第二百四十六話、不安定な電子
俺たちは、高いビルが立ち並ぶアスファルトの道路、脇の歩道の上を、街路樹を一つ一つ隣を通り過ぎながら歩いていく。
彼女は突如として走り出し、歩道に面した店の一つの中に入っていった。少しして、彼女は箱の山を手元に積み上げて、軒先に姿を見せる。
「先生! これ全部ほしいです! お財布!」
「おぉい! そんなに持って帰れるわけないだろ! どれかに絞りなさい!」
「全部!」
「全部……じゃあまぁ、帰りにまた取りに来るか? 置いといてくれるかな……」
ロボットだの何だのの、プラモデルの作成キットが入った箱が、少女の腕の中に積み上げられている。ツバキはあまり細かい作業をしないので、いちいち作っているイメージが浮かばない……まぁいいや。せっかく来たんだしな。
俺は薄葉に両替してもらった現代の現金の入った財布を手に、店の中へと入っていく。俺の隣に歩く少女は、今日は真っ白な、フリルが付いたりと、現代の洋服を身にまとっている。清楚感があるが、それは俺やツバキの趣味じゃなく、薄葉が用意したものである。
道を走り回ってはしゃいでいる彼女とその格好には、若干のイメージの乖離があるが、まぁ可愛いからいいや。
「先生! 先生! あの屋台の“ホットドッグ”が食べたいです!」
「ちょっと待ってねー」
「先生! あそこに“カードショップ”なるものがありますよ! 寄って行きましょう!」
「あの……あのね? 先生は、今日は里帰りに来てるから、いったん実家の方に寄らせて貰っても―」
「お兄ちゃん?」
俺は背中から掛かった声に、振り向いた。
聞き間違うはずもない、忘れるはずも……特殊な手段を使わなければ、自然に忘れることもない、彼女の声だ。
振り返れば、短い髪の少女が居る。髪の色は、茶色というか、太陽に透かして見れば、赤い、あるいは琥珀のような、綺麗な髪の色。
小さい顔、平均よりも華奢な体つき。今日は茶色のブレザーを着ている、彼女らしい、落ち着いた色合いの服装だ。まぁ学生服だけど。
「誰ですか? この人」
と、隣で銀髪の少女が、俺の服にしがみつき、引っ張るような姿勢で聞いてくる。
「妹だよ。俺の妹。血の繋がりは……半分ある」
まぁそんなことよりだ。
「久しぶり、こは―」
「だれ? その子」
と、向こうの少女は冷たい声で聞いてくる。え、一番に気になるとこ、そこ? 久しぶりに会ったお兄ちゃんなんですけど。
「この子は……」
……誰だお前? 弟子? 弟子って何? 弟子って現代っ子に通じる? そもそも俺の妹は、異世界だか何だかも分かってないはずだし、じゃあそこまで年の離れていないツバキを、弟子と言ったところで、何の弟子? と聞かれて説明からのぼろぼろ秘匿情報が……。
まぁ、そうだな。あれだな。
「こいつはツバキ、俺の妹分、みたいなもんだ。そんな事より、ひさ―」
「妹……?」
と、冷えた声が向こうから発せられる。彼女は続ける。
「私以外の……妹……?」
「いや妹分は妹じゃない。似た響きの単語だ。まぁでもなんだ、俺の大事な妹分ではあるから、出来ればこは―」
がし、と、隣から急に銀髪の少女が抱き着いてくる。
「おにーちゃん!」
どうした急に。なんだお前。俺はお前のお兄ちゃんではないが。妹は、この世界にただ一人だ。俺は若干ツバキの行動に引きながら、正面を向くと。
目を開いたまま固まった、俺の妹の姿がある。肩に掛けたバッグの肩紐がずれて、どさっと、公道の上に落ちる。
ど、どうしたんだろう。表情が固まっていて、じっと目をこちらに向けていて、なんだか様子が怖い。
「おにーちゃん! いつもみたいに、ぎゅってして、頭なでなでして!」
「したことないだろ……あれか? さっき入った店でなんか見たか? オタク文化って奴か? あんまり人前で真似しない方がいいな」
パチ、と、空気の爆ぜる音がした。俺とツバキは瞬間的に意識が切り替わり、身構える。
ぱち、パチと、妹の頭の隣で音が鳴っている。な、なんだ? これは聞きなれた、放電の音―
と、歩道の向こうから、複数の人影が歩いてくる。ちゃらちゃらへらへらとした、真っ黒の学生服を着崩した男子生徒の群れだ。群れとかじゃない。人間相手に群れって言わない。男子生徒の集団だ。
知らない声が通りに響く。
「お? なんだなんだ!? あそこに髪の真っ白なべっぴんさんが居るじゃねーか! 手前には、あの時空晶学園のお嬢様も居る! その後姿を見ただけで俺は分かるぜ! きっとかなりの美少女ちゃんだ! おーい、そこのお二人さん! 俺たちと一緒にお茶でもどうだい! 男は要らねぇ!」
分かりやすくていいな。しかし、ツバキはこういったナンパを喜んだりするだろうか? 一応本人の許可を……と、隣を見れば、銀髪の少女の表情は明らかに、侮蔑や嫌悪の表情が宿っている。ギルドの報告書全部押し付けて俺だけ寝てた時もこんな顔してなかったけどな。まぁいいや。とりあえず断ろう。
と、向こうの男子生徒の一人が、そっちに立ち尽くしたまま動かないままの少女の肩に、手をかける。おい、俺の妹に触んな―
駆け寄って止めようと、走り出した俺の足が止まった。
妹に触れようとした男子生徒がひとりでに背後に吹っ飛んだ。え!? 俺まだ何もしてないですよ!?
ぱりぱりと、空中に放電の跡が残る。俺の目で確かに見えた、それは異常な量の電撃。
「え、うわ! おいやべーぞ“能力者”だ! 逃げろ!」
背中を見せて歩道を走りだそうとした少年たちに、俺の妹は素早く振り向き、手をかざした。
今度ははっきりと見えた。風の中を電撃が走り抜け、次々と学生たちにあたり、衝撃でその体を跳ね飛ばす。ボウリングのピンみたいに少年たちが吹っ飛んで地面を転がった。ストライク! 言ってる場合じゃねーな。
俺は走る必要もなくなり、歩いて妹の隣に並び、学生たちを見送る。やべぇやべぇと彼らは立ち上がり、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。
「え? 何したの? 琥珀」
「何って……“力”を使っただけだけど」
「なんで使えんの?」
「テレビもネットも見てないの? おにーちゃん。今までどこ居たの?」
はぁ、と、隣の少女は、呆れたような顔で向こうの彼らを見送っている。
「なんでって……私は、現実でも力の行使を許された“闘技場代表”。お兄ちゃんだって、能力の一つは貰ったよね?」
と、少女は手のひらを掲げ、その中にぱちぱちと電撃を迸らせながら、隣の俺の顔を見上げて聞いてくる。車道を車が過ぎていき、当然のように、誰も騒ぐことなく日常が続いている。
あー……そういや言ってたな。超能力を現実世界の人間に戻して、戦力の増強を図るっていう“計画”の。じゃあ“騎士王の采配”はもう発動したのか。まぁそうか、俺の方で侵攻が起きてんだし、こっちでも備えなきゃだよな。
俺は、隣の美少女に話しかける。
「あー……“闘技場代表”ね、知ってる知ってる。……“闘技場”ってなに?」
「なに……? それすらも知らないの? 今までどこに居て……まさか本当に、別の世界、“異世界”に居たって言うわけじゃないよね」
「ところがどすこい、そのまさかカモ」
俺は手の平をかざし、そこにある街路樹へと手をかざす。こっちは原理の違う秘跡、体内の魔力を消費して放つ“魔法”。こっちには龍脈がなく外からの回復が見込めないので、節約して使わなければいけないが。
俺がかざした手から風の流れが生まれ、街路樹の葉っぱを揺らした。
「な?」
え……と、思わずといった様子で、妹は呟く。
「え、なに? お兄ちゃん、“ハズレ”引いたの……?」
「は? なんだお前。人の力にハズレとか言うな。属性差別ですか?」
「あぁいや、そ、そうだよね、使い道とかあるよね、サポートとか……」
「気遣いやめろ」
と、背中から、聞きなれた足音が近づいてくる。
「な、なんですか? 先生。今のは魔法……? こっちには、魔法も何もない乾いた世界って聞いていたんですけど……」
ツバキは俺へと聞いてくる。
「あぁ違う、今のは“超能力”だ。こっちの世界で生まれやすい秘跡だな。魔法と違って―」
「ちょっと! 私のお兄ちゃんに近づかないで!」
と、ツバキの接近に、毛を逆立てるように、何やらコハクが威嚇している。
「なんですか? あなたはもう元妹ですよ。今は私のお兄ちゃんです」
「妹に元も新もあるかよ。いや新はあるけど。妹は一生妹だしお前は新でも現でもねーよ。というか、久しぶりのお兄ちゃんだよ? コハクちゃん。もっとこう、感動の再会とか」
「勝手に居なくなったくせに」
「あ、はい。あの、すみません」
と、ツバキが割って入ってくる。
「あー、元妹は束縛強い感じなんですねー。私なら絶対そんなことしないのにー」
ぱりぱりと、空気の中を電気が迸る。
「コハクちゃーん? 使えるからって、これ見よがしに一般人に使って見せるのは、お兄ちゃん良くないと思うなー。さっきのだって過剰防衛かもだよ? 力があるってのは、それに伴う責任っていうのが―」
と、少女はぽつりと呟く。
「……お兄ちゃんは、傍に居て守ってくれないくせに」
「あ、はい。あの、すみません」
「……今日からは、また、一緒に居られるの?」
と、小さな声で、妹は控えめに聞いてくる。
「いやー、顔を合わせたらすぐに帰ろうかと……あぁうそうそ! 定期的に顔見せに来るからね! いや今までは大変でさーいろいろやることあることでもいろいろが片付いて最近はもう全然自由っていうか……おいツバキすぐそこで人の妹煽んのやめろ!」




