第八十二話、喧騒
ちっ。今日は楽な仕事だと思ったのに。まぁ気はすり減ったんだが。
「ツバキ、安全な所に避難するよ。おっさんも行きますよー」
「ままま待ってくれ!」
「なんですか? おっさん。この街には防衛用の戦力が控えてるんで多分大丈夫ですよ。戦いはその人たちに任せて、俺たちは大人しく逃げましょう」
街の雰囲気は変わり、街行く人は急ぎ足にどこかへ、あるいは建物の中へと入っていく。
「ち、違う! その防衛戦力にだ! 私の、私の妹が居るんだ!」
「そうですか。大変ですね。でもまぁ、給料貰ってるのならそれがお役目ですよ」
「たた頼む、妹の、妹の様子を見に行ってくれないか!」
「嫌です。ツバキー、逃げるよー」
ぎゅっと、傍で銀髪の少女が俺の腕を掴んでくる。
「先生は、行かないのか?」
「行かないよ」
彼女は無言で俺を見上げている。これが楽しいイベントだと思っているのだろうか? 強ければ、力を発揮できる良い機会だと? 冗談。
「戦争なんて、いくつ命があっても足りないよ。死ぬのは末端から、あるいは運の悪い奴から死んでいく。強いか弱いかとかじゃないんだ。意図しない流れ弾で、集団の押し引きに取り残されて、ただそこに居たから、それだけで、運の悪い誰かから死んでいくんだ。付き合ってられない」
少女は無言で俺の腕から手を離した。
「た、頼む!! 君は出来る奴なんだろう!? 妹の、妹を守るだけでいいから!! 妹の様子を見に行くだけでいいから!!! 金なら、金ならいくらでも―」
金じゃ足りないが。
俺は周囲の音を聞く。おそらく今街に攻め込んで来ているのは魔王軍の集団。魔王軍と人類とは現在沈静状態にあるが、今の魔王軍の長を務める魔王は、平和を謳う魔王ではあるものの、形だけのお飾り感が強い。先の戦争に引っ張られて、未だ戦乱の世を望んでいる勢力が残っている。彼らは魔王の制御下になく、たびたび暴走を起こしている。今回もその一部だろう。
今から起きるのは合戦だ。街の壁の前に、街を守る勢力が並べられ、そこに魔王軍が突っ込んでくる。様子を見に行くだけ? 妹を守るだけ? それじゃ終わらんだろう。首を突っ込めば、俺はその合戦に巻き込まれる。
はぁ、と、一つ溜め息を吐く。ミナモさんが俺に頼んできた、たぶん大事な縁だろう。それをここで不意にしたくはない。
「見に行くだけですよ。俺は俺の命を優先します」
「……ほ、本当かっ!!?」
俺は彼から、妹だという姿絵を手にねじ込まれる。
「ツバキ。このおじさんを見てて。頼んだよ」
銀髪の少女は、黙って俺を見上げていたが、やがて、こくんと頷いた。俺は音のする方を向き、街の中を駆け出す。
街のそちら側には、武装した冒険者たちが集まっていた。彼らは街を守るための二次戦力である。冒険者は集団戦闘の訓練こそ受けていない、が、漏れ出て侵入して来ようとするモンスターから街を守る分には役に立つ。
俺は街を出て、同じように壁の外を守るための冒険者として、そこに並ぶ。壁の外のこちら側には、視界の開けた平野が広がっていた。手前に崖があり、一段下がって、足元には、街を守るための人類の防衛戦力が並んでいる。揃った鎧や剣に槍、後方には魔法部隊。おそらくは、勇者協会の勇者、街の衛士をまとめた一団だろう。
また、平野の向こうには、街を襲うために集まってきた、数多のモンスターたちの群れが見えている。両手ではもちろん数えきれない。塵のように無数に視界の向こうで蠢いている。
こういった防衛線の場合、長引けば他所の強力な勇者たちが招集に応じて集まってくる。今はこの街の、手元に居る戦力を集めただけの戦力だろうが、粘っていれば彼らが助けに来る。やることは防衛だ。まぁ、勝てるなら勝つだろうが。
「あんた、強さは?」
「“7”、“8”くらい」
「そうか……じゃあ直接投入は無理だな。君はここに居てくれ。……まぁ、都合よく英雄様は居合わせていないよな」
戦力確認の衛士だろうか、鈍い色の鎧をまとった兵士が、俺たちの合間を尋ねながら回っている。あるいは、別働の遊撃隊でも作るつもりだろうか。
やがて、開戦の宣言だろうか、平野の向こうで誰かの声が上がった。
平野の奥で、モンスターの波が動き出す。
俺は、渡された姿絵から、こちら側に、彼の妹だという女性は見つけていた。彼女は鎧をまとった騎士のようだった。黄金色の鎧を身にまとい、頭の鎧から、彼と同じ赤毛の髪が後ろに出ている。立ち位置は集団の中盤当たり。
正直こういった合戦についての知識が浅く、彼女が、戦局のどこでどう動くかは検討が付かない。勝手に入っていっても陣営を混乱させてしまうだろうし、よほど戦況が崩れて、「入れる戦力はみんな入ってくれ!」の段階で、さりげなく守りに行く、くらいか。俺の出来ることは。
こちら側からも進軍し、やがて両軍の衝突が始まった。こちらはまぁ寄せ集め、とはいえ、あちら側はもっと“寄せ集め”のようだった。人類軍の陣形は盤石で、押し寄せるモンスターたちをほとんど寄せ付けていない。一方であっちの陣形はぐちゃぐちゃで、「とりあえず殴るとこから殴れ!」を、みんなしてやっている。統率は“と”の字くらいしかない。
これは大丈夫そうだな、と、俺は少しだけ、気を緩めて眺めていた。剣を振るう怒号と魔法の光が平野に飛び交う。モンスターたちの命が散っていく。




