第二百四十八話、風のキャラバンーV
彼が歩いてくれるというので、俺はヨウゲツさんに荷車を先導する操縦石を任せ、荷台の中へと乗り込んだ。
人の歩調で、ゆっくりと景色が進んでいく。土の道は荒れているが、荷車は耐衝撃緩和の高機能を付けているので、木の床に座っていてもそこまでお尻が痛くなったりはしない。
俺の対面には、淡い黄色の髪をした少女が座っている。
「ヒカリちゃんげんきー?」
俺は、対面に座る彼女に目を合わせて手を振れば、ふい、と少女の目は逸れる。背後で、草原の景色が勝手に左へと流れていく。
「まーげんき」
「まーげんきかー。そりゃいいねー」
「キョウゲツは、あっちの世界に帰れたの?」
「そだよー。元の世界での記憶も、いろいろと思い出した。もうね」
ふーん、と、薄黄色の髪の少女は、澄ました顔でこちらを見ている。
「キョウゲツは、平気なんだ。……その」
と、ヒカリちゃんは言葉を濁しているが、別に俺に配慮されるようなことはない。
「俺はいろいろ面倒で、忘れてただけだからね。あっちの世界での知り合いにも挨拶してきたよ、今回は」
「そーなんだ」
「ヒカリちゃんは? 帰ったりする?」
くりくりと、少女の目が動いている。
「ヒカリは、長い休みの時とかに帰ってるけど」
「そーなんだー」
「おとーさんとおかーさんにも、先生がいろいろ連絡してくれてるって」
「じゃあ心配ないねー」
世界渡りはそう気軽に行っていい行為なのか……? まぁ俺のことじゃないしいいけど。転移費とか、掛かったりしないんだろうか。子供割とかきく? きくわけねーだろ。
「キョウゲツは……勇者になったんだよね」
と、対面の少女はおずおずと聞いてくる。何と答えればいいだろうか。もとから勇者だったといえばそうだし、勇者は一度追放され、功績を作って復帰して、それから前回の防衛戦がある。
今、ヒカリちゃんが聞いている勇者とは、英雄とか、有名になったとか、多分そういうことだろう。
「そうだね。すごいでしょ」
俺がそう返したなら、少女は重ねて聞いてくる。
「ヒカリも、キョウゲツみたいになれるかな?」
まっすぐで無垢な瞳が、俺を見上げている。
「なれるんじゃない?」
「……ほんとに?」
彼女は、何やら訝しげな目でこっちを見ている。
「この前だって、ヒカリちゃんは、無抵抗のモンスターを倒せって、おかしな命令に立ち上がって剣を取った。ヒカリちゃんのその正義と勇気があれば、きっと君は何にだってなれる」
丁度、今代の太陽の勇者も、同じ意味を持つ単語の二つ名を負っている。
「ふーん。そっか」
と、聞いてきた割には、あっさりとした返事が少女から返ってくる。
「俺みたいに強くなりたいの? いっぱい鍛錬頑張る?」
聞いてみれば、うーん、と少女は唸っている。
「ヒカリは、どっちかって言うと、楽したい側」
「そっかー。まぁそんな人生も良いよね」
「楽して……」
じー……っと、ヒカリちゃんがこっちを見ている。なんだろう?
「……ペット枠なら、いつでも空きがあるよー」
「オイ」
隣のモモモに肩を小突かれる。
「ペットかぁ……」
……あれ? 意外にもヒカリちゃんに響いてないか?
「ペット枠ならいつでも空きがあるよ! ヒカリちゃん!」
「お、おい! このロリコン犯罪者!」
「いやいや、この年でロリコンとか言われる筋合いはないよ」
「うるせぇ! 教育に悪い選択肢を子供に見せてんじゃねぇ!」
モモモが声を上げていると、左手、荷台の幌の奥から、「んー?」と、寝ぼけた声が起きてくる。ミナモさんは開口一言、
「げっ!」
「……おい、いま私の顔見て“げっ”って言ったか?」
「言ってないよ。いらっしゃーい」
青髪の少女は、くっと座ったまま伸びをする。モモモがじっと、そんな少女の様子を見送っている。モモモがミナモさんに投げかける。
「ねぇミナモ、キョウゲツは疲労困憊だったから、しばらく面会拒絶って言ってたよな? 本人、全然そんな様子なさそうだったけど」
「はい。私も大体そんな感じだったと思います」
「大体そんな感じだった、じゃねーだろ。意図的に私はじいてたよな?」
「あれれ、モモちゃんは、あのアオイくんの輝かしい功績知らないの? あれだけ活躍してんだから、そりゃ数週間寝たきりにもなる」
「なってないよ」
「なってねーだろ!」
「これがキョウゲツの今の武器?」
カラコロと、草原の道の上を荷車が進んでいく。
勝手に動く景色、俺は荷台の縁に背中を預けて空を見上げる。と、脇に立てかけていたそれを見て、ヒカリちゃんが四つん這いで鞘を突いている。
「そだよー」
「見ていい?」
「特別な剣……では、あるか」
黄色い髪の少女はぺたんとそこに座り、重い剣を持って膝の上に横にして乗せる。掛け紐を外し、少女は鞘をずらして剣身を見る。
「抜き身の刃に、気を付けてね」
「ばかにしてんの?」
と、勇者の少女は返す。いやあの……まぁ……うん。
「きらきらしてるね」
「そうだねー」
それは、型式だけで言えば、ギルドで売っている量産型の良品の直剣。俺がそれを手に入れたのは少し前で、ギルドの直剣はちょいちょい調整が入ったりするので、厳密には旧式ということになる。まぁ誤差だ。
特徴的なのは、刃のある剣身のみならず、柄や鍔まで全部銀色であること。それは“銀化石”という、武器の耐久性を著しく高める強化素材を使い、“銀化”が施されているからだ。
「この模様には、意味があるの?」
「均一に広げられれば何でもいいらしいから、その模様はあいつの……製作者の、趣味かもしれないね。でも、効率的な形ではあるよ」
また、剣の銀色の全身には、金色の細かい模様が巡っている。
大まかには、六角を並べその縁を繋げたような、金色の線による格子模様。これは剣の全体に、六角の大きさは均一に、くまなく入れ込まれている。
そして模様はもう一つ。
剣の刃に顔を近づけて見てみれば、細かい樹枝状の金の筋が入っている。この金樹は、刃の厚い部分から薄い部分まで伸びたり、あるいは柄を螺旋を描くように巻いている、金色の模様。専門家に言わせれば、“回りくどい、繊細な”技術らしい。
「これが、風の勇者の聖剣か」
と、ヨウゲツさんも寄って剣を見ている。
「聖剣なんて、大したものじゃないですけどねー。まぁ、俺の相棒ではあります」
「これは銀化を済ませているのか? あと透化を経れば、中に魔物を封じることができるが、キョウゲツはしないのか?」
「あいにくと、中に入れるあてが無くてですね」
ちらと、荷台の背後に彼の視線が行く。荷車の後方には、幌の中に、めいめいに寝散らかしているモンスターたちが居る。
「まぁ、武器は丈夫で使いやすければいいんですよ」
「そうか」
日は沈み、夕時になり、道の脇の草原に荷車を止めた。ツチやヨウゲツさんを始め、勇者組はどうやらまともな料理が得意なようであり、俺たちは彼女らの作った手料理にありついた。みんなで暖かな火を囲み、鍋を同じくして夜を過ごす。後片付けをしたら、三人はギルドの方へと帰っていった。




