力で補充することも可能での。大量にオーブを集めて、それを片端から充填する、バイトみたいなものがあるんじゃ」
「そうなんだ。確かにジャノメは魔力量多いし、向いてる仕事だね」
そして俺には向いてない。俺も多少魔法は使うが、魔力の量が特段多い訳じゃない。魔力の回復は通常、自然回復で、それはゆっくりと回復し、消耗しすぎれば精神的に疲弊した状態になる。そのバイトをして魔力を使い切ったなら数日狩りに出かけられない。
「でも、そんなのなら、いつもそればっかりしてればいいんじゃないの? 報酬はまぁ、危険度もないから少ないけど、安全だし楽じゃん」
「こういう依頼はたまにじゃな。いつもはない」
まぁ確かにそうか。それだけで生きていけるのなら、ジャノメがわざわざ冒険者をしている必要もないのだろうし。
「じゃ、たまには一人で行くかー」
「迷惑を掛けるな。おぬし一人で大丈夫かの?」
少女は心配そうに俺の顔をうかがってくる。確かに、最近はずっとジャノメとパーティーを組んで行っていたし、急に穴を空けたら不安になるか。俺は彼女が気にならないよう、声を明るく努めて返す。
「うん、全然! むしろ一人でわくわくするかも!」
少女は口をパクパクとさせている。
*
掲示板で討伐依頼の募集を見つけた。この町から近く、徒歩で行ける距離であり、それは川を上っていった滝の近くでの目撃例がある。
腰には、買ったばかりの新しい剣が下がっている。持ち歩くには重いし、“成長武器”のように融通が利かない。特殊な能力なんてものは無いし、ぞんざいな扱いをすればすぐにダメになるだろう。ただの鉄の剣だ。だが、久しぶりに握る武器だ。腰に下がる重さに俺は安心感を覚える。
剣だけでなく、今は“身代わりの人形”も持っている。これがあれば強い敵にも多少の無理が出来るだろう。
俺は新品の装備に心を躍らせながら川を上っていく。
依頼の対象は、ウナギみたいな化け物。大まかに胴体はウナギだが、手足が生えて陸上を歩く。口の中はウナギというか、ヤツメウナギのようにびっしりと細かく鋭い牙が生えている。報酬は、表示された危険度の割に結構高かった。
狩れたらお金がたっぷり入る、ワンチャンウナギの肉も手に入る。新調した装備の相手に、ワンランク高い、手ごわい相手も欲しいと思っていた。だから、この依頼を手に取った。
しばらくしてその滝が見えてくる。そこは、大地が一段ずれて盛り上がり、上から滝が落ちてきて大きく溜まり場を作り、そこから川が流れて来ていた。滝つぼにはモンスターらしき大型の影も見える。輪郭から、おそらくギルドで見た手配書と同じ種だろうと推測する。
俺は腰元の剣を抜き、そろりそろりと足を忍ばせて滝つぼへと近づいていく。周囲にほかの敵影は見えない。
ある程度近づいたところで、そっちも気づいた。目のない、ウナギの頭がにょろりと持ち上がりこちらを見ている。胴体は多少膨らんでいて、そこから手足が二本二対、枝のように生え、まるで手足のように地面を支え、体が持ち上がっている。きもいビジュアル。
ぴちゃぴちゃと、波紋を作りながらそいつは水場のほとりへと上がってきた。別に、水中や水上が得意なフィールドでは無いのか?
うつろな頭がこちらを向いている。
動いた。ウナギの化け物は地を這い、滑るようににょろにょろと距離を詰めてくる。きもい。俺は剣を構える。
奴は俺の視界の左斜め下から、頭だけがこちらを向いて、その頭が伸び上がってきて俺の顔を狙う。俺は半身を右にずらしながら剣を振りぬき、ウナギの胴体を横から捉える。
と、ぬるり、俺の剣が奴の体の上を滑った。っまずい!! 顔に衝撃、カバンの中で何かが弾ける。俺はとっさに剣を手放してしまい、無我夢中で距離を取った。
俺は立ち上がり背後を見る。ウナギの化け物はじっとこちらの様子をうかがっている。剣は、奴の足元に落ちている。
身代わりの人形が発動したな……マイナス五千ライト。いや、安い消費か。俺は無言で懐の中の次の身代わりの人形を有効化する。後二体ある。
奴はこちらの様子をうかがっている。剣を失った俺をどうする気でいるだろうか……考えても仕方ない。こちらがどうするかだ。
剣をとりあえず取り戻したい、手に魔力を集めていく。ウナギは感づいたかぴくと反応する。奇襲は無理か。俺は手の平の狙いをしっかりとウナギに合わせた。
「ライトニング!」
手の平から放出された電撃の束、それは収斂しながらまっすぐウナギへと到達する。当たった、ウナギは身を仰け反らせ後退した。俺は再び手に魔力を込めて、一歩、一歩と近づいていけば、奴の体もじり、じりと退いていく。
見た所、電撃によるダメージは少なそうだった、だが痛かったらしい。奴は俺の放つ電撃を警戒している。俺は手を構えたまま少しずつ前進していく、やがて剣の落ちている地面へと到達し、ゆっくりと手を伸ばし、地面の剣を拾った。
そっと持ち上げるが、ウナギはまだこちらを見ている。俺はしっかりと見つめ返したまま、足を後ろに、一歩、また一歩と離れていく。俺が完全にその場を去るまで、ウナギの化け物はじっとこちらを見ていた。
その日の依頼は失敗に終わった。装備も消耗したし大損だったが、今の自分に足りないものが見えた気がする。
≪ひとくち魔物ずかん≫
バケモノウナギ
ウナギの胴体から二本の腕と二本の足が生えた化け物。味はうまい。非常に素早く、また体の表面はヌメリが覆っているため捉えにくい。その辺の川の生態系の頂点に位置する。暇なときは地面に絵を描いて遊ぶ。




