第二話、蛍火の里ーIII
それは、地面の岩の隙間から覗いている小穴の底にあった。
穴の底に、きらりと光るものが見える。ライトを出して、中を照らしてみれば。
小さな空洞の中に、壁を埋め尽くすように生えて並んだ魔石の結晶群。薄く紫を帯びた、柱状の、先の尖った透明な結晶が生えている。
「噴出孔ですかね」
龍脈の噴出孔。気まぐれに姿を現しては、大地に結晶を残したりする。
「いや、もう途切れている。噴出孔だった、が正確だね」
「いっぱい魔石がありますね。持って帰ったら喜ぶでしょうか」
「異界の中でたくさんの魔石を持ち歩くのはあまり賢明ではないよ。これは、魔物たちにとって良質な餌だ。良い匂いがして、魔物が寄ってくるし、ここにこれがあればそうなる」
穴の底を覗いている白い子供に、ツバキが問いかける。
「じゃあ、どうするんですか?」
「ここの里では、そのために、里のはずれに“社”を置いている。取って、そこまで持っていこう」
俺たちは、即席の風呂敷で作ったバッグに魔石の山を入れ、山中を歩いていく。やがて人の作った道の上に到達し、先日掃除した、社まで続く石の並んだ参道を歩いていく。
「“社”に置いたら、魔石は安全なんですか? 魔物たちは、その“社”に集まってくるだけじゃ」
「大丈夫だよ。“社”には、高度な魔力封印の仕掛けが施されている。中に入れてしまえば気づかれないし、有事の際も、知能のない魔物は“社”に近づかないから、そこが安全な避難場所になる」
いつか誰かが作ったのか。足元に道に並んだ石の群れは、どれほどの時間を掛ければ作れるだろうか。それとも、魔法を使えば一瞬?
「ここの人たちも、人界のそれと比べると少ないけれど、魔石や魔道具を使わないわけじゃない。余って危険な魔石の山は、集めて“社”の中に置いておくのさ」
「なんだか、臆病な知識ばかりです」
師匠の後ろを歩くツバキは、そんなことを言う。
「ここは死に近い。そして住んでいるのは逸物でも強者でもなく、普通の人たちだ。普通の人が危険な場所に慣れるために、いろんな臆病な知識がある。君も」
と、白い髪の子供がツバキを振り返る。
「時に、過剰なほど臆病になるのは賢い手段だ。笑ってもいいが、覚えておくといい」
山の中を続く石の参道を歩いていけば、そのうち森の中に構えた、ひときわ立派な構造の家屋がある。
「ここだけ……建物の作りが、違いますね」
「気づいたかい? その通り、この“社”を作れる者は、今この里の中に居ない。これはいつか世界を歩く旅人が、ここの人たちのために、この地に作っていったものだ。僕は直せるが、君たちは壊しても直せない。そういったものはひときわ大事にされ、あるいは畏れられている。気安く触ってはいけないよ」
と、師匠は建物外の階段を上がり、手前の引き戸をガラガラと開けて、中に入っていく。勝手に入っていいんだろうか? まぁ師匠はいいのか。
ちらりと、建物の内部が見えた。中にはいろいろ物があったし、おそらくは魔石の入った木箱のようなものも見えた。中が気になるし、いろいろ見てみたいが、許されていなければ、それは禁忌に触れるものだろう。
ピシャと、彼女の後ろ手で扉が閉められる。
「じゃあ、帰ろうか。今日はよく働いた」
里の中は寝静まって暗い夜。俺たちは、一つの家屋の屋根の下。寝床を並べて、安全な家の中で寝ている。普段の宿と比べるとまぁ、寝心地は悪いが、深層の野宿と比べるなら、それは最高級の宿のように感じられる。
少し寝るには早く、部屋の床に置かれた明かりはまだ着いている。ベッドの布団が動いて、師匠がツバキの方を向いている。
「ツバキちゃん、何か芸は出来るかい?」
「“芸”ですか? いえ、そういったものは、特には」
師匠はツバキの入る布団を見たまま、横になって話しかける。
「無法の地を旅するのなら、何か芸を覚えておくといい。強さも何も通じず、それでも人に頼らねばならない。そういった時、何か一つ芸を覚えていれば、その場を和やかにする良い手段となる。芸は身を助ける、ってやつだね」
「空の賢者さんは、じゃあ何が出来るんですか?」
ツバキは布団の中から、彼女に問いかける。
「僕はいろんな話を知っているよ。そして、それを人に語り聞かせるのが得意さ。飽きさせずに一か月は泊まれるね」
「物語……ですか。私は、面白い話は苦手かもしれないです」
眠りに落ちる幼子に、語り聞かせるような、静かで落ち着いた彼女の声が、静かな部屋の中に響く。
「別に、僕に倣う必要はないよ。僕の知り合いは、花を咲かせる魔法が得意だったし、あるいは楽器を奏でるのが得意だった」
「私は……氷の魔法が得意ですよ」
「氷の魔法か。魔物に向けるそれを、そのまま人の前で披露するのは、少し怖いけれど、しかし小さなものならいいかもしれないね。ツバキちゃんは、どんな氷の魔法が使える?」
「大したものじゃないですよ。“氷”の操作のために、いつも練習しているものです」
もぞもぞと、銀髪の少女が布団から身をはい出し、うつ伏せになって肘をつき、上体を反らす。片手を、そこに置いてある明かりの前に差し出した。
ふわ、と、風が動く。彼女の手を見れば、きらきらと煌めく粒子が風の中を舞い、渦を巻いて、少女の手の中に収束していく。柔らかな手の平の真ん中で、小さく白い何かが結実した。それはくるくると回りながら成長していく。花びらが生え、そこに氷の花が咲いた。美しい、一輪の氷の花。
「どうでしょう」
「上手いもんだ。綺麗な技だね。君の顔みたいに」
幼い子供の声が、暗闇の部屋の中に落ちる。
「私を、口説いているんですか?」
「僕は事実を言っただけだよ。君の“氷”と、その綺麗な顔を合わせて、人を惹きつける見世物になる」
「私の顔は、別に見世物ではないです」
「気に障ったのならごめんね。僕はただ、君の美しさには、人に対価を払わせるだけの価値があると言いたかっただけだ」
寝床の中で、少女は、ほんのりとした橙の明かりに照らされて、口をもにょもにょと動かしている。
「俺もそう思います」
「……先生も、これくらいの言葉で私を悦ばせてくれませんか?」




