フィールド探索“真珠の森[深度1~2]” ーVI*
多少の疲労はあるが、まだ進む余裕はあった。俺たちは見知らぬ森の中を歩き続ける。
「ほかのチームは今頃大丈夫かな……」
「それは私たちが考えることじゃないでしょ」
冷静だなぁこいつ。
いまだ変わらぬ森の景色。森の奥のどっかで、変な鳥が鳴いているようだ。さらさらと、木々の葉の擦れる音が耳に心地よい。歩きっぱなしで靴の中に熱がこもって来ている。喉の渇きを水筒の水で潤して、飲んだら歩いてまた進む。
と、ミナモさんが立ち止まり、あらぬ方向を向いている。
「またなんか居たー?」
「なんか……なんか変……」
彼女は何かしらの気配に気づいたようだ。この森なんか変……。
ひょこと、いくつかの木の向こうの地面で、黒いうさぎが立ち上がり、こちらを見ていた。
「うさぎ居るであそこ」
「……モンスター?」
ひょこと、ウサギは立つのをやめてその場に沈む……あれ? どっか行っちゃった。すぐ近くに隠れるような木や茂みはなく、穴を掘って潜った様子もない。視界の関係で、こっちから見えない位置にウサギの巣穴でもあるのかな?
ミナモさんが何かに気づき、また違う方向を向いた。
「あっち」
見れば、またそこにウサギが立って、こっちの様子をじっと見ている。二匹目? そっちは、90度以上離れた方向の地面。と、そいつは、ひょこと沈んでまた見えなくなる。
「……近くに穴とかある? 敵かは分かんないけど、近くで急に出てきたら危ないかも」
「あな? ……穴に潜ってるの?」
「地面に巣穴でも掘ってるんじゃない?」
ミナモさんが急に背後を振り返る、つられて見れば、そこに―
「うぉっ」
全身を黒に漬けたような真っ黒なウサギが、二本足で立って、こちらを見上げていた。いつの間に俺たちの背後に回り込んだのか、もうすぐそこまで迫っている。
ウサギは、黒い瞳でこちらを見上げている。
「敵? どっち?」
「……普通は草食獣だよ、自分から見慣れないものに近づいて来る訳ない」
「……これ敵か」
俺は剣の柄に手を伸ばす、それと同時に、ウサギの体が地面に沈んだ……沈んだ? 沈んだ! 影の中にだ! それは俺たちの目の前で起こった、影の中に奴の体が沈み込み、黒い影が地面の上をこちらに滑って近づいてくる!
「影に沈んで移動する能力があるよ!」
俺は地面を滑り、近づいてきた黒い水たまりへ向けて剣を突き立てる、突いたのは土の地面、黒い影は影響なく地面を滑り続ける、俺の体を通り過ぎて背後へ、そっちの地面で、また足元から黒い姿のウサギが姿を現す。
黒いウサギはまた二本足で立って、俺たちの方をじっと眺めている。
「こいつ……なに? 遊ばれてる?」
ぺた、と、奴は前足を地面に付いた。
「きゃっ!」
見れば、ウサギの体は弾丸のように地面を跳ねてミナモさんを襲っている! ミナモさんは咄嗟に剣を盾にし、鋭く尖った牙を剣が食い止めている。俺は反射的にその小さな獣へと剣の切っ先を突き出す。
掠った、黒いウサギは軽い身のこなしで、ぴょんぴょんと地面を跳ねて俺たちから距離を取った。
「……ごめん、気を抜いてた」
「思ったより速いし強い」
かち、かちと、ウサギは苛立っているのか、空の牙を噛み合わせている。
「影に潜るウサギ、影に潜ってる状態を攻撃しても意味ない」
「うん」
けしけしと、ウサギの足が地面を軽く蹴っている。
「ばっ!!」
あ、あぶね! 次の瞬間には目の前に居る、咄嗟に掲げた剣が、飛びかかってきたウサギの牙を止めた、俺は衝撃で軽くたたらを踏む、
「食らえ!」
俺は片手を離し、その獣の体へと向けて、
「“風刃”!」
手の平から放たれる、薄い線のような風の刃の奔流、ウサギは何かを感じ取り素早く身を引いたものの、飛んでいく風の刃がその体を掠め、胴体の表面に大きな傷を付ける。しかし魔法の練りが浅かった、火力が中途半端だ。
「はぁっ!」
続いて、一歩詰め、掲げたミナモさんの剣がウサギの体へと振り下ろされる、土が飛び散り、ミナモさんの剣が捉えたのは地面、そのまま沈んだ黒い影はその場から移動する、
「逃がすか!」
ミナモさんが影を追い、次に影から出てきた小さな頭を、今度こそミナモさんの剣が捉えた。真っ黒な小さな体をミナモさんの透明な剣が叩き潰した。黒い血が噴き出し、周囲に飛び散っていく。墨の血?
「た、倒した……?」
飛び散った黒い体液は、やがて燃え尽きる炭のように色を失い、空気に溶けていく。奴の体があった地面には、いつものようにいくつかのアイテムが落ちていた。
≪ひとくちモンスターずかん≫
亡霊ウサギ
肉食。黒い墨で描いたような真っ黒なウサギ。影に潜り込み移動する。ひとたび狙いを定めればどこまでも追いかける。見失ったが最期。




