第五十一話、授業:魔力の回復
「魔法を使いすぎると人間も魔物になっちゃうって考えがあったの」
静かな霧の立ち込めた森の中、俺たちは荷車を連れて歩いていく。隣には黄色い髪の少女が歩いていて、俺たちに話をしてくれている。
風が吹いて森全体が揺れていく。森は木々が生い茂り、また薄い霧が掛かっているせいで視界は良くない。ひんやりと、冷たく湿気を多分に含んだ空気が動いている。足元は濡れているか苔があるかで滑りやすく、また手入れの届いてない道なので、荷車を通すには多少の注意が必要だ。
「その考えは一部合ってて、でも一部間違ってる。最近の考えだと、魔物に近づかずに使う魔力を増やす方法も見つかってる。最近っていうか、知ってる人は前から知ってたみたいだけど」
ヒカリちゃんは、以前見かけた時と比べて、使える魔力の量が格段に上がっていた。その理由を聞くと、ヒカリちゃんは語って教えてくれる。
「“魔物化”っていうのは、外部から濃い、過剰な龍脈が流された時に、体が変質する変化のこと。龍脈に侵されて、体が魔物に近づき、魔力量も格段に増えて、魔法もたくさん扱えるようになる。ただし、体が常に一定の龍脈を必要とするから、魔物化が進めば龍脈の濃い場所から離れられなくなる」
初期の頃の冒険者がよく掛かっていたという症状だ。今は、ギルドに所属するすべての冒険者に“空のお守り”という、龍脈を吸収し影響を軽減してくれるお守りが支給されていることもあり、人界の中で普通に歩いている程度では現れない。
「魔法を使うには魔力が必要で、魔力量を上げるには魔物に近づくことが必要。だから、魔法をたくさん使うには魔物にならなくちゃいけないって」
「でも、ヒカリちゃんは、“魔物化”が進んでるわけじゃないんだよね?」
俺が聞くと、薄い黄色の短い髪の少女は、隣でこくんと頷く。
「私が何をしたかっていうと、簡単に言うと、瞬間的に勢いよく魔力を使うと、体の外に出る魔力の勢いに乗じて、魔力が外から体内に入ってくるの。これが“激流”、あるいは“激流回復”っていう技術。まぁ魔力の薄いところじゃ使いにくいし、魔力の補填も消費の数割程度だけど。でも、これを使えば、体内の10割の魔力を使う魔法を放っても、直後で魔力切れになることもないし、回復した多少の魔力でまた魔法を使える」
“激流回復”。魔力量の上限は変わらないが、消費の直後に消費の一部が素早く回復する。疑似的に使える魔力量が増える。
「それからなんだけど、この“激流”ってテクニックを多用していると、なんというか、体が急激な魔力の回復を“覚える”の。魔力の回復っていうのは、普通は水が土に染みこむようなゆっくりしたものなんだけど、この“激流回復”を繰り返していると、急激な魔力の回復の、量や時間が多くなっていく」
魔力の回復は、通常ゆったりとしたものだ。限界まで使いきれば、数時間はぐったりしたままだし、全体の回復には数日掛かることもある。
「それで、ヒカリちゃんは派手な魔力の使い方も出来るようになったってこと?」
「そう」
「そっちには、体への負荷とか副作用とかないの? “魔物化”みたいな」
「今のところは見つかってないよ。“魔物化”は、魔力の器を無理やり押し広げるような変化で、こっちは急激に消費して回復を早めるっていう、器の上限には触れない変化だから」
“今のところは”か。少し怖くもあるが、言われてみれば俺にも心当たりがある。俺も、魔法を覚えたての初期と比べれば、今は使える魔力が増えてるような気がする。俺は、それは練度により消費効率が良くなったのだと考えていたのだが。
「じゃあいっぱい使えばいっぱい使えるようになるってわけだ」
「そんな単純なものじゃないよ。重要なのは“瞬間的な魔力の消費”。栓を緩めてぽたぽたと魔力を漏らしているような使い方じゃ一生上達しないよ」
「ヒカリちゃんは、その“激流回復”の練習してるの?」
「余裕のある時は少しやってた」
「体に何か異常は?」
「ないんじゃない? 分かんない。そもそもヒカリ成長期だから、昨日と同じ体じゃないし」
後ろの荷車の上で、銀髪の少女は背を壁に預けて話を聞いていた。ツバキも口を挟んでくる。
「それは“体に悪影響を及ぼさない変化”なのか?」
「ツバキのはだめだよ」
振り返れば、むすっとした少女の顔がある。俺は言い募る。
「これは大前提、人界に流れる“大自然系”の龍脈から“大自然系”の魔力を回復する技術の話。ツバキの“それ”にも適応できるかは分からないし」
「……じゃあ。試してみても」
「そっちのスキルツリーを広げたいって、ちゃんとした意思があるの? それともただ試してみたいだけ?」
「……」
「触る気のないものは触れないほうがいいよ。少しでもね。慣れるほどハードルは下がっていく」
ヒカリちゃんは、ちらっと後ろの荷車に座るツバキの顔を窺っている。
「ツバキは導器で戦うんでしょ?」
「……うん」
「導器の攻撃は、武器に魔力を通した魔力攻撃が主だから、魔法鍛えるより武器の練度上げた方がいいよ。確かに、モンスターによっては大規模な魔法が有効になることもあるけど、それはツバキじゃなくて別の得意な人に任せればいい」
「……そうだね」
ツバキの声は若干気落ちしたような声音だ。足音と、車輪の音が森の中を進んでいく。
「……ヒカリは、なんでそんなに強いの? 年は、私と同じくらいなのに」
「ヒカリ最初から強かったからそういうのわかんない」
「俺は最初から強かったわけじゃないから、俺と一緒に頑張っていこうね、ツバキ。ヒカリちゃん? なんでも正直に言えばいいわけじゃないんだよ?」
ヒカリちゃんは、俺の隣で小さい頭を俺へと上げる。
「キョウゲツって最初弱かったっけ?」
「弱かったよ。まぁ最初の方はまだ、ヒカリちゃんとあまり絡んでなかったしね。俺は最初は戦うの苦労してたよ、武器を振るにもてこずってた」
懐かしい。最初は、授業で自分の握る武器を決めたのだ。色々カッコつけたかったけど、どれも使えるわけじゃなくて、だから一番簡単な直剣にした。
「でも、ヨウゲツおにーちゃんの方が弱かったよ」
「言わないでおこうね。あの人は優しくて、他者を傷つけるのが苦手なだけだから」
「キョウゲツ、授業中によく発言してたりしたから、そういうイメージなかった」
「まぁ座学はね」
「キョウゲツはあたま良かったし、ヨウゲツおにーちゃんだって、家事とか雑用とか手際よくやってたし。モンスターを前に剣を握ってよーいどんで始めれば、それはヒカリが一番倒すの早かったし、いっぱい倒したけど。でも、ヒカリだけで全部やれるわけじゃないから」
と、ヒカリちゃんは後ろの荷車に座るツバキを見る。
「人の一番だけを見て、羨みはしても、自分を下に見る必要はないんじゃない? 人ぞれぞれやれることはあるよ」
「……でも、私は、戦うことの代わりに、誇れる一番なんて持ってない」
「なんかないの? キョウゲツ」
と、ヒカリちゃんは俺に話を振ってくる。
「……え、あ俺? あー……可愛さ?」
「今そういう場面じゃないと思うよ。一緒に居てなにか知らないの? なんか、役立つ感じの」
「でも、ツバキは、戦うこと以外あんましてないからな」
「ツバキは戦うこと以外あんましてませんよ」
「ネコちゃんも言ってる」
すたっと、荷車の上から銀髪の少女が下りてくる。手には銀色のロッドを握って。
「武器の扱いは私のほうが上手い。武器一本で勝負だ」
「どうして自分の得意なところならヒカリに勝てると思うの?」
「こらこら、今は中層域ですよー」
そのうちシラアイが迎えに来て、ヒカリちゃんは向こうに帰っていった。




