第三話、知らない町の狩り場 ーII
「ごめんなさい……ごめんなさい……役立たずでごめんなさい……」
「ジャノメー? モンスター倒したよー?」
俺が話しかけても、彼女はまだ縮こまったまま震えている。
「わたしは……わたしは何もできなくて……」
「確かにー、何もしてなかったねー」
びく、と、少女の体が一度大きく震えた。俺は少女の傍らに膝を付いてしゃがみ込む。
「どしたの? モンスターが怖くて動けなかった?」
少女の答えをしばらく待っていれば、そのうち小さい声が返ってくる。
「……痛いのが……怪我をするのが怖くて……」
「確かに。痛いのはやだよねー。でも……」
と、そこまで言って俺の言葉は止まる。でも……なんだ? 俺はその先何を続けようとした? 怪我をして、その後はどうする?
もうここには、致命傷を精神的負荷へと変換してくれる安全装置もないし、大きなダメージを数度肩代わりしてくれるお守りもない。教室に帰って、いつでも常備してある回復薬を飲めることもないのだ。俺はたった今、このウサギの鋭い牙に腕でも噛まれていたらどうなっていた? その後どうした?
俺の、緩んでいた意識は冷えていく。
「ねぇ、俺が今この場で怪我をしたのなら、俺はその後どうすればいいかな?」
「え……? えっと……町に戻って治療を……」
「お金はどれくらい掛かる? 治るまでにはどれくらい時間が掛かる?」
「時間……状況次第だけど、大けがでも数時間すれば治ってると思う……お金は掛かるけど、お金が無くても、冒険者ならギルドが一時的に立て替えしてくれる」
数時間か。おそらく魔法だな。でも多分なんども利用しちゃダメな奴だろう、おそらく怪我は治っても、失った寿命は戻らないタイプの。
「じゃあ、怪我は、しないようにしないとねー」
「……それはそう、だけど」
「痛いのが怖くて、だから何も出来なかったの?」
彼女はまた地面を見て、だが、たどたどしくも言葉を紡いでくれる。
「魔法……は、使えるけど……」
「うん。盾もないから、その間に自分の体を狙われるのが怖いの?」
「そうじゃなくて……それもだけど……」
少女はぼーっと、地面か、あるいは虚空を眺めている。
「わたしの魔法が不器用で……自分の体を巻き込んで撃っちゃうから……」
「操作が下手なんだ」
「……うん」
まぁ魔力は練れて発動するところまでは出来ている。上等じゃないだろうか。
「今から撃ってみてって言っても、撃つの怖い?」
「え、今から……?」
「使える魔法の種類は? 属性で言えば」
「自然系の魔法なら大体……」
「いっぱい使えるの? なら俺よりすごいじゃん。俺まだ二属性しか使えないよ」
「え……でも、わたしの魔法は使えないし……」
「ねぇ、今から撃って見せてよ。“風”とか“水”とかなら、自分は痛くないでしょ?」
「撃つの……?」
彼女はよろよろと立ち上がる、手の平をパーにして前方に掲げ、それから言葉を唱えた。
「“風よ”」
とたん、そこから暴風が吹き荒れる、直下の地面の土を散らして模様を作り、周囲のごみが円状に飛んでいき、高い位置の木々の葉っぱをざわめかせる。
「ひゅぅ、やるねぇ」
キララさんと同じタイプか。魔力の出力が高くて、魔法は起爆して爆発させるだけの単純な原理の魔法。キララさんは特別体が丈夫であり、自分への被弾は気にせず撃ちまくっていたが、俺も、あれを真似して撃った時はダメだった。
「……でも」
「威力は高いけど、確かに撃ち方はダメだね。見てて、こうするんだよ」
俺は手の平を前方に掲げる、手に向けて俺の体の中を満たす魔力を偏らせ、集めていく。集めた魔力が俺の手の平から漏れ出し、
「“風よ”」
手の平から指向性を与えられた突風が吹き出す。彼女のように全方位に吹き出す風とは違い、俺が出した風は俺が手を掲げる方向とおんなじ方向に一直線に吹き出し、周囲の空気にもまれて消えていく。
「分かった? 君は、魔力を集めてただ起爆して、爆発させてるだけ、でしょ? でもそうじゃなくて、現象の方向性を決めるの。ホースから水が出るみたいに、一方向に飛び出せーって。そうしたら、自分の体は魔法に巻き込まれないでしょ?」
「げんしょうのほうこうせい? それ、どうやって決めるの?」
「どう……どうだったかな……」
俺が覚えたときは、どうしていただろうか。そうだ、確か杖の導器を借りたのだ。それで、適当に魔法で遊んでいるうちに、なんとなく魔法の動かし方が分かるようになった。
「慣れだね」
「慣れ……」
「君は魔法に怯えすぎ。まぁ、君のは威力が高いから怖いのは分かるけど。だからって、魔法を撃つたびに、さっきみたいに目を瞑って撃ってたりしたら、君は何も分からないし何も得られない。成長したいのなら、まず自分が魔法を撃つところをしっかりと自分の目で見て」
「……」
「“風”も怖いって言うのなら……そうだね。もっと静かな、“水”の魔法とかででも、まずは練習して慣れてみるといいよ」
「“水”は、出したら膝元までびしゃびしゃになる」
「練習に失敗はつきもの。魔法水ならそのうち溶けて消えるでしょ。ほら、やってみて。俺はウサギの処理しとくから」
俺が、背中を見せてウサギの死体を拾いに向かうと、後ろから大きな水音がする。振り返れば、泥をまき散らして膝まで濡らした彼女の姿がある。そこには、バケツ一杯どころかタライ二、三杯はひっくり返したような惨状がある。あんだけ出して魔力は尽きないのだろうか。水は消えるが体に付いた泥は消えないなあれ……。
「あはは、へたくそが、泥まみれ」
「……おい。おぬしがやれと言ったのだぞ」
「しばらくそうして遊んでなよ。その内感覚が掴めてくるから。体の汚れなんて、また一緒に洗って落とせばいいしね」
と、少女は何を思ったか、あっちに向けていた手の平を俺の方へと向けなおしてくる。むむむと少女は何やら集中している。
「……おい。分かってるよな? お前が水をこっちに放ったらどうなるか。こっちにはウサギの肉があるんだぞ。これが汚れたら状態が落ちる、買い取り価格が落ちたら俺もお前もアンハッピーだ。分かったら、その手をあっちに―」
「“水よ”!」
少女の手から、ウォータースライダーくらいの水の奔流が放たれ俺の視界を覆う。
「この天才が!! ごぼぼぼぼぼ―」
その日は森を歩き回り、いくつかのモンスターを仕留めて回った。その中には、少女が放った魔法で仕留めたモンスターも居た。持ち帰るための袋はいっぱいになり、それを持って帰ってギルドに売っても、大したお金にはならなかったが、俺たちは帰りに食べ物を買って、その日はお腹いっぱい食べることが出来た。
今日の成果:稼ぎ+6000ライト。食費-1500ライト。




