第四十三話、海の畔
「ごしゅじんさま。なんだか、あちらからすごい嫌な気配がします」
ヒメトラが、森の彼方を見つめてそう呟いている。そっちには……そうだな。そっちの方には丁度、魔神の封印された建造物がある。
「心配するな。そこに用はないよ。近くにあるだけだ」
「……そうですか」
ヒメトラは、向こうの空をじーっと見つめ続けている。
道は森を抜けて海に出た。
潮の香りがして、潮騒の音が戻ってくる。視界は広く開けており、目の前には大きな海があった。
道は、緩く内側に湾曲した砂浜に沿って、右手の方へと続いている。反対の左には、突き出た砂の浜、砂嘴? 砂州? が見えており、その先端が指す方向には、点々と大小の島が連なって見えている。
“Ω”のような形の、大きな湾に出たようだ。対岸は遠く霞んでいて見えづらい。
「道は、右手に続いてるけど……」
俺たちは道の上、隣には銀髪の少女が立っていて、また背後の荷車にはいろいろ生き物が乗っている。
「左手の突き出た砂州と群島は、潮の満ち引きによって一直線に繋がるんだ。どうせ進むなら、海に四方を囲まれた、左ルートの方が面白いかもね」
島は湾の入り口を塞ぐように点々と並んでいるが、一つ一つはそこそこ大きく、木々や緑もそこに生えている。
「海水に囲まれた狭い陸地に自ら赴くなんて正気の沙汰じゃないな。海に落ちたらどうするんだ」
と、荷車の中に居座っている植物少女から声が返る。
「そうだね。じゃあミドリはここで下ろしていくから、それぞれルートを進んで向こう岸で合流しようね」
「出来るだけ急いで行くつもりだが、合流は何年後を予定している?」
ミドリに潮風除けのシートを被せて、俺たちは左手の飛び出た砂浜の先を目指す。ここら辺は海流が特殊であり、潮の満ち引きは頻繁に切り替わる。島を渡れるのは一日に一回だけじゃない。
「本当に装備はそれだけでいいか? ミドリ」
「潮風に当たるのが“嫌い”なだけだ。別に、海水に入れたからって萎びて死ぬわけじゃない」
荷車を、飛び出た浜の先の方まで持ってきた。今は道は青い海の中に沈んでいて見えない。
「先生、海よ! 大きいわ! 触ってきていい!?」
「あれ、ツチは海を見るのは初めて?」
「触れる海は初めて!」
「まだ“道”が繋がってないから、それまで自由にしてていいよ。渡るときは呼ぶからね」
「分かった!」
短い茶髪の少女は、砂浜の上に足跡を付けてペタペタと波の方へと走っていく。
「やれやれ。ツチはこどもですね」
と、ネコが幌の屋根の上から降りて、荷物の中に頭を突っ込んでごそごそと何かを探している。
「何探してんだ?」
「水着」
そのうち潮が引いて、砂州から群島に伸びていくか細い砂の道が現れた。
「これは生きた心地がしないなー」
「あまり生きた心地がしないやつのトーンじゃないな」
荷車の中の植物少女は、きらきらと輝く水面を、目を細めて見ている。内情は分からないが、俺の目には景色を楽しんでいるように見える。
か細い砂の道の上、荷車を先導して俺たちは歩いていく。荷車の重い車輪は、多少砂の中に埋もれて沈んでいるが、何かしらの張力が働いて、荷車は砂の悪路を問題なく進んでいる。砂の上には、足跡が二つと車輪の跡が残っていくが、波が満ちればやがて消えるのだろう。
「先生、クラゲが落ちてる」
「さわっちゃだめだよー」




