第五十三話、雨天不決行
「先生は何のために旅をしているんだ?」
崖の外では雨が降っている。
森の中を歩いていると、しとしとと、頭上から雨が降り出した。進んでいるうちにそびえ立った崖を見つけ、また崖の地上付近は抉れて洞窟のようになっていた。俺たちは荷車ごと崖下の空洞に入れ、今は雨宿りをしている。
向こうでは焚火を焚いてヒメトラが何やら作っているようだ。俺は荷車のそばに座り、振り返れば、荷車の中央に佇む植物少女が居る。また、荷車の脇に置かれたクッションでタヌキがすやすやと寝ている。
椅子に座って、ぼーっと雨の音を聞いていると、後ろからミドリが話しかけてくる。
何のための旅、か。まぁ、いつも言っているのは一つだが。
「強くなるため、かな」
「強くなる? どこまでだ?」
「どこまで?」
確かに、俺はどこまで強くなるのだろう。どこまで強くなれるのだろう。強くなってしまったら、この旅は、終わってしまうのだろうか。
……まぁ、先のことなんて考えても仕方がない。
「強くなれるまで」
「可能な限りか? じゃあ強くなって、そのあとは?」
「世界を救います」
「また大きく出たな」
冗談だと思ったのか、ミドリは少しバカにするような言い方だった。
「そのためにも、早く一人前にならないとね」
「先生はまだ一人前じゃなかったのか?」
「見ての通りさ。俺なんて、その辺の、一人の木っ端冒険者」
「そうか? 私からはそうは見えない。私たちの面倒を見て、出てくるモンスターを全部倒して。先生はすごい人じゃないのか?」
俺は、椅子に座りながら後ろを見上げる。そこには逆さの景色、逆さの薄緑の肌の少女が、俺のことを見下ろしている。
「なんだ? 褒めても何も出ないぞ」
「本意だ」
「俺は、出来る範囲のところで行動しているだけだ。実力にマージンを取って。臆病に引きこもって。そこから一歩外に出れば、俺じゃどうしようもない事柄がいくらでも転がっている」
「先生は全能の神でも何でもない。一人の人間が世界のすべてをどうにか出来る力を持てるなら、世界はいくらでもめちゃくちゃになってしまう。先生に、自分でどうにか出来ないものが見えているのは当然のことだ。誰だってそうだ」
モンスターのくせに真っ当なこと言うじゃん。
「……まぁ、そういう考えもあるな」
「それとも、もしかして、先生は本当に一人で全部をどうにかしてしまいたいと思っているのか?」
俺は身を起こして、再び洞窟の外を見る。洞窟の天井からはいくつか植物の葉が垂れ下がっていて、また、向こうの景色には雨が降っている。向こうの地面には水が溜まって、地面に流れを作ってどこかへと流れていく。
「出来る人も居るよ」
曇った空から絶えず雨が降っている。森の空気は一層湿度を増して、霧のように水気を含んで吹いている。
「この世界には、普通の人では想像も出来ないような領域に居る奴らも居る。一人で世界のすべてを救える人たちだって居る、一人で、すべてを滅ぼせる人だって」
「へぇ。その人たちはじゃあ、今どこで何をしているんだ? 先生の代わりに、その人たちが、世界をどうにかしてくれるんじゃないのか?」
ミドリは、荷台の上から聞いてくる。
「世界は、みんなが思ってるよりもっと不安定なものだよ。今日も、世界が昨日と同じで在るようにって、世界の秩序を守り続けてるんだ、すごい人たちは。頑張ってね」
「私たちには見えない所でか。みんなして忙しいな」
「のんびり出来る世界はいつだろうね」
俺たちは、ぼーっと、洞窟の下から雨が止むのを待っている。
やがて、煙と肉の焼ける香ばしい良い匂いが漂ってくる。ヒメトラは魚の干物か何かを焼いていたらしい、赤色に照った、焼けた干物を持って、ヒメトラがこちらへとやってくる。
「ごしゅじんさま! おさかなが焼けましたよ! 要りますか!」
「要るー。美味しそうだねー」
ヒメトラはにこにこと笑みを浮かべ、その手に持った、焼けた干物を振っている。
「聞いただけー」
「おぉい。寄こせぇ」




