“標山”チャレンジ・3:四合目~*
「あ、ヒカリちゃんだ」
装備を整えて教室に行けば、つんつんした様子の薄い黄色の髪の少女がそこに居る。少女も、装備を整え今から外へ向かう様子。
ヒカリちゃんは俺の声に、一応こちらに顔を向ける。
「やっほー、またひとりー?」
俺が声を掛けると、小さな少女は小さく頷く。
「ヒカリちゃんもシルベヤマ行くとこ? ヒカリちゃんはどこまで登ったー?」
ヒカリでいい……と、彼女は小さく呟く。
「今は、四合目」
「あれ、意外だね。もっと先に行ってると思った。俺たちも今四合目だよー」
「一日目は、登るのが疲れてやめた」
「あー……ヒカリちゃ……ヒカリはまだちっちゃいもんねー」
「ちっちゃくない」
「……うん。将来的に大きくなるんだよね」
「今もちっちゃくない」
ちっちゃい子はなんか言っている。
「ねぇねぇ、俺たちと一緒に行かない?」
俺は気まぐれに少女を誘ってみる。
「ヒカリは一人でいい」
「でも、今日はほぼ一本道だし、ここで別れてもすぐに追い付くんじゃない?」
ヒカリちゃんは「んー……」と何やら考えている様子だ。
「ほら、甘いお菓子もあるよ」
「物で釣るなよ。犯罪臭がするぞ」
と、後ろからキララさん。薄い黄色の髪とキララさんの鮮やかな金髪、並ぶと姉妹みたいだな。
「じゃあ、ヒカリの……邪魔しないなら……」
と、ヒカリちゃんから一応の同行許可を貰えた。
「もちろん! 強い敵が来たら頼むね!」
「お前プライドとか無いのか?」
転移の陣をくぐれば、そこは小さな暗い穴の中。俺たちは光の差す方へ進み、外に出れば、そこは前回見た四合目のスタート地点。茂みをかき分け平地へと出てくる。
ここは四合目、足で登ってきた分の多少の高さがあり、木々の隙間から低い位置へと広がっていく森の景色が見える。
「ヒカリちゃんは武器なに使ってるのー?」
「ヒカリ」
「ヒカリは武器なに使うの?」
「けん」
「足の健?」
「あしの? どこ? 普通の剣だよ」
「あ、俺もだよー、お揃いだねー」
「顔ゆるゆるで気持ち悪いぞキョウゲツ」
一人分増えた道、二人の足音と一回り小さな足音が、山の中、土の上を進んでいく。
「ヒカリは、いつも一人なのー?」
「うん」
「一人で危なくない?」
「危なくない」
キララさんは隣から呆れた声で言ってくる。
「おめーピクニックしてるんじゃねーぞ」
「分かってるってー」
山の中をぐねぐねと続いていく道。ずっと登ってはいるが、傾斜も方向もばらばらで視界も悪く、今どこを歩いているのかよく分からなくなってくる。幸い、歩くための目印はあるが。
「ん」
俺は山の上からの何かに引っ掛かり足を止める。
「どうした? キョウゲツ」
「何か来るかも」
「なにか?」
それぞれ武器の柄に手を添える。
それは山の上からそのうち転がってきた。歩いてや走って、ではなく、文字通り“転がって”。
「なんか落ちてくるぞ!」
キララさんがそれを視認したようだ。
「え? 落石!?」
「とりあえず避けろ!」
俺たちは音のする方向に目を向け、慌てて道の上部へと避難する、それは上の茂みから飛び出てきた、丸みを帯びた三角形の……、
「カニ?」
「またカニかよ!」
「前回のあれはカニじゃないよ」
デコボコのないつるつるの綺麗な三角おにぎり、それは目の前で変形し、手足を伸ばしてカニの形を取り、俺たちの前へと飛び出、地面を滑りながら着地。
「敵だな!」
「カニ肉落とせー!」
「ヒカリがやる」
「え?」
と、小さい背中が真っ先に駆けて、向こうのカニのモンスターへと飛び出していく。
それからは一瞬だった。
彼女はまず“氷”の魔法を用いて奴の足を地面ごと凍らせ動けなくし、小さめの剣でその頭に殴りかかる。剣がハサミで受け止められるのを見るや、片方の手を剣から離して“雷”の魔法を打ち込む、痺れた一瞬でハサミから剣を外し、ハサミの根本を剣で切りつけ、最後に口の中に剣をねじ込む。そこまでするとカニの体は崩れ、星形の粒子を残してその場にドロップ品を残す。
「おいおい瞬殺だよ」
「相変わらず手際がいいなー」
キララさんは、ヒカリちゃんの狩りをすでに見たことがあったのだろうか、ヒカリちゃんの一連の行動に、驚いてはいないようだった。
「これ俺ら要らなくない?」
「だよな。おいヒカリ、次から獲物は交代で狩ろうぜ。お前は今働いたから次は休んでていいぞ」
ヒカリちゃんは黙々と落ちたアイテムを袋に拾って詰めていたが、キララさんの呼びかけに冷たく返す。
「いらない。ヒカリが全部やる」
「そうかぁ?」
「最初に言った。付いて来るなら、ヒカリの邪魔しないって」
キララさんは、言い返す言葉が思いつかず、言いあぐねて空を見上げている。
「よっしゃあ! これで六合目までは楽に行けるぜ!」
「ヒカリ、ちょっと待っててな。こいつ裏で絞めてくるから」
「ヒカリちゃん、足疲れてない? おんぶして行こうか?」
「疲れてない。あとヒカリ」
「お前、負ぶっていったりなんかしたらこの課題の意味なくなるだろ。ちゃんと考えて言ってんのか?」
「そうだね」
風がそよぐ登山道。周囲は大自然、空気は森に浸されて綺麗で心地がいい。所々、日の漏れたところから暖かい草の匂いがする。
上り続けて、疲れは徐々に膝に溜まってくる、今日は凪の日か、モンスターにはあまり出会わない。三人分の足音は、先へ先へと進んでいく。
「そろそろ休憩、入れる?」
さきほどから、道は傾斜のきつい登り坂ばかり。ヒカリちゃんは大丈夫だろうか。キララは無言でちらと俺を見て、それからヒカリちゃんの方に目を移す。
「……ヒカリは……だいじょうぶ……」
「そろそろ小腹が空いてきちゃった。お菓子多めにあるんだよねー、ヒカリちゃんも食べてくれない? ほら、そこにいい感じの岩が」
立ち止まり、彼女は俺が指した先を見る。そこにはいい感じの平地があり、岩があり、木々の枝葉が途切れて日も差し込んでいる。ヒカリちゃんは立ち止まり、小柄な体で一生懸命呼吸を行っている。
「……わかった」
お茶を飲み、多少の焼き菓子を口に含んで、俺たちはお腹を満たした。食べ終わった頃には少女の呼吸も落ち着いていた。ここら辺は道の傾斜がきつく登り調子で、上を見るに上り坂はもう少し続きそうだ。
「さっきのカニのモンスターみたいなのが上まで運んでくれないかな……」
「おら、さっさと立て。登るぞ」
≪ひとくちモンスターずかん≫
サンカクサワガニ
陸棲のカニ。手足を閉じれば、綺麗につるつる真ん丸な三角形に変身する。よく斜面を転がり落ちる姿を見かけるが、登るところは見かけない。




