第四十七話、アップデート
「最近強敵と会えてない気がするなぁ……」
俺は清潔な、柔らかく白いベッドの上で呟く。
安全な町の中の宿屋の部屋の中。家具も少なく簡素な部屋だが、旅の束の間の休暇を過ごすには必要十分。そっちの床の隅には大きな麻のクッションが置いてあり、クッションの上で、ツチがあられもない姿でひっくり返って寝ている。
別に戦闘狂でもないのだが、最近の道中には手応えのあるような敵が出てくることが少ない。まぁつい最近死ぬような目にあったばかりなのだが、なんというか、ちょうどいいくらいの強敵といっぱい戦いたい。
ツバキもそろそろ強くなってきたし、深度の高い場所に向かっても大丈夫だろうか?
「先生、剣が光って妙な人間が湧いたぞ」
小屋に停めた荷車にミドリの様子を見に来ると、おかっぱの子供が荷車の上に乗り込んでいる。
「おや、キョウゲツ。なぁこいつはなんじゃ? こやつからは妙な気配がするぞ。そちの連れか?」
「久しぶりだねー、シラアイ! 引きこもり期間はもう終わったのー?」
「まだじゃ」
まだかよ。まぁ、彼女は俺とは持てる時間が違う。寿命が長ければ、いろいろとやることもゆっくりになるのだろう。俺は、荷台の中の転移剣に飛んで来たシラアイを連れて、自分の部屋へ。
少年にも少女にも見える、おかっぱの黒髪の子供。この人の名前はシラアイと言って、かつて一緒にパーティーを組んで冒険者をやっていた。まぁかつてと言うほど昔ではない気がするが、間にもう色々あったしな。
「ギルドハウスに居城を決めて、最近は過ごしておったのじゃがの。建物の中に転移陣があってな。どこへ繋がっておるのかと飛び込んでみれば、ほらこの通り」
「ほらこの通りじゃねーよ。……ギルドハウス? どこのギルドハウス?」
「そちの」
「あの、倉庫みたいなログハウスに住んでたってこと?」
あそこは、ギルドのメンバーが好き勝手に置いて行っている荷物で溢れていたはず。日々を過ごすのに快適とは言い難い。まぁ野宿よりはマシだが。
「倉庫? わらわが居たのは、お屋敷の中じゃ」
「お屋敷?」
「ギルドの名簿にそちの名前もあったぞ。個人ギルド“ことまつろわぬものども”のギルドハウスじゃ」
それは紛れもなくうちのギルド……俺のというか、ミナモさんが俺の名前を借りてミナモさんが経営している俺がリーダーの個人ギルド。ほな俺のギルドとちゃうか。
ということは……あの一部屋のログハウスから、シラアイが今過ごしているという屋敷へ、ギルドの本拠地を切り替えたということか?
転移剣を発動させ飛んでくると、確かにそこは見慣れぬ部屋だった。窓の外には庭があって、部屋の外に出ると廊下があり、二階へと続く階段がそこにある。右手が建物の入り口のようだ。落ち着いた木造の、洋館っぽい屋敷だ。
「一階の部屋は、大体誰かの物置きじゃの。二階の部屋は客室で、ハウスを訪れたメンバーが泊まったりしておる。一番左がわらわの部屋じゃ」
「お前の部屋か?」
ミナモさんから直々に与えられているのでなければ、そこは自由な客席の一つじゃないのか。シラアイが占拠しているだけで。しかし、結構しっかりした建物に切り替えたんだな。まぁお金をミナモさんが出してるなら俺からの文句は無いんだけど。
「結構人が訪ねてきて楽しいぞ。身の回りの世話も、ヨウゲツという可愛い男子がやってくれる。快適じゃ」
「“快適じゃ”じゃねーよ」
堕落してる……。と、上から足音が下りてくる。速いものと、それを追う、ゆっくりとしたものとが二人分。
「あー! キョウゲツが居る!」
「お、モモモじゃーん! げんきー?」
「レア顔! これで全員コンプか? おめーギルドリーダーなのに顔見せなさすぎだろ! 誰のギルドだよ!」
「たぶん俺のじゃないよ」
遅れて階段の上からヨウゲツさんが顔を見せる。
「久しいな、キョウゲツ。あまり顔を見せなかったが、忙しかったのか? 元気にしていたようなら何よりだ」
確かに、俺がリーダーなら、俺がもっとここに顔を出した方がいいのだろうか? 転移用の魔力も無限ではないから、トイレのような気軽な感覚で飛んで来れないけど。
清霜兄妹。二人とも、勇者の学校に居た時の同窓生だ。兄が清霜ヨウゲツ、妹がモモ。
「ヨウゲツさんも、お久しぶりですー。なんかシラアイに世話させられてるとか聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。俺はよくここに来ていて、細かい家事なんかをやってるんだ」
「……ミナモさんから給料とか出てます? 出てないなら、俺の方から言っておくんで……」
「心配するな。俺の好きでやってることだ」
「いやいや! こういうのはほんとちゃんとしといた方がいいんで!」
「あれー? アオイくん来てるー。何で居んのー?」
と、玄関から水色髪の経営者も現れる。
「なんで居んのーじゃねーよお前、いろいろあるだろ、いろいろ。前回来た時にこれなんか言った?」
「前回? 前回っていつだっけ?」
「前回は、山の湖の近くで……待てお前、さてはまたちょいちょい無言で来てたか?」
ギルドハウスで顔を合わせた友人たちと旧交を温め、町の方へと帰ってくると、荷車の中でツバキが待っていた。
少女は無言でそこに立っている。一瞬置物かと思った。
「どうした? 何か用があったのか? 別に、部屋で待っていてくれて良かったのに。それとも、ミドリと何か話していたのか?」
俺が聞くと、銀髪の少女はじっと、無垢な瞳で俺の顔を見上げている。
「どこにも行きませんよね?」
少女は、暗い小屋の中、荷車の中に立ち、ただじっと俺の目を見ている。
「今は、私との、旅の途中ですよね?」
「なんだ? もしかしてもう俺が戻ってこないと思ったのか? 少し離れたくらいで、ツバキは大げさだなぁ」
「先生の交友が広いことは知ってます。そして、先生は誰の誘いにも乗って、簡単にどこかへ行ってしまうことも知っています」
うーん。心当たりがあるなぁ……。
「心配するな。お前を置いて、一人でどこかへ行ったりはしないよ」
俺がそう言うと、少女はまだ俺の顔をじっと見上げていたが、やがて視線がふっと外れる。
「ならいいです」
「それで? 俺に何か用があったのか?」
「いえ。今日は特には」
「そうか」
部屋に帰ってくると、クッションではまだタヌキが寝ていて、また、広いベッドの上で一匹のネコが寝そべっている。ベッドの上には、お菓子を食べ散らかした跡がある。人の部屋で散らかすのやめようね。




