第四話、冒険者の休日
目を覚ました。時刻はいつ頃だろうか、どこかで小鳥の鳴き声が聞こえ、窓の外の家々から多少の物音が聞こえてくる。
いつもなら……そうだ。いつもなら、この時間に起きていたはずだった。でももう、俺の体を無理やりに起こすルールは存在しない。
体が重い、ベッドが固い。最初に訪れた日には、ここは寝れるだけ上等だとは思ったが、人間慣れてくると欲が出る。もっと柔らかいベッドで寝たい、もっと暖かい布団で寝たい。少し前までその環境に居たのだ、まだ忘れられていない。
俺の体は起きない。連日の疲労が重なってきている。まだまだ俺には金がなく、今日も働いた方がいい……そう毎日思って、この街に来た日から働き詰めだった、まだ一日も休んでいない。
いいのだろうか……いいのだろう。もう、俺が迷惑を掛けるのは俺だけだ。疲れを溜め過ぎればどこかでガタが来る。冒険者にとっては失敗イコール怪我であり、あるいはもっと酷ければ引退や、死であり、誰に言い訳をしたってその報いは無慈悲に俺の下に訪れる。俺は俺のために休むべきだと思った、だから。
俺は今日この日を休みの日に決めた。
俺はベッドで寝転がりながら、起き出した町の音を聞く。
扉から叩く音がする。
「開いてるぞー」
ギィと音がして、ジャノメの顔が見えた。俺はベッドに寝転がったまま、少女へ向けて手をあげる。
「どこか悪いのか?」
少女は恐る恐るといった感じで俺の方をのぞいている。
「特段体調を崩した訳じゃないが。今日の日は休みだと俺が決めた」
「そうか」
ぱたんと扉が閉じる、少女は扉のこちら側へ。
「お前は? 今日はいいのか?」
「おぬしが居らんと外の世界は怖い。一人で狩りに行く気は起きんな」
まぁ確かに、彼女は魔法職、パーティーで言えば後衛で、単独での狩りは危険が多いだろう。
「ほかの仲間は探さないのか? もうお前も相当戦えるだろ」
「わしはしばらくここにおった。今ここに居るのは、使えないわしを見捨てた連中じゃ」
この少女を見捨てたというほかの冒険者たちを責める気にはなれない。モンスターと戦うという行為は命懸けであり、自ら足手まといを連れて行くような考えは冒険者には向いていない。
そして少女の気持ちも分かる。使えない自分に手を差し伸べてくれた人間たちだ、もう自分が足を引っ張らなくなったとはいえ、また自分から頭を下げて仲間になってくれとは言い難いだろう。だが。
「甘えだな」
「……」
「お前は魔法職で、自分の身を守る手段を持ってない。お前は一人じゃ戦えない。押し寄せるモンスターをしのぐ剣も盾も、お前は持ってない」
「……」
「お前の大嫌いな“怪我”や“痛み”に遭いたくないのなら、自分を捨てたその冒険者たちと仲直りする口実を、今のうちに考えておくんだな」
しばらくして、少女からぽつりと反論が起きる。
「……おぬしには分からんのだろうな。泣いて縋っても、誰も目も合わせず口も利かれず、一人置いて行かれるあの気持ちは」
「お前には分かるのか? 明日の我が身も定まらない今日の状況で、助けてと言ってくる子供の声に耳を塞ぎながら、それでも自分の身を考えるしかない、冒険者たちの心境は」
「……」
少女はしばらく黙った後に、小さく、「分からんよ……」と漏らした。
「ま、やり直すにもこの町である必要はない。どうせ根無し草の冒険者なんだろう? 新しく仲間を探すなら、まだ泥の付いていない新しい街に行けばいいさ。もうお前は戦える」
「……おぬしがここに居る」
「他人を自分の算段に入れるのはやめろ。俺もお前も冒険者だ」
少女が揺れる瞳を俺に向ける。部屋の明かりは付いておらず、ただ窓から差し込む光が広がり部屋の中に光をもたらしているだけだ。
「……わしを、捨てるのか?」
少女は、ただ不安げな顔を俺に向けるだけだった。
「……すまん」
「……」
「俺は疲れてるんだな。こんなことをお前に言っても仕方ない。そりゃ、出来るなら自分でやってんだよな……」
俺は手の甲を額に合わせ、ただぼーっと部屋の天井を見上げる。
「……昼過ぎには、起きて町の中を見て回るつもりだ。暇なら案内してくれよ」
少女は俺の誘いに、視界の端で、小さくこくんと頷いた。




