第一話、追放者のその後
「見て見てー、シスイー、あそこに薄汚れた人間が落ちてるー」
「……そう」
通りから声が聞こえる。俺の耳はくぐもって、明瞭な音を拾わない。
「かわいそー、ねーなんでそんな犬みたいな恰好してんのー? ねー。……ぷーくすくす! 汚いねぇ、汚らわしいねぇ!」
「ちょっとマコモ、変なのに触らないよ」
「こんなのにさわらないよー」
その声は俺に向けられていて、音が近寄ってきた。俺の体の半身は、冷たい地面の温度を感じている。
「み、みず……」
横たわった世界、曇った視界……見上げれば、二人の少女がこちらを見下ろしている。一人は、黒髪の長い少女、そちらが俺に興味を持ち、話しかけきているようだった。
俺は枯れた声で必死に声を発する。
「え? なにー?」
「みずを……」
「なにー? みずがのみたいのー? 私のおしっこでいいかなー?」
「ちょっとマコモ。そんなのにしたら病気になっちゃうでしょ」
少女の明るい笑い声が頭に響く。
「あはは! する訳ないじゃん! ねー、わんちゃん、私の食べかけ要るー?」
ぼと、と、地面にサンドイッチの端っこが落とされる。俺の目の前だった。それはすぐに土や砂に塗れ、とどめに彼女の靴がそれを蹴飛ばし、飛んだ砂と共に俺の顔に当たった。
「ほらー、食べなよー」
「……みず……みずを……」
「ほらー、わんちゃん食べなってー」
「……みず……」
「返事はー? ねぇーほら、“わん”ってー」
俺の腹の底から、ふつふつと感情が湧いてくる。彼女のつま先が俺の頬にぐりぐりと当たる。
「ねー、ねぇってばー」
「……マコモ。そんなのに構ってないで早く行くよ」
靴の裏に付いた砂粒を擦られ顔が痛い。力を入れれば、俺の落ちた指先が少しだけ動いた。
「ほら、わんちゃん。わん!」
俺の体はバネのように飛び上がり跳ね起きる。
「わんわわわわんっ!!!! わんわんわん!!!!」
「うわぁああああこのいぬ生きてるぅぅ!!!!」
「どーお? おなか一杯になったー?」
どこかの喫茶店。俺は彼女らに連れられ、十分なご飯と飲み水を得た。
「助けてくれてありがとう。恩に着る」
「大丈夫だよー、料金は後で必ず回収するからねー」
黒髪の少女は言う。今は、立て替えてくれるだけ何でもありがたい。
道端で倒れていた俺を拾ったのは、どうやら冒険者らしい二人組の少女だった。片方は黒い髪の長い少女、もう一人は短い髪の静かな女の子。シスイと呼ばれている静かな子は、俺に関わることには抵抗があったようで、さっきから目が合わない。
「てかおにーさん、あんなところで何してたのー? みみずごっこー?」
「行き倒れていたんだ。簡単に言うと、追放されて今は家も食料も金も仕事もない。よければ何か紹介してくれ」
目の前に居たのは、どうも年下らしい少女たちだったが、今は恥も外聞もない。俺は頭を下げて頼み込む。
「野生に還ったらいいんじゃないー?」
「……」
それは冗談で言っているのだろうか。ここでもう一度野生に還ってあげようか。
「ねぇ、行き倒れだか何だか知らないけど、私たちもあなたを助ける余裕なんてないから。それだけ食べたらどっか行って」
と、隣の子から冷たい声が返ってくる。シスイと呼ばれていた方だった。
「……そうだね。あとはギルドにでも行くよ。ご飯奢ってくれてありがとう。お金は、収入が入ったら必ず渡しに行くから」
今は、道中のいろいろで金を使い果たしている。と、マコモと呼ばれた方が、隣を向きシスイに話しかけている。
「ねぇねぇ、こいつでいいんじゃない? ちょうど暇そうだしさ」
「えぇ? でも……」
「ほら、私たちに恩もあるし。私たちの言うことなら聞いてくれそうだしさ」
「さっき噛み付いたじゃん……」
「そこはほら、ちゃんと躾けたりとかさー」
二人は何やら話している、マコモが提案して、シスイが渋りながら話を聞いている。と、マコモがばっとこちらを振り向いた。
「ねぇおにいさん! 良い仕事の話があるんだけど、聞いてみない?」




