閑話、水浴び
「君は、名前はなんて言うの?」
「ジャノメじゃ」
「ジャノメジャさん、よろしくね。俺はキョウゲツ、……えーと、今は流れの冒険者かな?」
壁越しに彼女の声が聞こえる。
ここはギルド管理施設の、共用の浴場、浴場というか、木製の壁で囲まれた、冷たい水が出て、地面に流れていく場所があるだけの簡素な場所。
置かれた桶は一つ。俺は外の、入口のドアの所に立っている。一応俺はここに立ってはいるものの、扉にカギはなく、ここに来たほかの冒険者を止めることも出来ない。せいぜい、少し待ってもらうようにお願いするか、急いで中に入って彼女に服を着せるかだ。
ちゃんとした浴場は大抵どこの町にも他にあり、そこはお金を入って出入りする。こんな簡素なところを使うのは、よほどお金のない冒険者か、あるいは浴場が閉まって急ぎだとか、そんな時くらい。
「……ジャノメです」
少女が名前を訂正して名乗る。
「ジャノメデスさん、よろしくね」
「分かってるだろ」
「呼び方は“ジャノメ”でいいの?」
「好きに呼べ……呼んでください」
しばらく背後から水音が響いて、やがて音が途絶え、軽い衣擦れの音がする。しばらくして中から声がする。
「もう入っていいぞ」
中に入れば、白髪の眩しい少女、彼女は白い肌のほとんどを露出させて、多少局部をタオルで隠しているだけだった。
パタン。
「服着なよ」
「汚れておる。せっかく綺麗にしたのに、着たくない」
「あー……」
確か、俺の部屋の荷物にオリガミがまだいくつか残っていたはず。だが彼女にサイズの合う服は持ってないな。
「ちょっと待ってて。部屋の荷物に乾かす道具があったはず。濡らして洗ってていいよ」
「わしをこの場に一人で置いていく気か?」
「あー……じゃあ、とりあえず俺の上着貸すから、一緒に部屋まで来てくれる?」
「部屋に連れ込む気か。裸の女子を」
「言い方」
「冗談じゃ。もう疑ってない。おぬしは大丈夫そうじゃ」
喜んでいいのかなこれ。俺は一番上の服を脱いで、ドアを少し開いて彼女に差し出す。彼女がそれを手に取った、俺の手にわずかに水滴が残る。
「これも臭いぞ」
「……ごめん」
「冗談じゃ。今のわしよりましじゃ」
「確かに」
「確かには違うよな?」
同じ建物の、俺の部屋を通って一往復。今度は俺も木製の壁の中に入る。中は、地面は石畳で、今さっき彼女が使ったばかりの濡れた跡が地面に残っている。
「ん」
と、彼女は脱いだぼろぼろの服やマントを俺に差し出してくる。
「……俺が洗うの?」
俺は差し出されたそれを見下ろす。
「わしは洗い方は知らん」
「石鹸と一緒に混ぜて、わしゃわしゃして流すだけだよ」
「そうか」
「……まぁ、雑でいいなら」
俺はそこの桶を手に取って、まとめて彼女の衣服と石鹸の欠片と水をぶち込む、腕をまくってしゃがみ込んで、乱暴にそれらをかき混ぜていく。
洗濯板なんてものは持ってない、適当に擦ったりかき混ぜたりだ。多少汚れが落ちたら、大量の水とともに洗い流していく。そこに、びしょ濡れの、多少汚れが落ちた彼女の服が残る。
「これからどうする? まだ濡れておるぞ」
「乾かすよ。このまま着たら風邪引いちゃう」
俺はオリガミを二枚取り出し、記憶の中から折り方を引っ張り出して折っていく。式が出来たら、乾いてる部分の石畳を探し、そこの地面に二枚とも折った紙を置き、その上から軽くしぼって畳んだ彼女の服を置く。式を起動すると、ぼーっと二枚の紙から熱が発せられる。
「五分くらいしたら乾くんじゃないかな」
「熱した鍋のようじゃの」
「夏の日のアスファ……岩肌みたいだね」
俺たちはぼーっと、それが乾くのを眺めて待っている。
「一応聞いていい? 下着は自分で洗うの?」
「持ってない」
「……そう」
「着ていてもすぐにボロボロになる」
「一応、持ってた方がいいとは思うよ」
ぼーっと待っていると、彼女がペタペタと素手でそれを触っている。一応、火傷とかはしないはず。
「もうよいかの」
「乾いた?」
「あっちを向け」
木の壁の方を向けば、後ろで服を脱ぐ音がする。それはすぐに終わった。
「もうよいぞ」
振り返ると、服を着て、マントを上から被った少女。さっきと比べれば多少は身綺麗になった。
「んじゃ、外行こっか」
「また汚れるな」
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