第四十五話、青い空と日陰
潮が引いて道が現れて、潮が満ちて孤島になって。俺たちは、湾をふさぐように連なる島の上を、歩いて進んで、波に止まって、また進む。
俺たちは今、孤島の上に居た。島の上には、多少の緑と木々があり、手前に海が、反対に湾の内海が見えている。島の上に場違いな荷車が置かれている。
今は潮が満ちている時であり、道は消えている。一行の進行は止まることを余儀なくされ、俺たちは島の中に散らばってそれぞれ過ごしている。
「先生、今それは何をなさっているんですか?」
俺は砂浜の上に出て、砂の上にいくつか線を引き、線を飛び越え右に左に跳んでを繰り返す。また、手前に線と、向こうにもう一本の線を引き、短い距離の間を全速力で駆け抜ける。砂は地面を掴むのに筋力が要り、余計疲れる。
「これ? 最近スピードが足りないと感じたから、今は瞬発力関連の筋力を鍛えているよ」
息を整えていると、銀髪の少女が飲み物を持って来てくれて、俺はそれを受け取って喉を潤す。背後で潮騒が鳴っている。世界は青空の下だ、綿雲が空を流れている。
「……まぁ、とは言え。欲しいスピードは、人体が出来るそれより上なんだよな……」
「……? 先生?」
「俺も、スキルを覚えてみようかな……」
“スキル”。簡単に言うと、定型的に起こせる技の総称だ。モンスターなどから落ちる“スキル石”を装備して使えるようになるものが、一般人には馴染みが深い。一般人ってなんだ?
しかし、“スキル”は別に他の方法でも使える。“スキル”とは、もともと技術を洗練した先に発現する、“技術の極致”のようなものである。
一生素振りを繰り返して“切るスキル”を発現したものが居る。火球を繰り出し生み出しつ続けて“炎のスキル”を習得したものも居る。“極致”に至ると、格段に威力や効率が向上したりなどする。“スキル石”がなければ、“スキル”はもともと、血の滲むような鍛錬と修練の先にたどり着くものだった。
“雷光”。一歩踏み出し、加速する、それだけのスキルである。しかしその一歩は、雷光に紛れて空気を走る稲妻のように、一瞬で世界を駆け抜ける。
俺は砂の上、波打つ隣の、広い砂浜の上に立っている。足元の砂を踏み、一歩で駆け出す。その後、よろよろと減速して立ち止まり、構え、踏み出して加速する。
俺は何度もそれを繰り返す。理想は“雷光”のようなスキルの習得だが、目的は自身のスピードの向上であり、“雷光”の習得が叶わないとて、習得のために頑張って鍛えた体は無駄にならない。
俺は砂の上で、ひたすら瞬間的な加速と減速を繰り返す。
「先生、私は、次はどのようにして強くなればいいでしょうか?」
夜空があり、星がある。世界に暗闇が下りて来ているが、海に囲まれ、周囲の波の音は夜も鳴りやまない。風が吹いて、そこらの背の高い木の葉っぱも揺れている。俺たちは荷車の隣に焚火を立てて、夕御飯を待っている。
「この間、私は中層級の依頼を単独で成功させました。しかし敵がぬるかったのか、自分の課題というか欠点を見つけることが出来ませんでした。一緒に居た先生は、私を見てどう思いましたか? 何か、足りていない所はあったでしょうか」
隣に座っているツバキがそう聞いてくる。ちゃんと方針を決めて成長しようとする辺り真面目だ。
「まぁ……破壊力、かなぁ」
「破壊力、ですか?」
「上に行くほど敵は硬く、丈夫になる。上の敵と効率よく戦うには、まず、火力というか打点というか、“通るダメージ”が出せないと。ツバキは、今は、導器を使った魔法と物理一体の攻撃が主体だよね」
ツバキはそこで素直に俺の話を聞いている。海で遊びまくっていたので、肌は日に焼けて褐色になっている。
「導器の攻撃が敵に入れば、モンスター相手には基本通用する。でも、相手が固い外殻を持ってたり、あるいは体力が多かったりしたら、ツバキの手札だと敵に対して有効打がない。そうならないために、一撃の威力は出来るだけ高いほうがいい。戦闘は短く済むほど良いし、まずは一回の攻撃の火力を上げていこう、って俺なら思うかな」
まぁ生存能力とか冒険者なら知識とか、上に行くのに身に付けるべきは色々ある。まぁ最初に全部言っても仕方ないし、次の一つ目はそれかな。
「火力を上げるには、じゃあどうすればいいですか?」
「攻撃のスタイルを変えないなら、まずは“洗練させる”。あるいは攻撃にほかの属性を上乗せするとか、筋力を鍛える、武器を重くする……」
焚火の脇で、ツバキの今後の成長方針について話し合った。
「ごしゅじんさま! 見てください! 海でとうもろこしみたいなサカナが泳いでました!」
晴れ空の下、今日も青空と海と砂浜がある。どこかに行ってたらしきヒメトラが、戻ってきて、開口一番にそう言った。
へー、トウモロコシみたいな魚か。黄色っぽい、あるいはウロコが粒々した魚なのかな。
そう思ってヒメトラの手元を見ると、そこにはぴちぴちと跳ねる、海水に濡れたトウモロコシが握られている。トウモロコシみたいなっていうかトウモロコシだなそれ。
瑞々しいトウモロコシに、お盆のナスやキュウリみたいに、本体に直接ヒレがぶっ刺されている。悪夢かな。トウモロコシみたいな魚じゃなくて魚みたいなトウモロコシだよこれ。
「その辺をいっぱい泳いでました! みんなでかき集めましょう!」
「やったー最近食べられてなくてちょうど食べたかったんだよねー」
海を泳ぐトウモロコシを総勢で捕まえ、荷車には大量のトウモロコシ(?)が蓄えられた。
俺たちの今の進行は、海流の気まぐれで現れたり消えたりする道に依存している。まだ海の中の道は開く様子がなく、俺たちは荷車の側で休んでいる。
木々の陰に荷車は止められており、荷車の近くに各々座っている。島の中の小さな日陰からは、まぶしい砂浜と青空と、深い青の海が見えている。
さっき海で獲れたトウモロコシをさっそく齧ってみる。獲れたて新鮮のトウモロコシは、瑞々しくて実もしっかり詰まっており、齧ると野菜の歯ごたえがあって、甘い汁が溢れ出してくる。ちゃんとトウモロコシだ……。
そこを見れば、銀髪の少女も日陰で座り、足を投げ出してぷらぷらと揺らしつつ、両手でトウモロコシを持って齧っている。目が合って、“どうしたのか?”と、少女は視線で聞いてくる。俺は軽く頭を振り、何もないと返した。
荷車の中で、タヌキも座ってもしゃもしゃと小さい口でそれを齧っている。ヒメトラ(人)も、荷車の縁に腰かけ、黄色い穀物を熱心に味わっている。ミドリは、腹のトゲに突き刺してさっさと栄養を吸収し、茶色く萎れたトウモロコシだったものをその辺に投げ捨てていた。
青い空、海の上の島の中、木陰の中で、俺たちは静かに食事を味わった。




