“標山”チャレンジ・6:六合目~*
「防御力が必要だと思うんだよ。ほら見て、俺たちの見た目。ただの服。最初からなんも変わってない。もっと上に行くためには、俺たちは身を守る手段を用意すべきだと思うんだよ」
「当たらなければいいよ」
「当たってんだろうが俺に」
別日、再びの六合目からの進行。前回は気絶して帰った。
俺が新調したグラビティソード、それは動かす時に重くなるという特性を持つ剣。その特性のおかげで、一撃の威力は上げることができるが、剣を握ると同時に俺の機動力が大きく下がっており、敵の素早い攻撃を避けられなくなっていた。
直剣一つで防げる攻撃なら剣が受け止めてくれる、が、たとえばイノシシが突進でもしてこようものなら、それは避けられないし防ぎきれない、その時は剣を投げ捨ててでも避けるしかない。
成長武器に与えた素材は取り出せず、消化が終われば別の素材を与え別の派生に変化させることも出来るものの、向こう一か月は、今与えたグラビティメタルの消化は終わらない。空腹の状態に戻す“漂白”を行うことも考えたが、せっかくミナモさんが手伝って集めてくれた素材だ、無駄にしたくはなかった。
そこで考えた。重くなった体を守るためにどうすればいいか。鎧や防御のための装備を今から得ても、試せないし慣れない、“成長武器”ほどの強力なものも簡単には手に入らないだろう。
なら、“成長武器”に、守りの部分も背負ってもらえばいいのではないか? “成長武器”は通常、一つの武器に変化する。盾が欲しい。双剣には二本一対ということで変化したが、”盾と剣”を同時に与え、その二つに変化することは出来なかった。じゃあ、盾にも武器にもなりえる一つの武器種は? ということで。
「でっか」
ミナモさんが、俺の背中を見て呟く。俺の背中には今、俺の身の丈ほどもあるような大きな剣が背負われている。丈でなく、幅も広く、大抵の攻撃はその側面で丸ごと受け止めることができる。
派生はそのまま“グラビティソード”、しかし武器種を直剣から大剣へと変化させた。“成長武器”の特性により、武器はでかいが、装備している今の状態ではさほど重さを感じていない。
「もう負ける気がしない」
隣のミナモさんは淡白な口調で言ってくる。
「また負けて帰らされるんじゃない?」
「俺の剣の錆にされたいか?」
「気持ちもおっきくなってるなぁ……」
前回も歩いた、浅く緑の茂る道、ここは六合目から上に伸びていく道の上。俺たちは再び“道”を辿って、上へ上へと歩いていく。
「ミナモさんは、武器とかで遊ばないの?」
「使えれば何でもいい」
あんまこだわりとかないんかね。彼女はクリスタルソード、透明な結晶系の素材を与え続けると成長するその派生を最初に選んでから、ずっとその派生を使っている。武器種も直剣のまま、変えているところは見たことがない。
同期が金棒だの大砲だの選んでいる中で、ほかの武器も触ってみようとか思わないのだろうか。……まぁ、変なの選んで戦えなくても困るか。
“道”とはいうが、道中に打ち込まれた“釘”を器具で探知しなければ、見えない目印を見なければそこは何もない山の斜面だ。まぁ、多少人が歩きやすいルートではある。
道の中には、たまに草の茎の倒れている場所がある。おそらく先行者のうちの誰かだろう。
「今日はまだ見ないね。“凪”の日だったっけ?」
異界を流れる龍脈には天気のようなものがあり、それによって異界に出てくるモンスターの傾向なんかも変わってくる。“凪”の日は、特別モンスターが少ない天気だ。
「このまま一匹も出ないなら、今日は八合目までは楽に行けそうだなぁ」
と、ミナモさんにがしと腕を掴まれる。
「あぁちょっと! アオイくんが変なこと言うからモンスター来ちゃったじゃん!」
んな馬鹿な。
上から降りてくるあれは……人型、皮膚は爬虫類のそれ、おそらく“彷徨うトカゲ”だな。以前見かけた個体は、森の中に適応した落ち葉柄の体色だったが、今回のは山の緑に紛れられるようにか、鮮やかな若葉の緑の迷彩だ。
二足歩行のトカゲが、簡素な木の槍を持って斜面の上から駆けてくる。
「ココラヘンカラ、キボウテキカンソクヲモラス、ニンゲンノケハイガスルゼ!」
「ほら!」
ミナモさんが声だけこちらに向けてくる。
「まぁモンスター来なくても練習にならないし……」
俺たちはそれぞれ武器の柄に手を伸ばす。背中の大剣の柄を握れば、途端に動かしづらい特殊な慣性を持つ剣となる。
「死にたくなければ失せな! モンスター!」
「ハッ! タタカッテチルノガ、オレタチノサダメダ!」
モンスターが飛び出してきた。
人型のトカゲは、木製の槍を手に掴んで斜面を駆け下りてくる。俺は手に魔力を集めていく。
奴が、斜面で強く地面を踏んで飛び上がる。
「オラァ!」
空中の軌道、飛んだらもう途中で曲げられないだろう。俺は奴の体へと手の平を向ける。
「“ライトニング”!」
掛け声とともに、俺の手からほとばしる雷の閃光、それはある程度収束しながら伸びて、大部分がトカゲの胴体に当たる。
「アガガガガガ!!」
トカゲの体は衝撃を受け、勢いを殺してその場の地面へと落ちる。続けて俺は追撃を入れようと前へ……動こうとした。だが、重い剣が俺の体を引っ張りその場に引き留める。この剣重い!
代わりに、隣をミナモさんが駆けていく、そのまま地面へ倒れるトカゲの体へ二撃、三撃、痛みにトカゲが手元の槍を振り回し、ミナモさんが退いて戻ってくる。
「ニタイイチトカ、ヒキョウダゾ!」
「じゃあ帰れ!」
トカゲはよろよろと立ち上がる、まだ戦えるようだ。
しかしどうするかな……何をするにも剣が重い。俺からは動けない。じゃあカウンター型か? 俺から大きな動きは出さず、相手の接近に合わせて攻撃を相手に合わせるんだ。
俺は大剣をまっすぐ前に構える。この剣はすごくでかいので角度によっては視界の邪魔である。
「セメテ、オトコノホウダケデモヤル!」
「なんで俺なんだよ!」
槍を持ったトカゲがその槍を掲げ、そのまま俺の方へと突っ込んでくる。俺は静かに大剣を構え続け、奴の接近に合わせて剣を横に倒し、そのまま薙ぎ払う形を作る。
「オラァア! シネェエ!」
剣が重い、重心が剣に引っ張られ、俺の体と入れ替わるように大剣の薙ぎが前に出た。それは俺の体を狙い槍を持って突っ込んできた、奴の体に真横から当たる。大剣の軌道は曲がることなく奴の体をやすやすと真横に吹っ飛ばした。奴は地面をゴロゴロと転がって止まり、やがてその体から星の粒子を散らして消えていく。
戦闘終了。威力つよ。
俺は二度三度、大剣の柄を握りなおしながらその剣を見下ろす。
「この剣、使い方は掴んだかも」
「どう? 使えそう?」
ミナモさんが隣から俺の手元をのぞきこんでくる。
「まぁ……あんまり動かなくていいから楽かな」
「ちょっと気になってきた」
「でも攻撃を外した時のリスクがね。一回一回当てないと、外した瞬間に大きな隙を晒すことになるから。一撃の威力は高いけど」
「そこはまぁ、私がカバーするし」
確かに。一人で戦っている訳ではないのだ。味方のカバーが入る前提で、その分攻撃に構成を特化させる、そういう武器の選び方も、あるのかも。
「でも、やっぱ素早い敵とかは怖いかなぁ。空飛ぶ相手とかだとなおさら。手も足も出せなくて、俺はカカシにしかなれないかも」
「その時は存分に囮にしてあげるよ」
「……頑張って身を守る術を学ぶか」
俺は、素材が落ちた辺りへと歩いて、そこに落ちているものを拾っていく。
≪ひとくちモンスターずかん≫
彷徨うトカゲ
二足歩行の大きなトカゲ。どこにでも適応し生息する。人語を解し、操る。とある実験で、在野の個体を捕らえ、人間と同程度の教育を受けさせたが、無駄だった。




