第五十八話、空を舞う ーII
「とりあえず滑空能力はばっちりだな!」
俺は崖際で結晶柱を生やして慎重に上まで俺とそれを運んだ。魔法の“結晶”は簡単に生成できるものの、脆くて足場としての信頼性に欠ける。ジャンプしただけで割れる。崖の下から上までは長いので、俺は震えながら自分を運んだ。
崖よりも足元が高くなり、翼を頭上に持ち上げたまま、ぴょんと崖の岩場へ飛ぶ。二人はそこで待っていた。
「本当に飛べたな。すげー。面白い体験させてもらったよ」
「あはは! 完成した暁には、キョウゲツは特別価格で売ってあげてもいいぞ!」
「使う……今作ってるこれって、どこで使う想定で作ってんだ?」
俺が聞くと、オチバは元気よく答えてくれる。
「風に乗りさえすればどこでも飛べるぞ! 発射地点より高い位置にも行けるぞ!」
「それはそれで、風にさらわれたら無限に流されそうで怖いな……。そうじゃなくて、どの場所で、じゃなく、誰が、どういう用途で使うかとか」
俺が聞くと、ツナギの少女はすんと黙る。
「ほら、冒険者には“トリ”があるだろ」
人間の町中同士の決められた場所なら、転移陣を通して移動が可能だが、通常、人間の町から異界の狩り場の中に飛ぶ転移はない。じゃあ、冒険者が町から狩場に高速で移動したい時、どうするかと言うと鳥に乗る。
それは魔物による突然変異で体が巨大化した大きな鳥。色は白か黒、ちょっと胸の膨らんだカラスみたいな見た目をしている。この鳥が、異界に近い街の中には飼育されていることがあり、この鳥は人間二、三人を背中に乗せて大空を飛ぶことが出来る。また荷物の運搬も可能。この鳥がある所では、冒険者はお金を払って異界との行き来を頼むことがある。
「空を飛ぶって言ったって、風がなければ飛べないんだろ? 滑空には高所から低所へっていう条件が必要だ。翼はでかいし、帰りは飛べないなら抱えて帰らなきゃいけない。それとも、別にある動力ってのがあれば、自力でも結構飛べたりすんのか?」
俺がいろいろ聞いていると、オチバは笑顔を浮かべたまま固まっている。
「……次回までには考えておきます」
「……まぁまだ滑空のテストだからな。飛べることを確かめたかったんだよな。翼の素材を探して、この翼の形をデザインするまでにも相当掛かったんだろう?」
「現在は改善を検討中です」
「大丈夫だよーオチバー」
と、銀髪の少女はそこに置いた銀翼に興味があるようで、近づいてふんふんと眺めている。
「これは、私は乗れないのか?」
「乗れるぞ!」
ツバキの問いに、オチバが勢いよく答える。
「体重の下限の制限は大丈夫なのか? 軽すぎても飛べない、とかは」
俺が聞くと、オチバは答えてくれる。
「そっちは心配ないな。そもそも人が乗らなくても飛ぶようにしてある。乗る体重の幅も、重い剣一つ持っただけで飛べないようになったらダメだからな。まぁ今のデザインだとでかめの男はきついんだが」
「でかめの男はわざわざ空飛ばないから大丈夫だろう」
「偏見じゃないか?」
「そんなことより、私も乗っていいのか?」
と、銀髪の少女はぺたぺたと銀翼の取っ手の部分を触っている。
「ほら、てすとなんだろう? 試す人間は多い方がいい」
「そりゃ、試してくれるならありがたいけど……君は高所から落ちても死なないのか?」
「死ぬ」
いや俺も死ぬんだけど。
「落下のダメージを回避する手段とかは用意してないのか? パラシュート……落下の勢いを軽減する大きな傘、みたいなだったり」
俺が聞くと、再びオチバの脳が固まる。
「次回までに用意しておきます」
「俺にも用意して来て欲しかったねそれ」
と、ツバキはついに銀翼の取っ手をつかんで、上に持ち上げる。
「私の体なら、先生が守ってくれるから大丈夫だ」
「無茶言うなよ。空飛んで行くお前の体を追って、走って地上で受け止めろってか?」
少し顔を逸らして、再びツバキから答えが返ってくる。
「ほら、先生は砕ける結晶みたいなのがあっただろう。あれをクッションにすればいい」
「あれは重傷を軽傷に変える手段であって、言うほど助けられる訳じゃない」
「私はセンスがあるから大丈夫だ。落ちない」
「どこから出てくるんだその自信」
と、とたたとそれを掲げてツバキは崖の方へと走り出す。おいおい……。
俺は崖を飛び降り、岸壁からいくつか結晶を生やして勢いを殺しつつ下まで降りる。ツバキは頭上で、順調に空を滑り出したようだった。空に銀翼の影がある。結構速いな……俺はツバキの影を追って、地面を走っていく。
ツバキは早くもコツを掴んでいるようで、右に左に軌道が曲がる。くねくねと曲がり、あるいは螺旋を描いて、銀色の翼は空気を滑って降りてくる。
やがて、俺が見守る中、ふわと、少女の乗る銀翼は地面に降り立つ。
「先生! これ楽しいぞ!」
「よかったな」
「もう一回だ! 上まで運んで!」
「……はぁ。ちょっと待ってろ。ミドリの浮遊具を持ってくる」
銀髪の少女は腰に安全ベルトを巻いて、銀の翼に乗って何度も空へ。俺は下の砂漠に腰を下ろして、自由に空を舞う翼を見上げていた。ツバキは楽しいオモチャで遊び、オチバはたくさんデータを採れたようだ。
トリ
とてもでかい鳥。概形は丸めのカラスに似ている。人間を二‐三人乗せて飛ぶことが出来る。個体差はあるが、基本的に友好。そのでかい体を維持するために、飼料として大量の魔石を必要とする。また、短命であり、三年から五年ほどで寿命を迎える。突然変異で生まれた種であり、生まれた直後は手の平に乗るほど小さく、人間の手助けが無ければ大人になれず萎れて死ぬ。




