第五十八話、空を舞う
「試作品を持って来たんだ。テストに付き合ってくれ!」
荷車の様子を見に行くと、ミドリがツナギを着た少女に絡まれている。また、脇に知らないどでかい荷物が増えている。
「おぉ! キョウゲツ!」
「久しぶり、オチバ。久しぶりでもないな。今日はどうしたんだ? 忘れ物か?」
俺が聞くと、黒髪の少女は満面の笑みで語りだした。
「こいつは銀翼、人間が乗って空を飛ぶための代物なんだ!」
宿屋の隣の空き地に、大きな銀色の一枚板が置かれている。その金属板は全体的に平たいが、カモメの影のような、左右対称一対の翼のような形になっている。ツバサの中央に“D”の字の取っ手が二つ付いているが、これに掴まるのだろうか。
「こいつは、自分で揚力や加速を発生させられるのか?」
「出来る機能も付けているが、基本は風に乗って滑空を行うタイプだな」
「こんな重い金属板が……」
俺が二つの取っ手を掴み、持ち上げると、軽い。アルミより軽い。しかし、金属板は剛性が強いようで、持ち上げても翼の端がたわんで歪むようなことはない。軽くて硬い。しかし弾性はあるようで、ゆらゆらと揺らすと僅かに羽の先が揺れる。
「優秀な素材だな。これに乗るだけで、人間が空を飛ぶのか?」
「誰もが、とは言えないな。今これで飛ばせるのは80kgぐらいまでだし、乗るのにもコツが要る」
「で、一般の体でそこそこ丈夫そうな俺にテストして欲しいって訳か」
「構想して形にしただけで完成じゃないからなー」
と、宿屋のそばで騒いでいれば、ツバキが降りて来てこちらに歩いてくる。
「やぁツバキくん! 面白いものを持ってきたんだ! 君も一緒に見てみるかい?」
ブロックタウンは、ベージュの巨大な一枚岩に、風雨が削って出来た巨大な窪地に出来た町だ。俺たちは町の外壁の階段を上って岩の上へ。
「確かあっち側は下が砂漠になってたはずだから、練習するならそっちに行こう」
俺たちは岩の上を歩いて岩の縁へと。
風が吹いている。そこは崖の側で、岩肌はほぼまっすぐ垂直に下に降りている。石を投げても下に着くには数秒掛かる。下には、ベージュの岩が崩れて出来た岩石砂漠が広がっている。ベージュの一枚岩は大きく森に囲われているが、ここの崖下辺りは、若干土の地面が出て広がっている。
「それじゃ、GOだ」
ツナギを着た少女が、そこでにこやかに見つめている。隣にツバキも付いて来た。
「ちゃんと飛べるんだよな」
「それをこれから確かめるんだろう」
「お前の想定してる飛び方を教えてもらっていいか?」
ふむ、と少女は頷く。
「基本は高所からの滑空だ。乗ってバランスを取っていれば、緩やかに高度を下がりつつ長い距離を移動できるだろう」
「見たところ本体は軽いが、ひっくり返ったりしないのか?」
「ひっくり返っても飛べるぞ」
「ひっくり返らないのか?」
「ひっくり返らないようにバランスを取りたまえ」
自力でか。魔法による姿勢制御機構とかは載せてない。まぁそっちの方が飛びやすいのだろうか。上に乗っても、取っ手に掴まりぶら下がっても飛べるらしいが、後者は危なそうなのでやりたくない。
「空中に飛び出して、取っ手に掴まりつつ翼の中央に足を乗せる」
「そんな感じだな」
「ブレーキというか、降りる時は?」
「地面に近づいたら、前方を持ち上げる、するとブレーキが掛かって、木の葉のように真下に落ちる」
「本体による加速とか揚力の機能とかは?」
「最初はなしだ。自由落下による飛行を行ってみてくれ」
まぁ聞いときたい条件はこれくらいか。
俺は銀色の横に長い翼を、取っ手を掴んで持ち上げ、岩の崖の端の端まで寄る。長さは、左右にそれぞれ俺の身長くらいある。下には遠くの地面が見えていて、何の補助も受けずに落ちればまず無事じゃ済まない。まぁ俺は“潜影”を覚えているので、高所からのダメージはほぼ無効化できるが。
「準備はいいかー?」
「俺の姿を目で追って落ちるなよ」
「あはは! ツバキくん、私の手を握っていてくれ。落ちそうになったら止めるんだ」
「それじゃ行きますよー」
俺は頭上に逆さに振り上げていた銀の翼を、前に突き出し、翼は取っ手を上にして落ちていく。
俺は取っ手を握って体を引き寄せ、翼に乗った。ぐっと、空気が弾力を持って俺の体を受け止める。すげぇ。景色が前から後ろに動いているが、俺は今浮いている。
風を切って銀の翼はまっすぐ空を伸びていく。紙飛行機が空を飛ぶような、緩やかな滑空。しかしそこには人一人分の重さが乗っている。遠くにある足元の地面が、勝手に動いて流れていく。空には雲がある。
多少の風が翼を左右に揺らす。立ち上がったらひっくり返ってしまいそうで怖くて、俺は屈んだまま取っ手の間に居る。翼は風を受け、左右の先端が上に沿っており、意外にも翼は安定している。少し体重を右にずらせば翼は右へ、左にずらせば左に曲がる。
試しながらしていると、そのうち丘の地面が迫って来て、俺は言われた通り、取っ手を掴みぐっと翼を後ろに持ち上げ、翼の前方を上に上げる。ふわと、一瞬浮く力が消えて、それから僅かに後ろに進みつつ翼は地面に落ちた。
下は岩石砂漠だが、岩のそれぞれはそこまで硬くない。落ちた所を見てみれば、下にあった細かい石は潰れて砕けており、羽の下を確かめてみても傷は付いていない。
俺は崖の方を振り返る、崖の上でオチバが手を振っている。あそこまでこれを戻すの面倒だな……。




