第百六話、小さな休息
道中現れたいくつかの魔物を倒して、俺たちは道の脇から続く小道の先に、小さな袋小路の部屋を見つけた。
俺たちはここを拠点にすることを決め、バックパックを置いて中から物を出し、拠点を整備していく。
「あなたたちは何をしているの?」
俺が荷物の中から取り出した椅子をそこに置くと、彼女は素直にその上に座る。
「普通の人間は一日に一回寝るし、何回か食事を取るからね。ここに、安心して休息できる空間を作ってるんだ」
俺の言葉に、椅子に座った彼女は澄ました顔で俺の顔を見上げている。
「そうではなくて」
暗い地下洞窟。通路はまっすぐなものばかりではもちろんなく、曲がったり、上がったり下がったり、細い道から広い空間に出たりと、この地下の構造は複雑に広がっている。一応、構造はメモを取っているし頭の中にもあるが、一週間後に手帳も記憶も無くしていたら迷わず出ていける自信はない。
光源のない、青く暗い色の岩の洞窟の中ではあるものの、洞窟内はぼんやりと発光していて、薄暗くはあるが明かりがなくても見えないほどではない。まぁ作業をする時はさすがに暗い、今はこの小部屋は、地面に置かれた橙色の明るいペンライトによって照らされている。
明かりを消したなら、洞窟内をほんわり流れている、黄緑色の光の流れが見えるだろう。
「あなたたちは、ここに何しに来たの?」
「ここに? 冒険者……としての、腕試し、かな?」
「うでだめし?」
「そう。ここは、人界の中では最も高い危険度に区分される区域だからね。これ以上となると、もう人界の外、深層域になってくる」
「腕を試して、それから?」
バットちゃんは続けて聞いてくる。
「それからって?」
「今の自分の実力を知って、それからどうするの?」
「何はなくとも、今の自分を知るのは大事なことだよ」
バックの中から、にゅるんと大きめの机が出てきて、ヒメトラ(人間形態)とツバキがそこに置いている。やがてテーブルの上に茶器が用意されて、温かい湯気とともに良い香りが流れてくる。
「私の分は、あるのかしら」
「急に仲間はずれにはしませんよー」
ヒメトラが魔道具を使って透明な容器で湯を沸かしている。机の上に、並ぶコップは四人分。これらは別に旅の必需品ではないのだが、各々の要望に合わせて、バックパックの中には色々な娯楽具が入れられている。
ヒメトラが取り出した、薄い金属質な袋がぱりぱりと破かれ、中からクッキーが出てくる。彼女はそれを大きなお皿の上にひっくり返して全部出した。
「私、お箸使えるわ。お箸はあるの?」
「ありますよー。手が汚れなくて便利ですよねー」
テーブルの周りに椅子が三つ並べられ、バットちゃんはそれを見て、自分の座る椅子を持ち上げてテーブルの方へと寄せてくる。おしぼりが回され、順に手を綺麗にしていく。彼女の前にはお箸が置かれて、俺たちの前には、紙で折ったくちばしのようなものが置かれる。
沸いた透明な容器から、お茶の葉が入った四つのコップへ、それぞれ熱湯が注がれていく。こぽこぽと、静かな空間にお湯の注ぐ音が響いている。
あらかたの準備が終わり、それぞれの席にコップが並べられ、ヒメトラは自分の椅子へと座った。
「それではどうぞ。皆さんいただいてください」
俺は紙のくちばしを手に取り、人差し指と親指を入れ、それでお皿のクッキーを手に取る。
「そんなのもあるのね」
と、バットちゃんは俺たちが取るのを見ながら、お箸を持ってクッキーを取り、口元へと運んでいる。
俺達は青い岩に囲まれた洞窟の小部屋の中で、静かにクッキーとお茶を楽しんだ。
壁から下の地面へ続いていく坂を下りていくと、そこには黄緑色に発光する結晶たちの、畑のような空間が広がっていた。巨大な一つの空洞の中に、地面にいくつもの大結晶が生えては並んでいる。バットちゃんは特に断りもなくどっか行った。
「いっぱいありますねー。ここのは質も高いでしょうし、持って帰ったらお金になるでしょうか」
俺たちは地面に降りてくる。まるで結晶の草むらの中に入って来たような感覚だった。周囲は背の高い、黄緑色の淡く発光する結晶に囲まれている。
「地面に生えてるのは言うほど質も高くないし、安定してなくて運搬中に溶けたりがある。燃料用のを補充するくらいならいいけど、お金目当てなら素直に魔物を狩った方が効率がいいな」
「ごしゅじんさま、ここの結晶はあんまり硬くなくて、素手で壊せそうですよ! いっぱい壊して遊びましょう!」
ヒメトラは、浮かぶパックパックの背中にまたがってそう言ってくる。
「やめようねー。ここにも、住んでる人たち居るかもしれないからねー」
「ごしゅじんさまはその住んでる人狩るくせに」
「まぁ……俺は降りかかる火の粉を振り払ってるだけだょ」
ぼんやりと光る、黄緑色の結晶の群れの中を進んでいく。




