“標山”チャレンジ・2:四合目~*
「オーレたち、さいっきょうっ♪」
「むかーうとっこ、てっきなっし♪」
謎のハイテンションで山を登っていると、遠くから近づく気配がある。
「敵だっ!」
「掛かってこい!」
俺たちはそれぞれ武器を取り出し、周囲の戦いやすい足場を確認して、敵の来る方向に武器を向けた。
「……あぁ?」
木の陰から、大きな影が姿を現した。灰色の体表、二足歩行の人型に近い、身長もでかいがガタイがでかい、俺とキララさんを隣に二人並べてようやく同じ横幅くらいだろう。特徴的なのは、両手が先の割れたスプーンみたいなハサミになっていること。
「……特異個体かな」
今まで見たものと比べて急にでかすぎるな。
基本、同じ龍脈の“深度”に住むモンスターは、一つの“深度”の間でしか移動しない、それ以上深い所へも浅い所へも行きたがらない。
とはいえ“深度”の変化は段階的ではなく、流線的なものだ。段階分けは人が引いた線であり、その境に境界はない。よって、深い深度のモンスターが浅い所へ現れる、こともある。が、それは普段より空気の薄い所へ向かうようなものなのでやっぱり珍しいケース、ではあるが。
目の前に居るこいつは、上がってきた”深度”に対しては外れた、異質な感じがする。
「……どうする? いったん距離とる?」
「殴ってみなきゃ強さなんて分かんねーだろ」
「……分かった。でも、いつでも逃げられるようにしよう」
俺たちは武器を構えて、そいつが歩いてこちらに来るのを待った。
頭部があるべき場所に、頭のようなものは見当たらない、しかし首あたりから二本のカニの目のようなものが生えている。なんだこいつ、カニの怪人? まるで灰色の粘土で作ったかのように、出来が悪く、不格好な見た目。
そのカニもどきは、俺たちの歩く道の先に立ち、そこで立ち止まって両腕を天に掲げる。
「ブゥォオォォォオオオオオ!!!」
「話通じないタイプだ」
「通じてもやるだけだろ」
俺は駆け出し、剣から片手を外して手元に魔力を集めていく、よく分からないものは最初に最大火力を叩き込むに限る!
「“風刃”!」
俺は手を前に突き出し、手元の魔力を解放、手元に封じられていたわだかまる風の刃は、俺の掛け声とともに解放される。前方、でかい図体へと風の斬撃が飛んでいく。
カニ怪人は体をかばうように両腕を体の前でクロスし、身を固める、その体を乱雑に風の刃が切り付けていく。
「おらぁあああ!」
俺は続いて両手で剣を振り上げ、その肩へと剣を振り下ろした。剣は……奴の体を腕ごとバターのように切り裂いた! 俺の剣は地面にぶつかる、俺は、予期していた抵抗がなく、振った剣に振り回されその場でたたらを踏む。
切り裂いたカニ怪人は、突然、スイッチが切れたように泥と化してその場に溶け落ちる。
「やったか!?」
「待って!」
俺はいったん距離を取り、地面に溜まった灰色の水溜まりを鋭く見つめる。いつもみたいなモンスターの消え方じゃない、たまに変な消え方をする奴も居るが―
森に静寂が戻る。灰色の泥は地面の上に溶けたままだ。
と、それは突然ぽこぽこと泡立ちはじめ……泥の水たまりの中から何かが立ち上がる、それはまた、不格好な人型を作っていく。
「なんだこいつ!? 斬撃が効かないぞ!」
「いや待って、さっきより小さいかも!」
泥は完全に立ち上がり、また人型の泥人形を作った。が、さっきより一段サイズが下回っている、それでもまだ大人の身長くらいはあるが。
「消耗させりゃ縮んでいくのか?」
「かもね」
「じゃあ殴り放題だな!」
と、続いてキララさんが奴に突っ込んでいく。金棒を振り上げ奴の体へと叩き込む!
「……あぁ?」
奴の体をこそぎ落とす、ように思われた彼女の金棒は、奴の体に容易に止められている。まるで砂袋を殴ったようにびくともしない。
「おい、オレの武器と相性悪いぞ! キョウゲツ代われ!」
彼女の金棒は奴の体に埋まり、取り出せない、彼女は武器を手放し距離を取った、俺は彼女の隣を追い抜き、再び剣で殴り掛かる。
「あれ?」
ざんと、鈍い衝撃、俺の剣は奴の肩の上から入り、多少その体を切り裂いたが、今度は体の中で止まる。俺はすぐに剣を抜いて距離を取る。
「ブゥオォォオオオオ!!」
埋まった金棒が掻き消え、キララさんの手元に戻ってくる、俺が付けた切り傷、彼女が付けた殴り跡は、もこもこと体が盛り上がり見る間にふさがっていく。
「少しは削れたか!?」
「いや……あれ? 効いてない?」
「小さいほど固くなんのか?」
「分からない……けど」
さっきと何かが違う? 考えている間に、奴はずしずしとこちらに歩いてくる。
「ぁあ! さっき効いたのは魔法の方かも!」
「魔法? 魔法でなぐりゃ効くんだな!」
と、彼女はすぐさま金棒を投げ捨て片手を突き出す、彼女は掌底に魔力を貯めているようだ、黒い稲妻のような光が彼女の手の平からほとばしる。
「オラァ!!」
彼女は体で一つでそいつに殴り掛かった、彼女は手を突き出し奴の体へと手の平を当てる、瞬間、こちらに歩いてきた奴の体の半分が吹き飛んだ。威力やば。
「どうだ!」
奴の後方に飛び散った砂、それはすぐにカタカタと震え残った下半身の方に戻っていく。またも奴の体が再生した。今のは効いたというか、属性相性ではなく火力で吹っ飛ばした感じがする。
「効いてるように見えねぇな!」
「属性が違うのかも! “風”でやってみて!」
「“風”でどうやって攻撃すんだよ!」
「魔力ごとぶつければ魔物には効くよ!」
「やりゃあいいんだな!?」
再び、彼女の手元に魔力が集まっていく、薄く現れては消えていく、黄緑色の光の帯、あれは風の魔力の残滓。
「ブゥゥォォォォオオオ!!!」
再生し、両手を振り上げる泥人形に、再び、彼女は再び手の平を突き出す。
「“ウィンド・バースト”!」
そこから突風が爆発した。はじけ飛ぶ奴の体、生まれ出た風は、土を抉り落ち葉を巻き上げ、周囲の木々を軒並み揺らしている。彼女の前の地面に、風が擦った跡が残る。風で攻撃できるじゃん。火力やば。
風の進行方向、向こうの竹林に、竹の幹にぶつかり、ずるずると滑り落ちる灰色の泥があった。それは、徐々に空気に溶けていっているようにも見えた。
「倒せたみたいだね」
「よく分からん奴だったな」
キララさんは平然と、奴が飛び散った方向を見ている。山の静かさが戻ってきた。風に、山の木々がゆっくりと、波を打つように揺れている。
「すごい魔法撃ってたけど体は大丈夫? 魔力とかきつくない?」
「オレは魔力量豊富だから全然だな」
羨ましいな……一属性だけでいいからその魔力もらえないかな……。
「すごいね、キララさんはいろんな魔法使えるんだ」
「まぁ授業で習ったしな」
彼女は投げ捨てた金棒を呼び戻し、泥を落として背中に直している。
「まぁでも、お前の指示で弱点見つかった訳だし、ありがとな。オレだけだったら一生殴りまくって時間無駄にしてたかも」
「だよな! 俺のおかげだよな!」
「調子に乗るな」
と、キララさんは手を差し出してくる。白くて華奢な指、こんなんであの金棒振り回してんのか。あぁ握手? 俺がそれを手に取ると、間違ってなかったらしい、握られ、ぶんぶんと乱暴に振られる。
その日は、あと三体ほどのモンスターと遭遇したが、それなりに手が掛かり、また接敵頻度も高くなっており、六合目までの大体の距離を考えると体力的に心もとなく、六合目への到達はあきらめた。その日はあとは適当にモンスターを狩っていた。進行度は四合目まで。
*
「ねぇ、なんで勝手に一人で行ったの」
「……二人だよ」
元気になったミナモさん。俺の部屋に来訪し、無表情に俺に詰めてくる。
「四合目まで負ぶっていって」
「それだと課題の意味ないだろ」
「ねぇー、登山やだぁー」
嫌なの登山かよ。
「登山がきつく思わないくらいの基礎体力を作るのも、課題の狙いの一つなんじゃないの?」
「そういうのいらない。こっちは外で素振りしてただけで風邪引いてんのにさー」
あれが原因かよ。そういえば、この前こいつに奪われたどっかの騎士団の剣を、窓から建物の裏庭で振ってたのを見たな。
「次から厚着して運動しろ」
「何言ってんの?」
「……しるべやま、俺も一緒に行くか? 自分より低いところから始める分には、良いらしいし」
今の俺の進行は四合目だが、麓から彼女に合わせてまた一から。俺がそう言うと、彼女は渋りながら顔を逸らす。
「……いい。私はワカバちゃんと行くし」
「そうか」
「すぐに追いつくし」
「いや、たぶん次はこっちで六合目まで行けると思うけど」
俺がそう返すと、げしげしと足元を蹴られた。
≪ひとくちモンスターずかん≫
灰沼
灰色の泥のような水たまり。誰かから奪い去った記憶をもとに、何かの生き物を模倣する。




