第四話、冒険者の休日 ーIII
「次は道具屋じゃな」
「案内はありがたいけど、お前は行きたい所とか無いのか? 今日は俺に付き合ってくれんのか?」
俺がそう問いかけると、少女は“んー……”と空を見上げ、何やら考えている。
「貸し一つ」
「……」
「冗談じゃ。おぬしとわしの仲じゃ。些細なことは気にするでない」
武器屋の近くに道具屋もあった。ギルドでも冒険に有用な道具類は売っているが、それらはかなりメジャーというか一般的な道具類を主としており、なんというか、雑多な雑貨類は置いてない。
俺はカランカランとドアベルを鳴らし店内に入っていく。
「おぬし、わしはこれが欲しいぞ」
「高い」
「……」
少女が指していたのは“共鳴石”という特殊な石。分割すると引き合う性質を持ち、同じパーティー内で分割して持っていたりする。だが俺たちは二人だ、一々で別れて行動するようなことはまずないだろう。あと高い。小さいのでも、一つで一万五千ライト。
「要らなくはないけどまだまだ優先度は後」
少女はその場で名残惜しくそれを見ていたが、俺は店内の商品を見回っていく。
固定のこれが欲しいというものがある訳ではなかったが、実は欲しい用途のものを漠然と探していた。それはリスク軽減のアイテム。
以前までは、肉体ダメージを精神ダメージへと変換してくれる謎の加護や、大きな負傷を数度肩代わりしてくれるお守り、教室に帰れば回復薬など、負傷や怪我などのリスクへの対策が豊富であった。今は何もない。
その場でケガをしたなら、ケガをしたまま何とか町へと逃げ帰り、町のギルドで安くない治療費を払って治療魔法を掛けてもらうしかない。それは、本来の治癒力に働きかけ怪我の直りを早くするものであり、多用はしない方がいいし当てにしすぎてもいけない。それで失った寿命は埋まらないし欠けた肉が何もないところから生えてくる訳じゃない。
欲を言えば、怪我を減らすような方向性のリスク軽減の手段が欲しかった。今は、怪我が怖くて少しの冒険も出来ていないでいる。多少の無理も押せないせいで、稼ぎも小さくまとまりがちだ。
防具の類を購入することは考えているが、まぁどれも高いし、重かったりで使用感が大きく異なる。いったん後回し。
店内を巡っていると、気になるアイテムを見つけた。
それは“身代わりの人形”。ひとつ五千ライト。手に収まるくらいの人型の人形だ。人形とは言うがまんま“大”の字のそれで顔すらない。
「ジャノメー、これ何か分かる?」
「なんじゃ?」
と、ジャノメがトコトコとこっちに歩いてくる。俺の手元のそれを見てふむと頷く。
「“身代わりの人形”か。効果は簡単じゃぞ、人形に自身を登録すれば、自身が受ける大きなダメージを一度、人形が肩代わりしてくれる。一度効果を果たせば人形は消える」
「これだぁ!」
一つ五千ライトか……常備するもので三つは欲しいな……だが剣を買ったら貯金は無くなる。貯まり次第買いに来るか。
「待て、それにはデメリットもあるぞ」
「デメリット?」
「うむ。人間が受けた大きなダメージは人形が肩代わりする、が、人形が大きなダメージを受けた場合は人間が代わりにダメージを受ける。その際も一回分じゃな。近くにないと意味がなく、効果範囲は腕伸ばした二本分くらいの長さじゃ。人形を折ったらおぬしの体が折れる」
ふむ。……あぁ、厄介どころの話じゃないな。ちゃんと持ち歩いてないと意味ないし、敵の攻撃が人形に諸に当たろうものならその何倍ものダメージが俺本体に入ってくる訳だ。というか呪具の類じゃないか? これ。
「あぁうん……いや、でも……」
「まぁ絶対に攻撃を食らわない場所に置いておれば一回分のダメージは防げるし、使いようじゃがな。使うのに気を抜けるアイテムではないぞ」
一回五千ライトだしな……いやでも無いよりマシだろうか? ……まぁどうせ今買えるお金はないんだ、またあとで考えよう。
道具屋には他にも様々なアイテムがおいてあり、それらは紛れもない、馴染みのない世界の産物であり、ただ見ているだけで楽しい。気が付けば時間を忘れて見て回っていた。
店の中をあらかた見て回り、そろそろ帰るかと、ジャノメの姿を探す。店内には居なかった、店の外に出ると、背後でカランカランとドアベルが鳴る。少女は、道を挟んで通りの向かいの、店の前に立っていた。おもちゃ屋さんだろうか、店のショーウィンドウには色々楽しそうなものが置いてある。
ジャノメの隣に並べば、少女の視線の先、ガラスの向こうには、白い、ふわふわの、ドラゴンか何かだろうか? 大きなぬいぐるみが置いてあり、少女はじっとそれを見つめているようだった。
「それが欲しいのか?」
俺が近づいていたことには気づいていたのだろうか、俺が声を掛けても少女の様子は変わらない。値札を見れば、一つ五千ライト。まぁまぁするな……。
「まだ要らないものじゃ。無くても一人でも寝れる」
ジャノメは、初日に部屋を訪れてからは、あとは部屋で一人で寝ている。少女は“要らない”と言った割には、俺が来て話しかけてからもじっと、ガラスの向こうのぬいぐるみだけを見ている。
「中に入るぞ」
「なんじゃ、おぬしもおもちゃに入り用か?」
俺はドアを開けて中に入り、店員さんを呼んでくる。
「すみません、この子にこれを一つ」
ぬいぐるみを指した手を、すぐにジャノメの手が止める。
「待て。まだ買うお金はないぞ」
「お金は気にすんな。俺が出す」
「しかし……」
店員さんは、俺たちの問答に戸惑っているようだ。
「気にしないでください。ひとつ、包んでください」
会計を済ませ店を出る。隣の少女の胸には、大きなぬいぐるみの入った大きな包みが抱えられている。
「……これは、余計なものじゃ」
「そうだな」
少女の頭をポンポンと叩く。少女は口元を、胸に抱えたそのぬいぐるみの包みにうずめていく。明日も明後日も、ずっと一緒に居られるとは限らない。別に剣はどうせ買うのだ、剣を買うのはまた明日か明後日でいい。
「この後は中古屋か?」
でかい包みを抱えたまま、少女は俺の顔を見上げて聞いてくる。
「今日はもう、色々見て目が疲れたな。この後は美味しいご飯でも食べて、今日は早めに寝るよ」
「店に行くなら、先に部屋にこれを置いてきたい」
「じゃあ一回帰るか」
俺たちはいつもの建物へと帰っていく。少女は荷物を置くために、部屋の扉の鍵を開け、扉を開いた。少女がそれを抱えたまま中に入っていく。ちらりと、空いたままの扉の隙間から、少女の部屋の内情が見て取れた。
少女の部屋には、ベッドを始めとして、さっきの白いドラゴンの人形が部屋の中に七体ぐらい置いてある。
「めちゃくちゃいっぱいある!!!」
後日、お金を貯めて、ギルドのロングソード、道具屋の身代わり人形をそれぞれ購入した。




