第四十五話、青い空と日陰 ーII
ひょいひょいと手招きをされ、俺は荷車の上に登っていく。
「どうかしたか? ミドリ」
と、少女は自分の、深くて鮮やかな緑の髪の中に手を突っ込み、中をごそごそとあさる。やがて手が出てきて、そこには金色の丸い何かが握られていた。
「あげる」
「おう、ありがとう。これは何だ?」
「食べて」
「えぇ?」
黄金色の、サクランボにも似た、果実か実のようだった。それはミドリの体に生ったものだろうか。
「これなに?」
「人間界では万能の薬として扱われる。腹痛以外のほぼすべての病や大量不良に効くという」
「なんで腹痛にだけ勝てなかったんだよ。すごいかすごくないかよく分からないよ」
「食べてくれ」
「今、俺には何の体の不良もないけど」
木陰の中に荷車は停められており、またここは荷車の幌の中だ。向こうには白い砂浜と青空が見えているが、荷車の中は薄暗い。荷台には今、俺とミドリとが乗っている。
「食べてくれ」
と、半分植物の少女は、しきりに俺がその実を食すのを勧めてくる。
「悪魔が実らせた“再生”の力の実なら、人間界ではご禁制の品だよ。それは、人が取り入れるには少々身に余る力だから。俺も簡単には口に出来ない」
「……」
「まぁ、それでも必要としている人は居るし、しっかりした所で売ればそれなりのお金になる。君がくれたこれは、無駄にはならないけど」
「……わたしは、それを君に食べて欲しい」
「どうして?」
「……」
少女は暗い荷車の中で、じっと俺の顔を見つめている。
「“金仙果”には、その万能性の高い再生効果に付随して、多少の中毒性がある。むやみに人に食べさせるべきじゃないかな」
俺がそう言えば、少女は今度こそ完全に黙り込んでしまった。
俺が、少女の次の言葉を待っていると、少女はぽろぽろと目から涙をこぼし出す。
「ちがう……ちがうの……」
「何が違うんだ?」
俺の静かな問いに、少女はびくりと肩を震わせる。
「俺にこれを食べさせて、ミドリは自分に執着させたかったのか?」
「……」
少女は静かに涙を流したまま、じっと、荷車の中に佇んだままでいる。
「捨て……捨てないで……わたしは、わたしはただ、あなたに……」
俺は少女の顔にそっと手を伸ばし、後ろの髪に手を入れる。
「不安か?」
「……」
「不安だよな。自分では大して動けないのに、他人の荷車に乗せられて、連れ回されて。気まぐれにそこに捨てられたら、自分はそこで生きることになって。他人に身を任せるって、不安だよな」
「……」
「少しずつ慣れていこう。大丈夫。明日もみんな一緒で、明日もきっと幸せで楽しい明日が来る」
俺は少女の髪に手を入れて、ゆっくりと少女の髪を梳いていく。綺麗で、重くて、鮮やかな髪だった。するすると、冷たい髪の中を俺の手が滑っていく。綺麗な髪だ。
「……わたしの」
「うん?」
「わたしの唾液にも……同じ成分が、含まれてる。人を執着させる効果……でも、一週間くらいで抜ける」
「そうか。自分から言えてえらいな。みんなには混ざらないよう、ちょっと気を付けないといけないかもな」
「……飲んで」
少女は小さく何かを言ってくる。
「何を?」
「唾液」
「多方面でまずいね」
「わたしは気にしないよ」
「だろうな」
と、ぱたぱたと一人、足音が戻ってくる。
「ごしゅじんさまー? 何されてるんですかー?」
と、荷車の外から声が掛かる。
「ちょっとミドリと話してただけだよー」
俺はそこの影に返事を返す。
「また捕食とかされそうですかー?」
「だいじょうぶだいじょうぶー」
ヒメトラは、荷車の中に上半身だけ突っ込んで荷物から何かを取り出し、また日の下へとぱたぱたと走っていく。
「栄養を貰ったら、たくさん実らせられるぞ」
と、目を戻せば、そこにはけろっとした表情のミドリが居る。彼女の流した涙はどこへ行ったか、泣いた跡も残っていない。
「それに、人界ではかなりの値が付く。私には、たくさん栄養を与えるといい」
「別に、何も貰えなくたってたくさんあげる……と言いたいところだが、お前は常識外れに大食らいだからな……あまり、お腹一杯にはさせてあげられないかもしれないが、それでも、何もなくともたくさんあげよう」
「わたしのことを、たくさん可愛がって、たくさん甘やかしてくれ。きっと、実は上質なものになる」
「品質にばらつきがあるのか? ……じゃあまぁ、可愛がってあげないとな。高く売れるように。君のそれが、綺麗で上質なものになるように」
俺は、乞われるまま少女を地面の上に下ろし、木陰の中で水浴びを行った。魔法で作られた“水”は、少女の体の上を弾けて地面に流れ落ち、そのうち空気に溶けて消えてしまうが、少女は気持ちよさそうにそれらを浴びていた。
金仙果
果ての地の植物が実らせるという、綺麗な金色の小さな実。その実はあらゆる病や不良に効くというが、実を飲んで症状が一時的に良くはなっても、そのうちまた同じように症状が現れるという。もう治らない病の人間へ、延命措置として用いられる。




