第百二十一話、鉱物採集
「私だって一応戦えはするんだぞ。心配してくれるのは嬉しいが、あんまり過保護に思うことはない。ほら、戦闘用のハンマーもある」
と、先頭を歩く彼女は背中の槌を見せてくる。腕の太さくらいの槌が付いたハンマーだ。岩を壊せはしても、人間大のモンスターを倒せる大きさじゃない。まぁ能力は知らんが。
「じゃあ一人で来れば?」
「すまない。君が私を守ってくれ」
海の上に浮かぶ溶岩島。俺たちの歩く足元は、溶けて歪んで固まって、あるいはぼろぼろに朽ち始めた黒い岩場が広がっている。
今回の旅の目的は、俺の深度“9”での実績作りもそうだが、オチバが欲するという、ここ“宝珠金鉱山脈群島”での、豊富な鉱物資源にある。俺たちは鉱物の匂いなど分からないので、とりあえず道案内は、ツナギの少女ことオチバに任せている。
先を歩く彼女を観察する。オチバもそう長くない黒髪だ。バットは小顔に合わせた丸い髪形だったが、オチバは若干癖っ毛があって、髪はふわふわで、ところどころ跳ねている。触ったら柔らかそうだった。
オチバは仕事以外に興味がなさそうでいて、髪は綺麗だし艶もある。ツナギも汚れはあるが、特段匂いがひどいとか、そんなことはない。人の前に出ることには慣れているのだろう。いつもツナギを着ているが、可愛らしいピンク色。
「―ここで採れる黄金の石がまたいいんだ。そうだ、君の剣も、そろそろぼろぼろだっただろう? 石が採れたら、“金継”をして補修してあげよう」
オチバは俺の前を歩いてずっと喋り倒していたが、振り向いて聞いてくる。
「……金継? 俺の剣は銀化がされてあるから、ボロボロも何も無いんじゃないのか?」
銀化。銀化石という銀色の石を用いて、物体を強化する技術。銀化の施された物は、欠けず、錆びず、綻びず、その形を維持し続ける。
「絶対に壊れないものなど存在しないよ、キョウゲツ。物は摩耗していずれ壊れる。君の銀化したその直剣も、使い続けていればいずれ無理が来る。でも補修すればまた長く使える。“金継”はそういう技術だ。普通はまぁ、こんな頻度では必要ないのだがな。君は特にそれを酷使している」
「ふーん」
オチバの語る話を適当に流しながら、俺たちは彼女の後ろを付いて、黒い岩場を歩いていく。視界の半分で、波打ちきらめく海がある。
異界の中では、時折“採掘スポット”なる不思議な存在を見かけることが出来る。
それは、鉱産資源の豊富な異界でよく見られる“岩”だ。通常、その土地に紛れるような地質の岩で出来ているが、それは触れればぼろぼろと崩れ落ちるほど構造が脆弱であり、また、その“岩”の中には、その土地で採れるはずの希少な鉱物や有用な金属の鉱石が集まっている。
「見たまえ! さっそく“採掘スポット”があったぞ!」
「おーけー、俺たちは周りを見とくから、採掘はそっちでやって貰えるか?」
「もちろんだ! この場で私が出来ることなんて限られているからな!」
海の上に突き出た黒い溶岩島。ここは群島であり、一番手前の島はまだ小さく、一日二日もあれば十分に見て回れるだろう、程度の大きさ。俺たちは山の中腹辺りの斜面を歩いており、坂を下っていけばそこには、きらきらと砕ける波の海がある。
ツナギの少女は背中のハンマーを手に取り、溶岩の岩場に生えた黒い岩を崩し出す。一見すれば蟻塚のような構造物だ、彼女の持つハンマーで容易に岩はボロボロと砕け、下に細かな破片を落とす。
懐かしいな。昔、成長武器の素材を手に入れるためにどっかの山に行ったことがある。そこにはたくさんの鉄鉱石が落ちていて、俺はそれらを喜んで集めたのだ。楽しそうに岩を崩しているオチバを見て、俺は在りし日の自分を思う。
と、岩からぽろと落ちる、緑色の玉が見えた。
「なんか落ちたぞ」
俺は立ち寄り、手を止めた少女の隣で、下の土くずの中から緑色のそれを拾う。
「わぁ! これこれ! 私はこれを目当てに来たんだ!」
俺の手の中には、透き通った緑色の玉があった。
魔石は通常軽く、硬質で、温度がない。どちらかと言うと水晶とかよりはプラスチックに似た感触がある。しかし、手の中のこれは重く、そして冷たい。これは鉱物が変化して出来た、いわゆる魔鉱というやつだろうか?
「珍しいものなのか?」
「そうだよ! これは“宝珠”っていうんだ!」
“宝珠”。そう言えば、この地の地名にも入っていたな。
「それは、“魔鉱”とは違うのか?」
「違うね! 魔鉱は普通の物質が魔力に晒されて出来るものだけど、これは最初からこういう形で形成されるんだ。魔力の豊富な土地で、結晶体として見つかるものでね」
オチバは、俺の手からその緑の玉を慎重に摘み上げる。出自に目を瞑れば、大きめの飴玉のようにも見える。
「宝石とかの観賞用? それとも、魔道具とかの素材として優秀な奴か?」
「優秀な“素材”だね。この結晶体はね、一見硬そうに見えるけど、性質的にはガラスとか、飴に近いものなんだ。でも、そう。金属みたいに、引っ張って伸ばしたり、叩いたら伸びたり出来る性質もある」
「貴金属みたいなものか」
朝日は上ったばかりだ、俺たちを囲む広い海面は静かに細やかな幾重もの波を作り、光が反射してキラキラと光っている。海風に乗って潮の匂いが運ばれてくる。
彼女はほうっと、蕩けたようにその手の上の緑色の玉を見ていたが、やがてぎゅっと握る。
「これは、いったん僕の方で……んんっ。私の方で、預かっていてもいいかい?」
「いいぞ。そもそも俺たちはモンスターの方に用があって来たからな。お前を連れて来たのも、鉱産資源の方もついでだ」
「くれるってこと? 全部?」
「全部……まぁいいか。俺たちが素材だけ持ってても仕方ないしな。気に入ったものは全部お前が持ってっていいよ」
そもそも俺たちも、これまでに色々とオチバに都合を付けて貰っている。今回は、俺らがオチバに恩を返す時だろう。
「ちょっとちょっとー、そんなに私に都合がいいと、私は君に執着しちゃうぞ?」
お宝の山に囲まれているからか、オチバはいつになくテンションが高い。作業14日目とかの日はめっちゃ枯れてるのに。ツナギの少女は俺を見て、悪戯っぽく笑みを浮かべて肘で突いてくる。
「そうか。お前が俺に執着しようと、別に俺が大きく行動を変えることはないしいいよ」
「えー? ほらほら、何が欲しいんだー? 言ってみろ、剣か、ナイフか? 魔法の掛かった斧か? そんなに優しくしても、私からは何も出ないよー」
何か出てきそうな気配だろ。
と、その岩の裏に回り、銀色の少女が同じように黒い岩をつつき出す。裏でも黒い土が崩れ、ツバキが、落ちた中から何かを拾ってくる。
「この、あめ玉みたいなのを集めればいいんですか?」
「そう! あればあるほどいいね!」
岩を少しずつぼろぼろと崩し、中から収穫を見つけて集めていく。波の見える山の中腹で、俺たちは石を拾う。脇に置いた荷物の上で、またがったネコが大きく口を開けてあくびをした。
一度、海面近くの岩場へと降りてきた。オチバは、底に網の付いた箱に集めて来た綺麗な石ころを入れ、海水にまとめて浸して洗っている。
「深度“9”ともなれば、そこら辺の土でも、若干の龍脈を帯びていることがあるからな。付着物は出来るだけ落としておきたい」
「洗うのはいいけど、海に落ちんなよ」
「君に任せた」
「何をだよ」
海から突き出した黒い岩場、海面がすぐそこにあり、彼女は浅く海に浸っている所に近づいて、屈み込んで箱で石を洗っている。洗い終わったものは、地面の上の乾いた紙に並べていく。
ヒメトラは相変わらず荷物の上で寝ている。この、手前の一番目の小島には、どうやらモンスターは居ないようだった。俺たちは若干気を緩めて、オチバのする作業を眺めている。ツバキは、紙の上に並んだ石の類を、そばに寄って眺めている。そういう所はあまり見かけないが、ツバキも宝石とか、キラキラしたものが好きだったりするのだろうか。
海には少し波があり、岩場の海面が上がったり沈んだりして、砕けた白い波が浅い岩場を登ってくる。海水はすぐに透明になり隙間から零れて引いていく。
と、遠くの海面から、少し盛り上がった波が来る。石を並べている紙は高い場所にあるが、オチバは海面すぐ近くのところで石を洗っている。
「オチバー、高い波が来るぞー」
「んー?」
「だから、高い波が来るから気を付けろーって」
ツナギの少女は構わず石を洗っており、下を向いていて気に留める様子がない。波はもうそこに来て、浅い岩場を乗り上げ、壁になっている所で高く吹き上がる。
波はそのままオチバに被さった。彼女は、しかし気にする様子がなく、浅い水場で石を洗っている。遅れて浅瀬に波が来て、その時だけ箱を上げて波から石を守る。
「濡れたー」
「濡れたじゃないが」
「べたべたするー」
彼女は立ち上がり、箱を持ってこっちの高い岩場へと登ってくる。屈んで、箱の中から、一つ一つ石を紙の上に並べている。
箱から出し終わり、ようやく彼女は自分の体を気にする素振りを見せる。自身の髪を触り、また、海水に濡れた服を見下ろした。
「困ったな。私の体が濡れているぞ」
「だから波が来るっつっただろ」
集中したら周りが見えなくなる奴だ。“任せた”って、じゃあ俺が無理やり引き上げた方が良かったのか?
「まぁ適当に脱いで乾かせばすぐに戻るだろ」
「ぬ……脱ぐ……君の……目の前でか?」
何を考えているか知らんが、オチバは恐る恐る俺に聞いてくる。
「俺に何を見せる必要もないが、目の届かない所に行かれると守れんぞ」
そうか。ツバキがポイポイ脱いでいるせいで若干感覚が麻痺しているが、外で服を脱ぐのはのは普通恥ずかしいよな。冒険者は気にしない奴らも多いが、この子は職人の出である。
俺たちは荷物を持って、一旦今朝の拠点へと戻ってきた。俺は入り口を守り、彼女は小さな洞窟の中で体を漱ぎ、服を乾かした。
「も、もういいぞ」
流水が流れ、温風の音が響き、ごそごそと音がして、ようやく俺は振り向くことを許可される。
振り向けば、ピンクのツナギを来た少女がそこに立っている。服の乱れはない、髪も乾いている。しかし視線が泳いでいて若干挙動が不審だ。心なしか顔も赤いか。俺は何もしてないよな?
「どうした?」
「……いや、何でもない……」
目が合うと、彼女は目を逸らしてさっさと荷物の方に寄っていく。




