第三十七話、臨戦
上から落ちてきた巨大な針が、ツバキの足元に突き刺さる、岩肌が、まるでバターのように落ちた針に合わせて変形する。ツバキは自分から地面を飛び、また俺が彼女の体を引っ張り、彼女の体は針の直撃からは逃れられたが、地面から飛んできた岩の破片が俺たちの体にあたり、肌を引っ掻く。
キシシ、と笑い声がする。頭上を仰げば、白くて丸い仮面のような物体が浮かび、周囲に黒い靄が渦巻いている。
「ツバキ!!! 逃げろ!!!」
「……先生っ!!」
「”鬼”だ!! 騎士王隊の助けが要る、早く!!」
ツバキはぎりと奥歯を軋ませ、岩の地面を蹴ってその場を去っていった。俺は建物近くの地面の上に立っており、建物の上方の窓からそいつが姿をのぞかせている。
龍脈には大まかに四種類の力の種類があり、そして、その四つの力ごとに魔物たちは四つの分類に分かれている。“大自然系”に属する魔物は、狭い範囲の意味での“魔物”、“天理系”に属する魔物は“天使”、“命理系”では“悪魔”、“干渉系”は“禍津鬼”と、それぞれ呼び名が異なる。
人界近くの龍脈はそのほとんどが“大自然系”であり、出現するのも狭い意味での“魔物”だ。それぞれの評価で言えば、“魔物”が最も与しやすく、“天使”や“悪魔”は厄介であり、そして“禍津鬼”は凶暴である。
“禍津鬼”は通常人間に対して強い攻撃性を示す。もちろん在野の魔物も、人間に対して敵性を示すものがいるが、“禍津鬼”の人間への攻撃性はその非ではなく、奴らは好んで人間を探し求め、攻撃する。
また、本来の住処を遠く離れ、人界にまで姿を見せるような“禍津鬼”は、どの個体も強大である。
この高い攻撃性と能力から、人間界には“禍津鬼”への対処を専門に行う組織がある。
それが“騎士王隊”。
“禍津鬼”への対処には騎士王隊が必要だ。倒せるなら俺で倒したいが、危険性も強さも俺が普段相手しているモンスターとは数段レベルが違う。“禍津鬼”相手には簡単に死がちらつく。
俺は逃げを考え、頭上の浮かぶ白仮面を見上げる。奴はまだ遊んでいる。ツバキは逃がしたが、こいつはどの程度まで追ってくる? 俺が安易に町まで逃げてこいつを連れて来てしまえば、一体どれだけの被害が出る?
俺がぐるぐると思考を巡らせているうちに、頭上に新たな白く巨大な楔が生成されていく。
キシシ。
俺は地面から飛び出た白いトゲを真横に飛んでかわす。地面はひび割れトゲの飛び出た大きな穴を残す。
俺は地面を転がり体勢を立て直す、逃げるなんて奥手なことは考えず倒すことだけを考えるべきか? しかし相手はまだ遊んでいる、相手を本気にさせて、どれだけ強い力が飛び出てくるか分からない。
逃げるべきか、しかしどこに逃げる? ツバキはもう安全か? 俺はもう逃げていいのか? 思考を巡らせる俺に、四角く暗い窓の中から。
二つ目の顔が現れた。
「“領域化”!!」
周囲の感知がより鋭敏になっていく。
俺は胸元のお守りを握り、手に翡翠色の曲刀を呼び出す。足元からせり出した結晶の柱が建物の上階の窓へと俺を押し上げる。逃げられない、ここでやるしかない!
足元で結晶の柱が崩れた、見れは、鋭利な何かに切断されて、結晶柱が途中から斜めにずれていく。
俺は足元の結晶を蹴って手前の穴に飛び込み、中をゴロゴロと転がっていく。奴の居た階は二個上の階、俺が階段を目指そうとした瞬間、上の天井が破れ、下に落ち床を切り裂いてさらに下に向かう。たった今、視界の上下に裂傷が刻まれた。俺は音に、真横へ飛んで、上から降ってきた白い巨大なトゲを避ける。また上と下に大きな丸い穴が開く。
黒ひげ危機一髪かよ。俺は無事に同じ階まで辿り着けんのか? そもそも俺が行くまで奴らは同じ場所でのんびり待ってくれるか? 俺が近づいたらさらに逃げるんじゃないか? 隠れやすい建物の中を、飛び回って俺を安全圏から攻撃した方が効果的だ。
やっぱり逃げるべきか? しかし相手は二匹、どうやって逃げる、どこへ逃げる? やっぱり戦うしかない。
俺は出来るだけ足音を立てないよう、床を弧の字に走りながら階段へと向かう。
「は?」
俺は振り返る、同階の窓に白く丸い顔が現れた。そっちから来てくれるのか? と、階段の上の穴からも、白く浮かぶ丸い仮面が見える。
俺は弱い獲物だ。あっちがどうして俺から逃げ回る必要がある? 俺を殺したいなら近づいてさっさと殺せばいい。敵の取った行動は接近だ。
そしてわざわざ向こうが近づいてきたということは、これからはもっと精度の高い攻撃が飛んでくるということだ。
俺の斜め上、階段上から白く巨大なトゲが、そして窓の外からは白い弧を描く刃が生成されるのを感じ取る。
二方向からの攻撃、取るべきは防御、回避? いや、俺の結晶盾じゃ強度が足りない。俺は“潜影”を発動させ、足元の影に沈んでいく。暗く冷たい静かな空間の中に入る。
“潜影”は影の世界に潜るスキル、じゃあ足元が薄い床ならどうなるか? 床を突き抜けて裏からは出る、わけじゃない。“潜影”は足元の影に入り、移動して影から出てくるスキル。“潜影”の世界は、見えている世界の裏、ではなく、影からポケットのように膨らんで出来る一時的な世界だ。
外の世界で破壊音が聞こえる、影の上の世界で、床がトゲに壊され、無効とそっちの壁が真横に切られるのが見えた。俺は呼吸を止めながら足場のない影の世界の中を飛んでいき、やがて上方向の力に引っ張られ、再び影の外の世界へ。
音と空気が戻ってくる。肌にひりひりと感じる殺意も。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
階上の浮かぶ仮面からけたたましい笑い声が聞こえてくる。俺は階段を駆け上がり、遠ざかっていく白い仮面を追う。
「“風刃”!!」
階段を飛び出、同じ階に仮面の姿が見えた。剣を振って飛び出た風の刃が白い仮面へと飛んでいくが、木の葉のようにひらりとかわされる。速度が足りてない、当てるには距離か、動きの読みが足りない。
足元からめきめきと床を剝がしながら大きな白い刃が現れ、床を破砕し、背後の壁にぶつかった。そのうち建物ごと壊れるんじゃないかこれ。俺は真横に飛んで上の階から落ちてきた白いトゲを避ける。
こちらの攻撃が当たらない、向こうの攻撃はまだ避けられる、しかしこのまま続けていけば先に体力が尽きるのはこちらの方。短期で決めたいが決定打はない。俺が少しでも足を止めたなら、俺はすぐにそこらの木片と同じ末路を辿る。
機動力だ、機動力が足りてない。もっと速く走れ、敵の元まで!
俺は荒れた木板の上を弧を描き走っていく、白い仮面はふわりふわりと宙を舞い、窓から外に出て上へ、俺は床から斜めに結晶柱を生やし、窓の外へ飛び出、足元の結晶柱を蹴って上の階の窓に飛び込む。
こっちから追ってくることは予想してなかったのか、白い仮面は窓のすぐそばに居た。すかさず切りかかると、ひらりひらりと避けながら距離を取っていく、すぐにまた距離が離れ、離れた奴に風刃を放つが、白い仮面の端を掠って背後の壁へと当たった。
足元からの気配に俺は隣へ飛び込む。下から白い大きな刃が飛んで来て天井へとぶつかる、俺が転がった先に白い大きなトゲが飛んで来て、空けた脇腹のミリ横を掠って床板へと突き刺さる。
俺は飛び起き向こうの白い仮面を見つめ剣を構える。
呼吸がきつい、乱れた息が止まらない。心臓がバクバクと言って視界が霞んでくる。気流を操作して肺と外との空気を循環させる、体内の血液の流れを加速させる。
まだ走れる。俺は剣を握りしめ、走りだそうとしたその瞬間。俺の手から剣が零れ落ち、また足がもつれて体勢が崩れる。
体がおかしい、右手や左足だけが妙に冷えている……無理に呼吸を行おうとした代償だ、全身の血液が均等に上手く巡れていなかったのだ。
俺の体は古びた木板の上へと崩れこむ。左手で床を突いて起き上がろうとするが左足が上手く付いてこない。
俺の目の前で、白く大きなトゲが生成され、その切っ先は俺へと向いて、緩やかにくるくると回っている。
終わったか……。俺は手を掲げ魔力を練るが、相殺は無理で、間に合いもしない。
白く巨大なトゲが、射出された。




