第百三十九話、長き鳴き声
夕暮れになる頃にはワカバさん、キララさんと合流し、俺たちは斜面の陰となる窪みの平地を見つけ、そこに拠点を立てていく。屋根も壁もないが、一応キララさんたちの魔物除けの仕掛けがある。
「そっちはどうだったー?」
「別に面白いことはなかったぞ。ただ一日中観察してただけだ。で、次の島に行っちまったな」
「意外と頭良くてねー、海で漁して、魚獲って食べてたんだよー」
「あとで記録のノート見せてー」
「はー? 情報機密だぞ」
「現地の協力者でしょ」
空を夜の闇が広がっていく中、俺たちは地面に火を灯して、今日を終える支度をする。
長い、長い咆哮が、俺たちの意識の外で長く啼いていた。
俺たちは一様に、声のした方向を見つめている。空は夜の闇に塗られている。声の方向は、この島じゃない、おそらく次の島のある方だ。溶岩の斜面を下って、間には暗い波の海が見えており、波の向こうに大きな島が見えている。
「……今の。“飛竜”の鳴き声か?」
「生態的に、“竜”の鳴き声にはどんな意味があるの?」
「一つは生誕の龍鳴だが……あいつはもう成体だし、本種でもないしな」
「俺たちは数日ここらに居るけど、あの鳴き声を聞いたのは今が初めてだよ」
「っつーことは、最低でも数日に一回のイベントが、“飛竜”か、ほかの何かに起こったってわけだ」
バッグの中から、遅れて寝巻のオチバの頭が顔を出す。
「どうしたの~?」
眠そうな、のん気なオチバの声が辺りに響く。ぱちぱちと、焚火の爆ぜる音がする。
「キララさん、行く?」
「……しかねーな」
「おっけー、じゃあツバキとオチバはここで待機……」
いや、この地で自由に動ける強さがあるのは俺とキララさんだけ、キララさんが行って、おそらくワカバさんもそっちに行って、俺までそっちに行ったら残りを守る戦力がない。
「私は先生と一緒に居ますけど……オチバさんはどうしましょう」
「うん? よく分からないけど今から動くの? よく分かんないけど、君の傍に居るのが一番安全じゃないの?」
と、ツバキとオチバは好きに言ってくる。
「……緊急事態だ。今からは俺たちの言うことを聞け。オチバはバッグの中に……いや、いったんギルドハウスまで避難しといてもいいけど」
「私も見に行くー」
のんきな声がオチバから上がる。こいつ……いったん頬っぺた叩いたら目を覚ますか?
「キララさん」
俺は、黒いローブに、金髪の少女に話しかける。
「全員で一緒に行こう」
少しだけ、彼女の口の端が上がった。
夜に篝火を掲げて、海の上を一隻の舟が渡っていく。
「海凍らせて走った方が早いんじゃないか?」
「誰が出来んだよその芸当」
キララさんが冷めた顔で振り返る。
「オレは別に出来るが」
「今の状況で強い魔法反応はあまり好ましくないよ」
黒い波の上を舟が走っていく。オチバの発言に、場の緊張感があまりない。
俺たちの目の前にあるのは、今までで一番でかい、大きな火山島だった。夜の闇に黒い三角の輪郭があり、頂上付近には赤く輝く光が薄く映っていて、立ち上る黒い煙も見えている。
俺たちは島の端に上陸し、手早く舟を片付ける。
「こっからは全員、臨戦態勢だ」
「山頂あたりから強大な気配を感じます。昨日と同じものです」
ヒメトラの言葉に、俺たちは山の頂上を見つめる。俺たちは、火山島の広がった裾野の端っこ、波打ち際の溶岩の岩場の上に居る。夜の中、山の頂上付近では赤い光が灯っており、また、そこから下へと降りていく、血管のような赤い光の流れが見えている。
「鳴き声の主はとりあえず“飛竜”で間違いなさそうだな」
キララさんは山頂を鋭く見つめながらそう呟く。
「ちなみに見に行ってどうすんの?」
「目的は“竜種への対策”だが、やることは原則“観測による情報収集”だ。奴らの生態は多様で未知が多い。対策のために出来るだけの情報が必要だ」
「つまり、俺らは“竜の夜泣き”に呼び出されたってことね」
はん、とキララさんから擦れた笑いが起こる。
「癇癪ついでに噴火でも起こさなきゃいいがな」
夜の海に浮かぶ三角の輪郭。龍脈かそれともマグマの光か、夜の中に、赤い光が真っ暗な火山島を彩っている。さきほどの鳴き声を一度聞いて、それ以降何かは起こっていない、今も。
「山頂へ向かう。場合によっては戦闘になる。討伐は優先でなく、情報を持ち帰ることが第一だ」
キララさんは俺たちを見回す。ツバキ、ワカバさん、俺が彼女の前に並び、オチバとヒメトラはもうバッグの中に入っている。
俺たちは溶岩の斜面を登りだす、傾斜の緩い所を選び、時に斜めに進みながら坂を登っていく。暗闇の中、夜中の登山だ。足元は崩れやすい岩粒の地面で出来ている。万全でない体調の中、足元に気を付けながら、俺たちはどうにか高度を上げていく。四人の走る音が続く。
この火山島は今までで一番大きく、また傾斜の角度も一番急だ。急いでも、なかなか高度が上がらない。振り返れば、俺たちが登ってきた分だけ、下に海面が見えている。
「坂上から敵の接近です!」
背後に連れる浮かぶバックパックから鋭い声が走る。見上げれば、上方から何かが転がってくる。
「落石だ! 気を付けろ!」
キララさんが鋭く叫ぶが、あれはおそらく、
「中身はモンスターだ! 避けても狙ってくるぞ!」
「じゃあ壊せばいいな!」
「ツバキ! 足場の補強!」
足元に氷が広がり、石ばかりの不安定な地面を固定する。俺は武器を構えて、キララさんは素手を掲げて坂の上に出る。
一つの丸い岩石、俺の肩くらいまで高さがある岩が、上方で跳ね、俺の方へと飛んでくる。残りの二匹は前方のキララさんの元へ。
俺の体が後ろに持っていかれれば、俺は今まで登った分の坂を転がり落ちることになる。狙いは俺で、避けてもいいが、戻ってくるのが嫌だし出来れば痛手を与えておきたい。倒す必要はない、いなせばいいだけ。
前方から巨大な岩石が迫る、重心の軌道は俺の腰あたりにあり、また巨大な質量の突進だ、あっちが玉で俺はピン、まともに打ち合えば俺が簡単に吹っ飛ぶ。
俺は二本のL字型の双剣を下に構え、下からカギの部分を岩の下半分に引っ掛け、体を捻ってそのまま上へと持ち上げる。
俺は大きな質量に振り回され、勢い余って地面に回りながら激突する。岩との直撃は避けられた。俺が持ち上げた岩の大玉は、斜面から大きく引き離されて宙を飛び、そのまま坂の下へと消えていく。
あの重さだ、坂を転がれるとはいえ、これだけの高い位置から地面に落ちたら相当なダメージが入るだろう。
また、俺より上方で二回、激しい衝突音がして、岩の破片がパラパラと降ってくる。俺は凍った地面から起き上がり、そちらを見れば、丸まりを解除した、伸びた二匹の獣の腹が見えている。
キララさんが振り返り、拳についた岩をパラパラと払う。
「脅威はすべて無力化したみてーだな」
「こいつらは置いて上へと急ごう」




