休み時間、掘り出し物?
モモモに誘われて、また地下の商店通りへと足を運んでいた。ここの店は商品の入れ替わりが激しく、また商品の仕入れ先も未確定で、見るたびに知らない、面白いものを見つけることが出来ている。定期的に訪れて品を見て回っていた。
「ねぇでっかい剣あるよ」
「え、剣?」
モモモに呼ばれてそっちに行くと、そこには、個人が地面にシートを広げ、どこからか拾ってきたようなぼろっちいガラクタばかりを並べていた。その一番前に、横向きに一振りの剣が置かれている。
「形は、綺麗だね」
ほとんど装飾のない機能的な剣、まっすぐな直剣だ。心なしか刃は薄いか、剣身は普通の金属でできており、それは柄や握り手までひと繋がりで出来ているように見える。
もともとは立派な剣だったのだろうが、しかし、それは今は全身が赤い錆に覆われている。海中の錨みたいな。
「おやおや、お客さんかい? お目が高いねぇ、それはとある騎士団で採用されている特別な剣さ。軽くて扱いやすい」
と、見ていれば店主のおばあさんが声を掛けてくる。
「まだ使えるんですか? これ」
「盗品ですか?」
「ひひ、失礼だね。拾ったのさ。まさかこんなボロボロなものまで返せとは言われんだろう」
拾ったもの勝手に売っていいのか? まぁ、言われた通り、その剣は錆つきがひどいし、拾ったものを届けたとしてか?
「特殊な素材、とかじゃないんですか?」
「ただの鉄の剣さ。職人は特殊だけどな」
値札を見ると三万。買えない額じゃないな……貯金を全部貫通して、生活費をちょっぴり削れば。ぼろぼろの、しかし形は綺麗な鉄の剣。ちょっと欲しいな……。
「もうちょっと安くなりませんか?」
「え? キョウゲツ、これ買う気?」
「へぇ? にーちゃん今いくら持ってる」
俺は財布の中身を確認する。
「五百ライト」
「帰りな」
「二万ライトなら持ってますよ」
「二万九千」
「今日の食費を足せば二万三千あります」
「二万七千」
「徒歩で帰れば二万五千になりますね」
「二万六千」
「モモモ千ライト貸して」
「まじで二万五千までしか持ってねーのかよ……」
俺は彼女の財布から千ライト借り、錆びた剣を購入した。
「おー」
お金を払いそれを拾うと、思ったより軽い。手持ちの布でくるくると包んでそれを保護する。
「なんに使うの、それ」
「成長武器の武器種を決定する武器型って、普通の武器でも代用できるらしいんだよ。いろいろ試してみようと思ってさ」
「そのボロ剣で?」
「まぁ……磨けば?」
「磨くのにまたお金掛かるじゃん」
そうだな……そっか。普通の武器は使うのに”手入れ”が必要なんだ。最初に成長武器を握ってそれをずっと使ってたから気が付かなかった。
「先生、武器のお手入れをしてくれるスライムとか居ないんですか?」
教室に入ると、ちょうど先生が居た。窓際に立って小さな植木鉢を持っている。
「おや、モモさんにキョウゲツさん。どうかなされましたか?」
「武器の……先生が、今その手に持ってるのなんですか?」
「これですか? これは“炎樹”です。一言で説明するのはなかなか難しいのですが、一言で説明すると燃える樹ですね」
植木鉢には、盆栽みたいな小さいサイズの、葉を付けていない裸の茶色い樹が植わっている。しかし見ればその樹は、緑の葉っぱの代わりに、枝に炎を纏っている。薄暗い教室の中で、ぼんやりと火を灯し明るく植わった炎の樹。その温かい光を見ていると、なんだか心が落ち着いてくる。
「綺麗ですね」
「ここは近くに雑木林が近いじゃないですか。虫とか入ってくると嫌なので、この子に焼き殺してもらおうかと」
「すごい殺伐とした理由で置かれるんですね」
殺虫樹。まぁ綺麗でいいけど。
「ほんとは校庭に大きなのを植えたかったんですけどね。さすがに危ないので小さいのにしました」
「その小さいのは、危なくないんですか?」
「触れてはだめですよ。魔法炎とは言え、触れれば火傷します」
危ないね。
“魔法炎”。通常、魔法で生み出される”炎”は、魔力によって“再現”されたものであり、本当の炎とはいくつか異なる点がある。魔法の”炎”は魔力の供給が途切れれば消える。まぁこれは普通の炎と同じだが、たとえば魔法の”水”とかも、魔力の供給が止まればその場に残らず段々と空気に溶けて消えていく。魔力で作れば無に還る。
「それでキョウゲツさん、私に用があるのですか?」
「あぁそうでした。市でボロボロの剣を買って来たんですけど、どうやって手入れしたらいいですかね? 街の鍛冶屋とかに持ってったらいいですか?」
「武器を新品まで戻したいんですか? 私でも可能ですよ……欠けた部分は生えてこないので、傷とか付いていたらそのままですが」
「本当ですか!? 頼んでいいですか!?」
俺は布にくるんでいた剣を、その辺の机をかき寄せて上に置いた。先生がそこに手をかざすと、ぼうっと淡い、緑色の光が放たれ、それは机の上の剣の体に吸い込まれていく。
するとどうだろう……見る見るうちに錆が乾き、汚れが剥がれ落ち、剣はぴかぴか新品の状態に! つま先から頭まで、全身が銀色のピカピカの剣! 新品になると、その細やかでシンプルな装飾の直剣がさらに良く見える。
「終わりました」
「ありがとうございます!」
「五百ライトです」
「分かりました! モモモ財布!」
「また私かよ……」
「冗談です無償でいいですよ」
と、教室前方左手の扉が開いた、見ればそこからミナモさんが顔を出している。
「せんせー、肥料持ってきたよー」
「あぁ、ありがとうございます。そこに置いておいてください」
「……みんな、なにしてんのー?」
と、ミナモさんが、集めた机に置かれた剣がある、俺たちの元まで歩いてくる。彼女の手には麻袋があり、そこには透明で小さな石、おそらく魔石の類が中に詰められている。普通の木は魔石を食べないし、それはその炎樹とやらの肥料だろう、おそらく。
「……え!? あ!? これ礼剣!」
と、ミナモさんが急に大声を出した。びっくりした。
「え、なに? 礼剣?」
「ありがとう!」
「え? いや別に、お前にあげる奴じゃ……」
彼女は石の詰まった茶色い袋を脇に置き、上体をその剣の上に覆いかぶさって、こっちを見て再び言った。
「ありがとう!」
こいつ……どうやっても自分のに……。はぁ、まぁいいか。どうせ試したかっただけの一振りだ、今の彼女の熱意には負ける。
「俺のだけど……高かったから、お金は出せよ」
「いくらでもいいよ!」
そんなに欲しいのかこいつ……。
「え? は? おい、私の金は?」
と、モモモが俺に噛みついてくる。
「いやごめん、今から取ってくるか?」
「いやそうじゃなくて、私はこいつに渡すためにお金を出してあげた訳じゃ……」
「いやその……ごめん」
「……もういい。もう帰っていい? 私」
と、モモモは微妙に不貞腐れたようにそう言った。
「え? いや、ここまで付き合ってもらったからご飯か何かおごるよ」
「それ出るの私の財布からじゃないのか」




