第九十五話、譲渡
コンコン、と扉が叩かれ、開くと、銀髪の少女の頭がある。少女は俺の隣をすり抜け、部屋の中に入っていく。足元をぺたぺたとネコが続く。
少女は勝手にベッドに上がり、大きな冊子を開いてそこで読みだした。ネコもベッドに上がり、ベッドの中央に陣取って丸くなる。
俺は扉を元に戻して、部屋に備え付けの机の椅子に座る。少女はベッドの上でぺらぺらと冊子をめくり、向こうからは特に何も言ってこない。
「どうだ? 勇者協会の強い人たちを見て。なんか勉強になったか?」
ぺら、と、ページをめくる手が止まる。彼女の持っている冊子は、表紙の文字を読み取るに、おそらく競売所の商品が掲載されたカタログだろう。
「……気を遣うのが、疲れました」
「そうか」
俺は椅子を離れ、ベッドの縁の方に座りなおす。
「ここ数日、ちゃんと大人しく出来てたな。偉いぞ」
少女はベッドの壁際に座って、枕をクッションに背中を預けている。少女は目を細め、黙って俺を見つめていたが、やがて、無言で頭をこちら側に傾けてくる。なんだろう、“撫でろ”という意味だろうか。俺は手を伸ばして、銀髪の少女の頭を柔らかく撫でる。少しして、満足したのか、彼女は頭を元の位置に戻した。
「強くなるのに……」
「うん?」
「強くなるのに、特別な力は必要でしょうか。私は、ごく一般的な槍術と氷魔法しか使いません。それは目新しさもなく、特別秀でている訳でもなく。……もちろん、叔父さんから貰ったあの導器は優秀ですが。優秀、というだけで、それだけで強いわけじゃない」
最近知り合った勇者の先輩、ホオズキ先輩はその特殊な武器を競売所で手に入れたと言っていた。それを見習って、ツバキはさっそく競売所でいい感じの武器を探しているところ、なのだろうか。
「まぁ……確かに。最終的には、より高みを目指すなら、必要になってくるんじゃないか。武器の扱いや魔法の扱いだけで目指せる高みもある。でも上の人たちは、そっちも極めた上で、さらに強力な武器や力を持ってる。“七星の神器”が良い例だ。まぁ、いわゆる“地力”を上げきってから、そういう特別な力を手に入れることを考えても、いいかもしれないが」
「先生も……」
彼女は眼を薄めて、冊子で顔の下を隠して、俺をしらーっと眺めている。
「先生も、“特別な力”持ってますよね」
「……」
「私には真似できない、どころか、文献を漁っても、先生の扱う“力”の正体が分かりません」
「……本に記されてるだけが、世界じゃないからね。ほら、“結晶”だって、最近の属性だから、本には載ってなかったでしょ? 魔力ってのは、個人的な力で、だから―」
「先生は、自分の使ってる力の正体が分かってるんですよね?」
じとっと、少女の粘ついた視線が俺を逃がさない。
「無理に聞き出そうとは思いませんよ。でも、先生のそれは、特別な力。そうでしょう? ……私も欲しいです、そういうのが。強敵にも、誰にも、何にでも通じる、一つ上の“強い力”が」
魔法では倒せない相手がいる。ただの武器だけではどうにもならない相手がある。そういう奴らにも、平等に通用する、信頼できる力は存在する。
“神性”がその一つだ。しかし、それは容易く人間に影響を及ぼしうるが故に、ある程度、力の行使に対する自覚や責任というものが必要である。
また“スキル”、スキル石を使って発動するものではなく、自前で習得したタイプの“スキル”もその一つ。磨かれ、極まった技術は神にも届く力となる。
残りの三つは……この世界の産物ではないので、こっちでは滅多にお目に掛かることがない。
「あー……“スキル”を、習得したり、してみるか?」
「そういうのじゃなくて。手っ取り早い、外付けの強力な力です」
手っ取り早い強力な力がそうそう簡単手に入ったらこの世界は終わるんだよ。
「……“火星”の大会で一番になれば、“火星の神器”が手に入るよ」
「……」
じとーと、少女はひたすらに俺の顔を見上げている。
と、白いシーツの上で丸まっていたネコが、もんどりうって起き上がる。ベッドの上をてちてちと歩き、俺の膝の近くに落ち着いた。
「あのナイフ、余らせてますよね。ツバキにあげたらどうですか? ごしゅじんさまの奴ですよね?」
あのナイフ。ヒメトラも、あるいはツバキにも、見せたことがあっただろうか。“凍結”の神性の力の結晶体で作った、青いナイフ。
「使ってないなら、あげちゃったらどうですか?」
「そう単純なものじゃない。問題がいくつかある」
俺は手の平に、青いナイフ、だったものを呼び出した。まだこの結晶体の権限は俺に残っている。
「まず一つ、このナイフは力の塊で、使えば使うほど擦り減っていく。そして見ての通り、かなり小さくなっている」
俺の手の上には、青く透明な、ギターピックほどの薄い刃が乗っている。
「二つ目。この力は“分体”……“本体”の力を一部分けたもので、この力の持ち主の本体が別に居る。この力を使うなら、その本体に対する対抗策を持っておかなきゃいけない。俺にはそれがあって、ツバキにはない」
このナイフは、調べれば“凍結”の力の一部であり、本体そのものではなかった。どこに居るか、あるいは今世界に居るのかは知らないが、得体の知れないそいつが、ある日突然、このナイフを使っているツバキの元に訪れないとは限らない。
「先生が見ている所で使えばいいんじゃないですか?」
「……」
「二つ目はこれで解決ですね」
問題の三つ目。これが強力な力ということ。これは人間さえ簡単に凍らせることが出来、また、魔法よりも上位の力なので一般的に対抗策がない。悪用を思えば、いくらでも悪用することが出来る。
まぁ……これも、俺が見ている所で使え、という条件を課せば、一応クリアは出来るか。
問題の四つ目。“神性”を用いれば、同じ“神性”に属する者たちのごたごたに巻き込まれる可能性がある。とは言え、よほど変な使い方をしていない限り、ただ使っているだけで絡まれることは少ないか? 世の中には、何も知らずに使っている人間も居るだろう。
「それに、その本体さんが、力を使ってるだけで向こうから来てくれるなら、力の補充が出来ていいじゃないですか」
「……そう単純に済む話なら、いいんだけどな」
加護や恩寵は、その代表神格に認められることで初めて……いやでもまぁ、ツバキは普段から氷魔法使ってるし、その傾向は……、
「そんなちっさい力の欠片であれこれ考えすぎですよ、ご主人様は」
と、ネコは隣で言ってくる。何も知らないくせにこいつ……。
まぁでも確かに。ツバキにも自衛の手段があった方がいい、俺だけでなく。ツバキが今そういった強力な力を持たないのは事実で、そんなものは容易に手に入らないのもまた事実。
小さな力の切れ端だ。力の内容も“凍結”であり、非破壊で、かつ現象の前後に双方向性があり、多少間違えた使い方をしても取り返しは付きやすい。あくまで比較してだが。
俺は手の平の中の、青い薄片を眺め下ろす。
「……力の練習は出来ない。使えるのは本番、必要な時だけだ。その時だけ、使い方を理解して、必要なように使う。出来るか?」
俺は、その手を、ツバキの方に差し出した。少女はじっと、俺の手を見下ろして、そして俺の顔を見上げる。
「話長すぎ。くれるんならさっさとよこして」
「話そうと思えばこの十倍は重要性を説明できるんだぞ」




