第二百四十八話、風のキャラバン
「ちょっと、お墓参りに行きたいんだけど、場所が龍脈の中に沈んじゃってて……だから、その。一緒に、行こうよ」
カラカラと、俺たちの歩く後ろを、大きな幌の付いた荷車が走っている。和装の娘がふちに身を乗り出し、景色を眺めている。幌の中の日の光の陰で、足元から根っこを生やした緑肌の少女が奥に佇み、目を瞑って寝ている。幌車の中に置かれた大きなクッションにはタヌキが丸くなって寝ており、車の振動にふるふると揺れている。
せっかく取れた休みに、ツチはあんな所で寝ていていいのだろうか。とは言っても、大都市の観光には行かず、部屋の中でじっとしているとも嫌ということで、この状況は、彼女の希望通りではある。まぁ、たまには世俗から抜け出したい、みたいなリフレッシュの仕方もあるか。
俺は目を前に戻す。隣では、青い髪を長く伸ばした少女が歩いている。彼女の名前はミナモ。雨野ミナモ。俺は以前の彼女の名前も知っているが、今はこの世界での名で呼び続けている。お互いに。
「お前も、歩くのが嫌なら車の上に乗っていていいぞ」
「別に……っていうか、荷台の先導が必要なら私がやるし、アオイくんこそ中に」
「お、いいのか? じゃあ任せるよ」
後ろに下がろうとすれば、隣の少女に腕を掴まれている。
「乗んな」
「なんでだよ」
道は、大地を上下に揺れる草原の中を進んでいく。今日はよく晴れた青空の下。
「ギルド経営はどうだ? 順調か?」
道の畔に綺麗な清流と小さな滝があった。青い髪の少女は小さな崖の上の一つの岩の上に腰を掛け、足をプラプラと揺らしている。隣の、プールのような浅い滝つぼでは、モンスター娘たちが浮いたり浸ったりしている。
彼女は空を眺めていたが、俺の呼びかけに応じて、崖の下に居る俺を見下ろす。俺は崖に背中をつけており、大体彼女のズボンのふくらはぎ辺りが、俺の頭の横あたりにある。
「うーん」
「不振か?」
「不振というか、新人は集まったんだけど。なんかみんな普通の子でさー」
「普通ね」
彼女は足を揺らしながら、なんてことないように答える。
「普通の子たちを、私が見ても仕方ないし、ほら、ハルトさんとか、あと私がスカウトしてきた、アッシュさん、ベレーさんとかに、育成や面倒をお願いしてる」
「まるで、自分は普通じゃないみたいな言い方だな」
足元に映る彼女の影が動いた。右上を見上げれば、こちらを見下ろす彼女の顔がある。
「君もだよ」
隣で、ぴちゃぴちゃと緩やかに流れ込んでいく滝の音が聞こえる。彼女たちは特に遊ぶでもなく水で涼んでおり、静かだ。たまに、おぼれかけて暴れるような水音も聞こえる。
普通じゃないというそれを、特別と呼ぶには、少し、好意的な色眼鏡が入っている気もする。個性的、あるいは異常。
「みんな、アオイくんみたいには育たないね」
「まぁ……こっちは無理して鍛えてたからな。死にかけたことも何度もある。他人に、同じ方法はオススメ出来ない」
「何が違うんだろうねー。小さいうちに触ったら、何か変わるかと思ったけど、うちに来た子たちはみんな普通だった。特別にあこがれた、普通の子たち」
彼女の声はずっと平坦だ。見上げれば、空を浮かび流れていく、真っ白に輝く雲がある。
「鍛えたり、特別な授業を受けたら、やっぱり変わるんじゃないか?」
「そうかな。でも、幻想組のみんなは、私が最初に出会った時から特別だった。みんな、最初から何か違ってたの。最初から違って、そして特別になった。代わりに、わがままだけど」
彼女は、遠い景色の先を見つめている。つられてそちらを見れば、そこに何かあるわけじゃない。地平線まで続く、平和な荒野が続いているだけだ。
「ギルドの新人たちを見てると……こんなんなら、私が強くなって戦った方がいいって、そう思っちゃった」
「前線は危ないぞ」
「私は、一生安全な街の中に居て欲しい?」
こつんと、肩を靴の側面で小突かれる。
「私を、安全な街の中に閉じ込めておきたいんだ」
「お前が前に出なくて済むなら、それに越したことはない」
「私だって、大事な人を守る力が欲しいよ」
ぴょんと、少女は岩の上を飛び降りた。危うげなく、地面をとととと小さく駆ける。
「鍛えるつもりか?」
「どうだろうね。きついのはきらーい」
「お前の強さの弱点の八割は、鍛錬の足りてないその体の弱さだぞ」
「マコモちゃんの強化魔法があれば大丈夫だし」
「掛け算だろ。まぁ、俺は別に、お前に強くなって欲しいわけじゃない」
と、彼女は水辺の方に歩いていく。
「私も獣になれたらなー。服が濡れることもいとわずに、裸になって水の中に飛び込めるのに」
「俺なら全然気にしないよ」
「黙れ」
彼女は、水面に脱力して浮かぶ、タヌキのお腹を突いて遊んでいる。寝ているのか、任せているのか、タヌキはなすがまま。
「アオイくん、服持っててー」
「は?」
「あと、目は瞑っててねー」
と、彼女はポイポイと服を脱ぎだし、俺へと投げつける。やがて、彼女は、身を纏う少ない肌着だけになって、水の中に入っていく。
「ふー! 冷たくて気持ちいー!」
水の弾ける音がする。俺は崖の近くに戻り、岩を背中にして体を預け、目を瞑る。ばしゃばしゃと、水で彼女たちが暴れている。ツチとヒメトラとで水遊びを始めたようだ。




