第五十七話、湧き潰し
「言伝なんだけど、どうやら私たちのオールコピーが世界に出回ってるみたいなのよね」
いつかの草原の上、世間話でもするかのように桃髪のお姉さんが話しかけてくる。
「オールコピー?」
「人間の姿を象る化け物。“スクリーン”の変異種よ。あんたの方でも探して、倒しといてくんない?」
「探してって……どれが見つかって、どれが見つかってない?」
「そんなもん全部よ全部。あたしとあんた以外の八匹」
うーん。
「おわってる」
*
「先生、今朝妙なものを見たんだ」
宿の部屋を、寝間着の銀髪の少女が訪ねてくる。顔は寝ぼけており、目を眠そうに擦っていて、枕をわきに抱えている。
「みょうなものー?」
「あぁ。それは、地面に出来た渦巻きのようなものだった」
その言葉を聞いた途端、俺の背に冷たいものでも入れられたかのように思考が冷えていく。俺は体を起こし、ツバキに話の続きを促す。
「……水底の栓を開けて出来る渦巻きみたいに? それが地面に出来ていた?」
「あぁ、よく分かるな。それは、先生の知っているモンスター―」
「それをどこで見た!! いつ、場所はどこだ!! 大きさは!」
俺は飛び起き服を脱ぎ捨て装備を着る。
「え、わ、私の部屋だが……さっき、宿の床に、朝日が昇らないくらいの時間に見た気がする。大きさは、コップ一個分くらいで……私も夢うつつだったから、もしかしたら見間違いかも……」
「なんでもいい! ヒメトラは無事か!? お前の部屋で見たんだな!!」
コップ一個か……すぐだな。俺は剣の鞘を掴んで部屋を出る、駆けて彼女たちの部屋へ。
扉をはね開けると、俺と同じような部屋がそこにある。
「あぇ……ごしゅじんさま……?」
白いシーツの上で、茶色いネコが寝ころび、ぐっと伸びをしている。突然来訪した俺に目をしぱしぱとさせている。
俺は周囲の床を見渡した後、ベッドの下を見るため顔を床へと近づける。ベッドの下は、掃除が行き届いており、よく磨かれた黒い木板の床がある。
「何か探しものですかー? にゃっ!」
俺はヒメトラの首根っこを掴み体を回収する。
「せ、先生! どうされたんですか?」
遅れてツバキが扉の向こうに姿を現した。
「お前の見たそれは“スクリーン”っていう化け物、禍津鬼だ! 地上の物を飲み込み肥大化する能力がある! ツバキはギルドへ報告に行け! ヒメトラはツチと一緒にミドリの傍に居てやってくれ! 何かあればすぐに人を呼べ! くれぐれも“足元”には気を付けろ! 奴は影の魔物の一種で、地面からは離れられない!」
俺は、次々と部屋の扉をこじ開け部屋の中の床を調べていく。武装した俺の剣幕に、宿泊客たちは素直に従う。やがて宿の外も騒がしくなってくる。
階段を駆け上がる音がして、そこから冒険者の男たちが上がってくる。
「増援だ! もう例の魔物は見つかったか!?」
「まだだ! 俺は目撃のあった部屋から順番に探していってる!」
「俺らはどこを見りゃいい!?」
「近くも遠くも全部だ! 地面の渦巻きか、それか地面から不自然に物がなくなってるところを探せ! 渦の真下にコアがある、見つけたらそこを攻撃しろ! “まだ”コップサイズだったが、もうボウルサイズにはなってる可能性がある!」
先遣の冒険者たちで宿を上から下まで探し、やがて再び増援が駆け付け宿の周囲の道や建物も、あるいは町全体を見て回っていく。
やがて、向こうの通りから「見つけたぞー!」という声が聞こえた。俺が駆け付けた時にはもう、そいつは片付いていて、土の地面に割れた赤いコアと、奴が道中で飲み込んだであろう、未消化だった物品が散らばっている。
「例の魔物は倒した! 例の魔物は倒した! ご協力ありがとうございます! みなさまはもう、解散されてください!」
「“スクリーン”は禍津鬼の一種でね。見た目は、地面に現れた渦巻きなんだけど、こいつは地上にあるものを飲み込み、吸収して大きくなっていく」
俺の部屋に、タヌキとヒメトラとツバキと、それからシートを敷いて上にミドリまで居る。外の廊下では、冒険者たちが踏み荒らした土足の足跡を、宿の方が掃除しているようだ。
「問題は、その成長性の際限のなさにある。今回見た“スクリーン”は、ツバキが見つけた時はコップサイズで、討伐が終わった時でもバケツサイズだったらしいけど。バケツサイズなら、もう小動物は飲み込めるよね。次に子供、人間、そして馬に、小型の乗り物、その次には車、その次には大樹や家。それより先に行けば、通り過ぎるだけで家々が傾いて、街を飲み込み、山を飲むような化け物になる」
ツバキも、ツチもヒメトラも、神妙な顔で俺の話を聞いている。
「そ、そんな恐ろしい魔物がこの部屋に……?」
「まぁ、初期の小ささと見つけにくさに比べて、大きくなったら被害も本体もでかくなるから、本当にそこまで行くことは“中々”無いんだけどね。最近“渦”が出現して、騎士王隊の人が処理に追われてたから、今回のスクリーンもそこから逃げて来たやつかもね」
「うずって、なんですか?」
そこの椅子に座ってるツバキが聞いてくる。
「禍津鬼たちの住む場所と、人界とを繋ぐ魔法の門みたいなものだね。禍津鬼たちの住んでる所は、本来は遠く離れてるんだけど、たまにその“渦”で繋がって、あっちのがこっちに来ちゃうことがあるんだ」
「だ……大丈夫、なんですか?」
タヌキは俺と同じベッドの上に座っており、震える声で聴いてくる。
「今、騎士王隊の方々が事に当たってる最中で、まぁ問題の起こす禍津鬼はさっさと問題起こすから、そのうちやばいのは全部見つかり終わると思うよ」
「それは大丈夫って言えるんですか?」
「まぁダメなときはダメだよ」
「なんで大丈夫って言ってくれないんですか?」
何も言えない。ダメな時はダメだしな。
「ま、ともかく今回の件はこれで終わり。大丈夫だとは思うけど……少し、しばらくの間は、何か妙なものを見つけたら何でも教えてね」
と、てちてちとツチはもちもちした体で歩いてきて、小さな手を俺の膝の上に乗せる。
「先生……しばらくの間一緒に居てください」
「いいよ。こわかったね」
俺はタヌキの体を持ち上げ、膝の上に乗せる。毛皮がふわふわとして柔らかい。石鹸みたいな、甘い、いい匂いがする。
「じゃあヒメトラはツバキを一人にしないであげますね」
「ヒメトラの面倒は私が見ときますよ」
椅子に座るツバキと、机の上で寝そべるネコがそれぞれ言っている。
「助かるよ。ミドリは? しばらく部屋の中に居る?」
俺が聞くと、そこにぼーっと佇んでいるミドリは、俺の問いかけにこちらを振り向く。
「私か? わたしは別にいいよ。ダメな時はダメだしな」
「もうちょっと自分を大事にしてもいいよ」
まぁミドリは悪魔に寄っているし、四界相性的には悪魔は鬼に有利を取れる。ワンチャン勝てる。というか負けない。
「という訳で、今回の説明はこれで終わり。解散していいよー。ツバキたちの部屋の掃除も、もう終わったかな?」
「今日はここで寝ますよ」
「狭いよ」
悪魔vs禍津鬼
鬼と悪魔で戦いが起こった場合、通常、戦闘は破壊力に優れる鬼が圧倒する。しかし悪魔は力の続く限り体を再生し、やがて鬼は力の反動である衝動に耐え切れなくなり自壊する。




