第六十七話、花火
小部屋から繋がる洞窟を抜けると、そこは黒い岩肌と橙の光が流れる火山の空洞。
ホォォォオオオオオ
俺たちの前、上空を巨大な赤黒いクジラが通り過ぎていく。
「今日はあいつにも挑戦していきますかー」
「昨日と状況変わってないだろ」
俺たちは広大な空間を歩き出す、今日は昨日と違い登る方へと。
火山の中の連鎖空洞は、横から見た、カッティングされたダイヤのようになっている。下に行くほど範囲は狭まっていき、真ん中あたりが一番横に広く、そこから少し上がると範囲が狭まり、平らに最上部が広がっている。
俺たちが今日探索するのは広い最上部だ。上に行くほど何となく熱いのは分かっているが、その上がどこら辺なのかはぼんやりとしか分からない。
「あつ……もう全裸でいいんじゃないですか?」
先を歩くツバキは、今日も水着に冒険者用の上着。上着は丈が長いのでお尻まで隠れているが、少し低いところから見上げると下から見えそうになる。
今日も彼女は熱に頭がやられた発言をしている。
「帰っていいぞ」
「先生も脱ぎましょう。二人で脱げば怖くない」
「恐怖しかないよ」
視界の端を流れるオレンジ色の強い光もその一端だろうか、なんだか昨日の暗い部分よりも暑く思える。
昨日とは違い、最上部にはすぐに到達する。最上部、と言ってもそれは一つながりの広い空間ではなく、いくつもの空洞が複雑に隣り合ったりくっ付いたりした、一番上に近い空間の連なりである。
フロア全体を見通そうとなると見通しはかなり悪い、一つ一つの空間に入って調べていかなければならない。
収穫がない。オレンジの光に照らされた黒い岩の空間を一つずつ見ていっているが、特に収穫がない。また、最上部ではモンスターがほとんど見当たらず、ツバキが退屈し始めている。
並でない空間の熱、延々と歩きまわる閉鎖空間、空のない場所、目的は定まらず、また目に見える成果も出ていない。
いつの間にか彼女は俺の後ろを付いてくるようになり、振り返れば、少女の顔はぼーっとしていて焦点も斜め下に定まったまま動かない。
「ツバキ」
「……なんですかー?」
「いったん休憩するぞ」
幽霊火山内部の空間には、冒険者が駆け込める用のセーフハウスがいくつか設置されている。まぁ狩り場の中にあるものなので大して上等なものじゃないが、壁に隠された穴を通り、その先に小部屋がある。小部屋の周辺には魔物除けが施されており、興味本位などでモンスターなどが紛れ込んでくることはない。
俺は最上部のセーフハウスを見つけ、入り口を通って奥の空間へと辿り着く。少女は大人しく後ろを付いて来ており、小部屋に付くと壁の近くに座り込んだ。
ふぅー……と、少女は長く、息を吐く。
「水は飲むか?」
「……いえ」
「お菓子でも食うか」
「……いえ。お腹は空いていないので」
少し彼女の体を検めるが、気温の暑さでやられているような症状は出ていない。異常な発汗もなければ水分が足りてない様子もなく、体温も、少し運動して上気しているくらいで。
やがて少女は膝立ちで立ち上がり、よろよろと膝を擦ってこちらに歩いてくる。少女は俺の隣まで来て、壁に背中を付けて再び座りなおす。
「暑いんじゃないのか?」
「熱いです」
「くっ付いたら余計暑いんじゃ」
「いいでしょ、別に」
距離感が分からず、俺は少し言葉に行き詰まる。
俺たちは並んで小部屋の壁を背に座り、ただぼーっと時間が過ぎるのを眺めている。日はなく、風もなく、風に揺れる木々も草もない。ここには時間の経過を伝えるものが不鮮明で、今休憩を初めて何分経ったのか、あるいは十何分経ったのかも分からなくなってくる。
「先生は……」
ぼそ、と、隣で銀髪の少女が呟く。
「なんだ?」
「先生は、目が見えなくても動けるんですか?」
昨日のフラッシュのか。
「そうだな」
「ずるいです」
「まぁな」
「あの閃光は、どうやって避ければ良かったんですか?」
「未知のモンスターが行ってくる攻撃への対処は、ぶっちゃけ経験から来るものが多いな」
少女は隣で素直に俺の話に耳を傾けている。
「行動には兆候みたいなものがあって、特定の行動の兆候は似てたりする。やけに突っ込んでくる奴は、強力な攻撃だったり、あるいは自爆を持ってたりがある。単純に体が光ってたから、あいつは強い光で爆発するんじゃないかと思って、俺は爆発の直前に咄嗟に目を逸らした」
「経験を積んで、勘で避けるんですか」
「そうだな。でもまぁ、“戦闘中に目を瞑る”って択が取れるのは、俺が目を瞑っても、ある程度周りを認識できるからだな」
逆に目がないと周りを認識できないなら、敵の攻撃に対して事前に目を瞑るというのは安全択じゃなくなる。
「耳が良いんですか? 音だけで、推測で周りの状況が見えて。それも経験ですか?」
ツバキは気になったことを聞いてくる。
「この場合は違うな。そもそも、ある程度推測が出来ると思っても、推測だけで敵の行動を追わない方がいい。出来るだけ戦闘中は敵から目を逸らさない。俺は“領域化”って言って、自分の魔力を空気中に撒くことで、周囲の状況を感知することが出来る」
「領域化、ですか?」
彼女は俺の言葉を繰り返す。
「そう。ツバキはまぁ、魔法を使うことが少ないから適正は低いかもしれないけど、やってることは導器にも近いかもね。導器だと、魔力が導器内を満たして、体が延長したみたいな感じになるでしょ? 指で触れるのと同じように、ロッドで触れたものを詳細に感じることが出来る。俺はそれを空気に感覚を延長して、空気に触れたものを感じてるんだ」
「知らない間に、私の体を」
隣を見れば、じとっと少女は俺の顔を見上げている。
「お前は領域化使わなくてもほいほい体晒してんだろ」
「見てたんですね」
「ほかに気になることはないのか?」
少女は膝の上に目を戻す。
「私は、その“領域化”は使えないんですか?」
「魔力は四大系によって性質が微妙に違うからな……俺の先生、俺に領域化を教えてくれたその人も、魔力が“干渉系”だったから、俺みたいに薄く広く伸ばすのは苦手みたいだったし。と言うか、感知に強いのが俺の魔力による領域化の特徴だね」
「領域化は、ほかの使い方もあるんですか?」
「そうだね。そもそも“領域化”は、自分の魔力をあらかじめ体外に出しておくことで、速攻で魔法を使えるよ、って技術だったはず。ただ、自分の魔力は外の龍脈と違ってある程度操作の自由が利くから、俺の感知みたいな、他の使い方が生まれたりね」
「つまり、体系的には魔法の技術なんですね」
「そうだね」
ツバキは天使の血、体内に“天理系”の魔力が多く通っている。人界に流れる龍脈や、人間界で使う魔法のほとんどが“大自然系”ということで、“天理系”の魔力の使い方はまだはっきりと分かっていない。 一方で、“天理系”の魔法を使いすぎることで人ならざる者たちになった人たちが居ることは分かっている。
“天理系”の魔法は触れがたいブラックボックスであり、ツバキもその魔法はあまり使わないようにと周りから言われている。
「まぁでも、“導器”は魔力の変換器なわけだし、そのロッドから漏れ出す“氷”の魔力なら、同じように“大自然系”の“領域化”の使い方が出来るんじゃないかな」
「“導器”で魔力を変換……漏れ出す魔力を操作……」
少女はぶつぶつと、俺の言った言葉を繰り返している。
「目を光に強くした方が早そうです」
「……まぁ、今回だけだとそうかな。でも目は敏感な器官だから無理はさせないようにね」
隣では、ぼーっと少女が地面を眺めている。
「少し休憩したけど、そろそろ歩ける?」




