第三十九話、月の下の果
草原の上、改めて荷車と一行は進んでいく。後ろの荷車には、荷物に紛れて一匹のネコが寝ており、また、一人の少女が縁に寄って座って景色を眺めている。
「……どうしたの? 先生」
「……いや。人間の体は慣れたか? ツチ」
「問題ないわ。何もかもを、先生に頼るわけにはいかないもの」
依頼で留守にしている間に、ツチはヒメトラから人化の術を教わっていたようだった。戻ってくると、宿屋にいきなり知らない少女が湧いていて驚いた。
短い茶色の髪、金色と黒のオッドアイ、童顔、小柄な体。細身のヒメトラやツバキと比べると、やや寸胴の輪郭の体型で、体はもちもちしている。変わらず激しい動きは苦手そうだ。
「出来ることも増えたわ。これからは、私も私の手で先生を支えていくの」
「べつに好きにしてていいんだぞ。お前には何の責任もないし」
「私は私の好きにしてる。心配しないで、先生」
少女は、変化の乏しい顔で薄く微笑んだ。そう言われたら、俺から言えることはない。俺たちは荷車を連れて、ただ道の上を歩いていく。
「先生、そろそろ“嵐”が来そうだ」
俺たちは草原の上を歩いている。空は、綿雲が浮いている程度の青空であり、遠くに不穏な白雲もなく、風も吹いているが穏やかなものだった。
ここで言うツバキの“嵐”とは、龍脈の乱れによるモンスターの湧きの荒れのことだ。
草原の道の上を歩いていると、そこらでちらほらとモンスターの姿が見え始める。まだ、こちらに向かってくる影はないが、遠巻きに見られているのを感じる。
「モンスターが来たら、車を止めて一体ずつ処理するぞ。荷物が荒らされたり壊されたりしたらまずいからな」
「駆け抜けられないんですか?」
ヒメトラが荷物の上から聞いてくる。
「荷車は遅いし、逃げ切れるかは分からない。大量のモンスターを引き連れて囲まれるよりかは、手前から一つずつ処理していった方が安全だ」
「ロケットとか付けないんですか?」
「付けてどこ行く気だよ」
荷車はかたかたと車輪を鳴らして、土の道の上を進んでいく。
俺とツバキはそれぞれ武器を出し、近づいてくるモンスターを一匹ずつ処理していく。火を吐く大鷲、やたら硬い蝶、体が絡まった蛇、殺人ズッキーニ、俺たちは荷車へと向かってくる様々なモンスターを一匹ずつ処理しながら、草原の上の道を進んでいく。
そこに森の始まりが見えていた。道は森の中へと入っていって、そこから“天気”が変わるだろう。森の中に入ればおそらく“嵐”は終わりだ。荷車は、もう少しで森の中の道へと入っていきそうだった。
「やぁやぁ旅の人間さん! ちょっと待っておくれよ!」
と、道の先に割り込んでくる影がある。
「……先生」
「ツバキ、いったん武器を下ろせ」
それは植物型のモンスターだった。腰から下が植物の根っこのように変わっており、上半身は人間ではあるものの、その肌色はセロリとかそこら辺の黄緑の肌である。胸の周りだけ一周して葉っぱの覆いがしてある。
隣の少女はロッドの氷を解いて普通の銀の棒に戻した。俺も、刃を後ろ側に向ける。
「俺たちに何か用かい? モンスターさん。俺たちは、この道の先に進みたいんだけど」
「その! その荷車に私を乗せて、少しばかり運んでいってはくれないか? 私は、いつもの住処を離れてしまったんだが、見ての通りの足でね。少し移動するにも、かなりの体力を消耗する。自分だけだと、そこに戻れるのはいつになるのか分からない」
深い新緑の髪、少女のような見た目のモンスターは、一生懸命そう俺たちに訴えてくる。
「……それは大変だな」
「ごしゅじんさま、悪魔です」
荷車の上、荷物の上に乗ったネコは、モンスターを見つめてそう教えてくれる。
「……わ、私は」
「どこまで行きたいんだ?」
俺は剣を鞘の中に収め、植物型の方へと歩いていく。
「……この道を行った先にある、丘の上へと」
「そうか。荷車には自分で乗れるか?」
持ち上げるにも重そうだな……俺は少女のわきの下に手を入れて持ち上げようとするが、ずっしりとその根っこが重い。半端に抱えるのは無理だな。
「今荷車を寄せる。ちょっと待ってろ。ツチ、荷物を開けてスペースを作ってくれるか!」
「分かりましたー」
荷車の乗り口をその子のすぐ脇まで寄せて、板を掛けて坂を作る。少女の背中を後ろから押しつつ、どうにかその子を荷車の上まで押し上げた。
荷車の上に根っこを広げ、植物型のモンスターが鎮座する。若干窮屈そうにツチは脇に寄り、ヒメトラはじーっとモンスターから目を離さない。
「よし、乗ったな。新しいのに絡まれたくないから、さっさと森の中に入るぞ」
若干重くなった荷車を連れて、俺たちは森の中に入っていく。
“悪魔”。世界に流れる四種類の龍脈のうち、“命理系”の力の影響を受けて生まれる生き物だ。その厄介な性質から、人界の近くでは基本その存在を禁止されている。
悪魔、といえば聞こえは悪いが、個々の人間への接し方にはもちろん個体差がある。存在が本質的に人間と相反するものではあるが、数時間触れ合っただけで何かが起こるわけじゃない。
森の中、視界の狭まった中を、かたかたと車輪の音が進んでいる。俺の隣に銀髪の少女はおらず、背後の狭くなった荷車の中に乗ってさっきの子を見ている。
「先生、わき腹に棘のようなものが並んでいるぞ。これはなんだ?」
「さ、触らないでください」
「ツバキー? 本人の嫌がることはしないよー? 何かしたいのなら、本人の意思を尊重すること」
俺の言葉に、ツバキは当人に聞くことにしたようだ。そこの植物少女に話しかけている。
「君は、名前は何て言うんだ?」
「なまえ……特にない。群れないから」
「そこの、お腹に生えてる棘はなんであるんだ? 根っこの子どもか?」
「……これは、えっと」
「もしかして、おっぱ「食刺じゃないのか?」
俺は荷車の先を先導して歩きながら、ちらりと後ろを振り返る。背後の荷車の中央に鎮座する、腰から下が根っこの、薄い緑色の肌の少女。おへその両側、お腹の両端、あばらの下あたりに、突き出た突起がそれぞれ四つほど並んでいる。突起の先端は緑ではなくオレンジ。
「食刺とはなんだ? 先生」
「植物型のモンスターがたまに持ってる特殊な器官だ。簡単に言えば口だ。獲物に突き刺して、そこから栄養を吸うんだ」
「そうなのか。君は、じゃあ肉食型のモンスターなのか?」
「……いや」
「なんでこんな所にショクシが並んでいるんだ? こんなところにあっても、食事がしにくいんじゃないのか?」
ツバキはその子に興味があるようで、その子の隣に寄って次々と聞いている。
「そんなこともないだろ。こんな風に、獲物に腕で抱き着いたら、ほら。ぶすり」
俺は目の前でジェスチャーして見せる。ツバキの目線が、そこの植物少女に戻った。
「先生、これ危険なモンスターじゃないのか?」
「ちがいます。おっぱいです」
「そうか。おっぱいか。なんでそっちの乳首は隠さないんだ? 上のは隠してるのに」
「こっちのは……見られてもいいやつだから」
「なんでそんなにおっぱいがたくさんあるんだ?」
「……たくさんの子供たちを、はぐくめるように」
隠せよ全部。一人と三人のモンスターを乗せた荷車は、がたがたと土の道を進んでいく。
荷車の上から跳ねて、ネコが俺の肩の上に飛び乗ってくる。重い。
「ごしゅじんさま、なんで乗せてあげたんですか。あれは危険なモンスターですよ。ヒメトラの勘がそう言ってます」
ヒメトラは勘と言っているが、それは適当や当てずっぽうではなく、自然界を生きていく中で培われた経験則のようなものだ。信頼性は高い。
会話は聞こえているのか、後ろの植物型は、こちらを気にするように見ている。
「別にいいだろ。ちょっと乗せていくだけだ」
「ヒメトラやタヌキも、おそらくそこの本来の捕食対象ですよ。食べられたらどうするんですか?」
「丘に着くまでは襲われんだろ。困ってるみたいだし」
「そういう、擬態をするモンスターかもしれませんよ」
モンスターの中には時折、人型に進化するものが現れる。説ではいろいろ言われているが、その中には、“人間という形が便利”だったり、“多く存在する人間という種族に似せて人間からの生存を図る”だったり、あるいは“人間を騙して捕食する”だったりがある。
特に、植物型の中には、虫を寄せるための鮮やかな花びらを咲かせるように、甘い蜜の香りを漂わせるように、美しい人間の姿を象って人を引き寄せ、捕食するタイプが居る。また、植物の擬態型は、動物型とは違い、疑似餌の中に心がなく、無慈悲に人間を騙して捕食するタイプが存在している。
その見た目の華やかさと無慈悲さが相まって、植物型の亜人モンスターには、大きな恐れを抱いている者も多い。もちろん全部が危険なわけではない。
俺はちらりと後ろを見る、植物型の少女もこちらを見ていた。モンスターの目に浮かぶのは、恐れ、不安、焦燥。俺はそれが作り物かどうかは分からない。
「怖いなら、お前らを置いてそこの子と二人だけで行って来るか? ちょっと手間は掛かるが。みんなは、その辺で適当に遊んどけばいい」
「なんで、そんなにそのモンスターに肩入れするんですか? 見た目が気に入ったんですか?」
「わざわざ勇気出して“助けて”って言って来たんだ。なにも、無視していくことはないだろ」
「でも、相手はモンスターです」
「そうだな。でもまぁ、目を細めれば、大体人間と同じだ」
「目悪くないですか?」
再び後ろを見れば、少女たちが後ろで何かやっている。
「先生見てくれ! 下のおっぱいが食べ物から栄養を吸っているぞ! 食べ物がしなびていく!」
「じゃあ食刺だろ。あと女の子がおっぱいだとか乳首だとか口にするんじゃありません」
後ろでツチとツバキが荷物の中から何かを取り出して、その植物の少女へと差し出しているようだった。
「ねぇねぇ植物さん、桃の種は要る? いっぱい残ってるんだけど」
「種は内包する栄養が高い。ぜひくれ」
「ほんと!? じゃあ全部あげるわ!」
「でも種は外側が硬いぞ。そのままだと食べられないんじゃないか?」
「そうね。揺れる車の上だと、殻を割るのは難しいし……」
「心配するな。私の刺は鋭い。それくらいの硬さなら貫通できる」
ヒメトラは警戒しながら背後の荷車を見ていたが、やがてぴょんと、俺の肩を跳ね、自分から荷車の上へと戻っていった。屋根を登り幌の上に登って、ネコは幌の上で日向ぼっこを始める。




