“標山”チャレンジ・3:四合目~ ーII*
木々の隙間から漏れて見える、青く眩しい空。隠れていない青空を、次に視界いっぱいに見られるのは、いつになるだろうか。
いくら登り続けただろうか、周りの木々や植物は、心なしか少しずつ様相を変えてきた、気がする。生えた木々の間隔は開き、空気もだんだん乾いた、涼しいものに。
「そろそろ六合目着く?」
「もうちょいじゃないか?」
道中のモンスターは、軒並み難なくヒカリちゃんが倒していった。俺たちが危ぶむ余地もなく、補助を入れる隙も無く、戦闘はすぐに終わる。強い。
「もうちょいだってヒカリちゃん」
ヒカリちゃんはさすがに疲れて来たのか、返ってくる返事は心もとない。
「見えたぞ。あそこの突き出た部分の、」
「ちょっと待って」
背後から詰めてくる気配がある。俺は立ち止まり、後ろをじっと見つめる。一行も止まる。
「敵か?」
「ヒカリが出る」
「これがラストかなー?」
俺たちが通ってきた道、木々の合間から、やがてそれの姿が見えた。宙を浮いている……なんだ? 白い、羽を生やした郵便ポストみたいなのが浮いて、こちらに向かって来ている。
「あれなに? 敵?」
「見たことないタイプだな。ヒカリは知ってるか?」
「どうでもいい。敵なら倒すだけ」
それは俺たちの後ろまでやってきて、やがて宙に浮いたままそこで止まった。背中に生えた無機質な、翼? みたいなのは飾りなのか、羽ばたきもせずポストは浮いている。
「“アナタタチハ、ミチニマヨッテイルノデスカ?”」
ポストは無機質な声でそう問いかけてきた。ヒカリちゃんとキララさんが俺を見る。俺が話すの?
「迷ってはないよ。目指してるものに向かって進んでるだけ」
「“ドウシテ、コンナ、コンナ……”」
「どうしたの? 俺たちに、何か気がかりなところがある?」
白ポストから、意味の分かる無機質な声は響く。
「“ツミヲカゾエマショウ。コロスノハ、ワルイコトデス”」
「違いないね。何も殺さずに生きていけるのならそれがずっといい」
「“アナタガタハナニヲコロシタ? ドレダケコロシタ?”」
「必要なものを、必要なだけ」
ガキン、ガキンと、ポストの胴体に穴が開き、そこからドリルのようなものが付いた腕が出てくる。
「“マヨイゴニ、ミチビキノテヲ”」
「残念だけど、俺たちの手を引いてくれる先生はもう別に居るんだ」
「“ナラバ、キサマハイマココデシネ”」
あちらはやる気らしい。
戦闘開始。
小さな背中が真っ先に飛び出していく。地面を駆け、宙へ浮くその白ポストへと飛び上がった。両手で剣の柄を逆手に持ち、その鋭い切っ先を振り上げ、ポスト野郎へと振り下ろす。
ガキンと、その切っ先は空中で止められた。不可視の壁が白ポストの前に現れた、その壁に沿ってヒカリちゃんの剣と体は滑って落ちる。
ヒカリちゃんはそのまま真下の地面へと落ちていく、その上から、白ポストから生えたドリルの付いた腕が、彼女へ振り下ろされようと―
「援護するよ!」
俺は手元に思いっきり魔力を込め、奴を狙って思いっきり開放する。俺の手元から放たれた、螺旋を描いて飛んでいく三つの風の刃の線。それは奴の背中の羽を狙った、が、それは同じように不可視のバリアで止められた、風の刃が霧散する。
「ヒカリ! いったん戻ってこい!」
キララさんが呼びかけるが、ヒカリちゃんは怯まずその場で空中に手を掲げる。
「“雷よ”!」
少女の手から放たれる、収斂して伸びていく複数の電撃、それは一瞬で白ポストへ伸び、奴の体を覆うバリアの輪郭の全体を露わにした。先端の潰れたピラミッドみたいな不可視の面。電撃はバリアを貫けずただ壁に沿って空気に逃げていく。
「なっ……こいつ攻撃が通らない!」
「ヒカリちゃんこっち!」
ヒカリちゃんは素早くこちらを振り返り、一瞬考えたのち、走ってこちらへ駆けてくる。白ポストは、あっちの宙で浮いたままだ。
「なんだあのバリア! 何も効かねーじゃねーか!」
「どうする? いったん逃げる?」
「逃げるにしてもどこへ逃げんだ、ここら辺は隠れるところなんてねーぞ」
もう少し上まで行けばセーブポイントの横穴がある、だがモンスターを引っ張った状態でそこに向かえば、穴の位置がばれかねない。下は奴が道をふさいでおり、上に登って逃げても……そこは登り坂、体力的にもきついしスピードも出ない。また、六合目を過ぎれば、さらにモンスターと出会うかもしれないし、そいつはさらに強い。登って逃げるのは不向きだ。
「……最悪、飛んで逃げて四合目からやり直しかな」
「や、やだ。ヒカリがここで倒す」
「うーん……」
あっちの攻撃性がどれだけ高いかだ。こっちの攻撃が通らなくても耐久戦に持ち込めるなら、あのバリアが剝がれる、という可能性はある。だがあのドリルが超強力、一撃当たれば即死、攻撃が苛烈で防ぎきれない、なんてなるのなら逃げたい。けれど試しにドリルに当たってみる訳にも行かない。
「……まぁ、まだやれることはあるか。ダメそうだったらみんなで逃げよう」
「おい、そろそろオレもやっていいか? ずっとお預け食らって体がうずうずしてんだ」
キララさんが金棒を片手にあちらへ向かっていく。
「バリアのある敵か。殴り放題でいいねぇ!」
キララさんが細い金棒を持ち上げた、奴の下部からその金棒を思いっきりかち上げる! 金棒は不可視の壁に当たり、跳ね返ってくる。
「オラァ! オラァ!」
ガン、ガンと、何度も金棒が奴の体へと振るわれる、その度にバリアに跳ね返されている。バリアは、おそらく双方向からの移動を妨げるのだろう、しかしバリアを張っている間はあちらも攻撃を仕掛けてこない。
キララさんは続いて手の平を奴へと掲げる。
「“フレイム・バースト”!」
彼女の手から豪炎が放たれた。キララさんの前方、燃え上がる大きな炎の塊が生み出され、それは上空の白ポストへと向かっていく。奴の体は丸ごと炎へと包まれる、だが、炎は錘状の形に流されているようであり、炎が過ぎ去った後、奴の体が現れて―
「キララさん危ない!」
白ポストは初めて移動してきていた、それは二つの回転するドリルを振り上げながらキララさんへと迫る!
「なっ!」
キララさんは咄嗟に金棒を握り、左手のドリルをかち上げた、初めて奴の体へと攻撃が通る。だが同時に、右手のドリルが迫る、それは彼女の胴体へと突き出され―
「キララさん!」
何かが砕け散る音、キララさんの体は吹っ飛ばされこちらへと飛んでくる。
「キララさん! すぐに帰るよ! 今―」
駆け寄り彼女の体を起こそうとした手を、彼女の手が握り引っ張る。
「心配すんな。オレはまだ戦える」
と、キララさんは俺の手を支えに立ち上がる。彼女の胴体を見れば、お腹の服が多少破けているが、そこから見えている彼女の肌は無事で、何も傷などない。
「……“お守り”の肩代わりか。確か、三回だっけ」
「後二回だな」
「今、ここで無理する必要ある?」
「今戻って、六合目近づくたびにこいつに怯えんのか? まだ何も掴んでねーぞ」
「ぎりぎりまでやるつもり?」
「そのための余裕だろ」
俺は顔をしかめてキララさんを見守る。ヒカリちゃんは、最初すべて弾かれたのを見てから、次の有効な攻め手を考え切れていない様子。
「……一応、バリアがなきゃ攻撃は通る」
「だな」
「相手が攻撃してくる瞬間にはバリアはない」
「だが奴の腕は二本だ。俺らの剣はそれぞれ一本で、片方を剣で防いでももう一本のドリルが飛んでくる。攻撃には手数が必要だ、三人同時に行けば一人は通るか?」
俺は周囲の状況を見下ろす。ここは森が切れたところの、視界の広い斜面を登っていく山道の途中。
「この、狭い、足場の悪い山道で連携を? 相手は空中で機動力もある、うまく立ち回られて、どっかでもつれて団子になったら危ないよ」
「じゃあオレが腕二本とも跳ね返せばオーケーだな、その上で攻撃だ」
「出来たとして、跳ね返した瞬間バリア張られて終わらない?」
「あーもう面倒くせーな。じゃあどうすりゃいいんだ」
白ポストはこちらの様子を窺っている、二つの腕を出して、背中の翼はピクリとも動かずわずかに上下に揺れるのを繰り返している。
「……“大自然系”の魔法を防ぐバリアなら、キララさんの魔法で壊せるんじゃない?」
「はぁ? 見てただろ、オレのも無効だ」
「そっちじゃなくて、黒い方。前の泥人形には逆で、“風”のは効いて、黒いのはダメだったでしょ」
キララさんは、なるほどと頷く。
「じゃあ、こいつには、逆に”こっち”が効く可能性があるって訳だ」
キララさんは、手に黒いバチバチとした力を溜め始める、途端、ピタと奴の動きが止まった。
「おいおい、こいつが怖いのか?」
「“……”」
「今行くから逃げんじゃねーぞ!」
キララさんは獰猛な笑みを見せ、白ポストは一転、無言で半回転する、翼をこちらに向けて逃げようと、その背中にキララさんが飛び掛かる。
「“ブレイカー”!!!」
彼女の手から黒い煙のような何かが噴き出した、それは奴の背中に現れたバリアをバターのように溶かし、黒の奔流はそのまま白ポスト本体を飲み込む。
「“ァァアアアアァアアアァアアアア”!!!」
軋む声が白ポストが発せられる。黒い煙に浸食されて、白いポストの体は朽ちていく、羽は燃え尽き、奴の体は浮力を失い落ちていき、地面に落ちる頃には体の全てが消えている。
いくつかの残留品がその場に落ちた。
「キララおねーちゃん! すごい!」
と、ヒカリちゃんがキララさんの元へと駆けていく。
「……そうか?」
「今のどうやったの? ヒカリにも教えて!」
「え……ど、どうやんだろうな……こう、“ぐっ”てやって“ばぁ!”って……」
ヒカリちゃんは目を輝かせキララさんの顔を見上げている、キララさんも、まんざらじゃない様子でヒカリちゃんの肯定を受け入れている。
俺も、そんな二人の元へ歩いていく。
「ねぇねぇヒカリちゃん! 俺は? 俺は?」
俺がそう声を掛けると、一転、冷めた目がこちらへと向けられる。
「ついで」
「おまけ」
「ぐぎぎぎぎ……」
≪ひとくちモンスターずかん≫
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白いポストのような、機械のような何か。どこかの偉い人の言葉を曲解し、徒に人を傷つける。




