第八十九話、会えないあなたに考えたこと
「私はこの旅からボイコットさせていただきます!」
ようやく傷の修復を終え、俺は彼女たちを預けているギルドハウスへと戻ってきた。病室にモンスターを招くわけにもいかないので、彼女たちと会うのはしばらく振りだった。
彼女たちの居るはずの部屋を開けると、開口一番にツチがそう言ってくる。
「いや……うん」
目を離しすぎたか……。色々要求が重なったからとはいえ、彼女たちのことを疎かにしていたことは事実である。
「最近、一緒に居てあげられなくてごめんね。寂しかった?」
「ボ……ボイコットさせていただきます」
「わざわざ宣言しなくても、ツチの自由に動いていいんだよ。……でも、離れて何かやることでもあるの?」
「……ボイコットさせていただきます」
うん? 茶髪の少女は俯き、俺から目を逸らして、しかし何か言いたいことがあるような様子だ。
「何か、やりたいことがあるの?」
「……」
「いいんだよ、好きに動いて」
俺は屈んで少女の顔と目線を合わせ、彼女の小さな頭を撫でる。ふわふわの頭だ。彼女は俺から目を逸らしている。
「ぼ……ボイコットをして……」
「うん」
「……とある喫茶店で働いてみないかと、ご提案をいただきました」
彼女は、そうぽつりと漏らした。
きっと、彼女はそこに行ってみたいのだろう。でも、不安もある。今の生活への名残もある。だからここに土をかけて、容易に戻れなくしてからそちらに行きたいのだ。でも俺達には頼りたくなくて。自分の力でやってみたくて。でも、どうしてもダメだったら、やっぱり戻って来たくて。
だから、こういう言い方になったのだろうか。
「君を、俺より評価してくれる方が居たんだね」
「……そうです」
「俺の大事なツチを、取られちゃった」
「……もう、後悔しても遅いですよ」
「いいよ。行っておいで」
彼女は何も言わず、頭を撫でる俺の手から逃れて、ぱたぱたと廊下を去っていく。
ツチも旅立ちかぁ。隠れて様子を見に行った方がいいだろうか? それとも、ただ戻ってくるのを待っていた方がいいだろうか。
俺はしばし感傷に浸りながら、彼女たちの暮らす部屋の中へと入る。そこにはミドリが居て、今しがたの話を聞いていたようだった。
「わたしのことも、これからはここに置いていくといい」
と、ミドリからも声があった。
「……それは、どういう心境の変化で?」
「足手まといなんだろう、わたしが」
彼女は静かに言葉を語っている。
「否定はいい、しなくていい。わたしを守るために、あなたが傷つくのを見るのは忍びない。一方で、これから先生は、もっともっと危険な場所に向かっていくのだろう?」
直近で、雷狼の襲来、および焚書教の奇襲があった。どちらも、結果的には彼女たちを守れはした。けれど、どこかで転んでいたら。そうでない結末もあり得た。問題がなかったらよかった、ではないのだ。
「わたしは、君に運ばれながら、のんびり景色を見て回る旅も、まぁ悪くはなかった。だが、それはわたしが君のお荷物にならない限りでの話だ。わたしはそもそも植物であることだしな。その辺に植わって、風に吹かれているのが性に合っていることもある。わたしはここに居るから、わたしを置いて、君は自由に行くといい」
彼女は静かにそう言った。
「……寂しくはない?」
「ここは人通りも多い。通りすがりの子供が、わたしに話しかけてくることもある。ここはギルドの拠点で、先生の知り合いも訪れてくる。先生とも会える。暇な居候も居る」
どうするべきか。彼女がわがままを言えなくなったのなら、俺はその障害をどけてあげたい。だけど、彼女の言葉は真実で、俺の行く場所には危険がつきまとって、そのレベルはどんどん上がっていって、彼女が付いて行けなくなっていることも事実だ。
これは妥協案だ。人も訪れない森の奥の丘で、一人風に晒されていた時よりかは、良くなったのだろうか。
「……俺に、して欲しいことはない?」
「ここの滞在の許可と、引き続き庇護下に置いて欲しい、くらいだな」
モンスターには、とりわけ悪魔には、街の中にいる中での特別な許可が要る。彼女単体でそれは発行されない。この子がここに居る許可は俺から出され、そして責任もまた俺にあることになる。
「子供たちが話しかけてくるって? 問題起こすんじゃないぞお前」
「あはは」
「あははじゃないよ」
安全な街で暮らす間に、彼女はほかに何か見つけるかもしれない。あるいは人化の術に慣れて、ツチのように好きに歩き出すかもしれない。あるいは彼女の言うように、同じところに留まって、落ち着いて暮らすことを彼女は好きなのかもしれない。
何より、彼女がそうしたいと言っている以上、俺はそれを止めることは出来ない。
「わかった」
「あぁ」
「静かになるね」
「寂しくなるね、では無いんだな」
まぁ、ここに来ればいつでも会えるか。ただ、日常から居なくなるだけだ。……やっぱり、少し寂しいかな。
と、机の上、窓の日の当たるところで大胆に寝そべっていたネコが目を覚まし、区っと体を伸ばして悶えている。
「……ごしゅじんさま! 帰って来ていたんですか!」
「今ねー。ただいま、ヒメトラー」
「“ただいま”ではないですよ! いつまでヒメトラのこと放っておく気ですか! もう一生終わるかと思いましたよ!」
「一日千秋過ぎるだろ」
俺は駆けて来た茶色いネコを捕まえ、抱き上げた。わちゃわちゃと、俺の腕の中でネコが暴れている。




