第三十六話、弟子の見守り
「この辺りで不審な影が目撃されているみたいなんですよ」
ギルドで情報収集をしていると、受付でそんな話を聞く。
「不審な影、ですか?」
「はい。つい先日、町の外に置かれていた荷物が、鎌のような鋭利な刃物で切り裂かれていたとか……その時に、不審な影も目撃されたみたいで」
「近くで、似たような被害を起こすモンスターは?」
「近年の例だと、ありませんね……」
ふーん。物を切り裂く不審な影ね。
「分かりました。俺の方でも覚えておきますね」
「はい。町の外に出る際は、お気を付けてくださいね」
「先生、依頼取って来た」
宿の部屋で休んでいると、銀髪の少女が部屋を訪れてきた。
「先生も来る」
「なんで先生も行くことが確定事項なんだ。ツバキが一人で決めていいのは、ツバキが一人で出来ることだけだ」
「先生は来ない?」
「依頼は元の場所に戻して来なさい。うちでは面倒を見切れません」
「じゃあ一人で行ってくる」
と、少女はおとなしく引き下がり、踵を返してその場を去ろうとする。
「……一人でも行く気か? その依頼に」
少女は顔だけこちらに振り返り、短く返事をする。
「うん」
ちらりと見えた、依頼書には危険度“6”と書いてある。ツバキの行けるギリギリの危険度だ、その場の状況や敵との相性によって、安全な実力差は容易に詰められる。
まだ一人で行かせるべきではない。俺は溜め息を吐き、ベッドから立ち上がる。
「俺も行くよ」
「だと思った」
「“だと思った”じゃないよな? そこは“ありがとう”だよな?」
ごつごつとした岩の道、左手には上へと続く崖があり、そして右手には下へと続く崖がある。高所に続いていく岩の道を俺たちは歩いていく。
「あそこですね」
大きな岩の山の一つに、崖の側面に沿うように大きな建物が建ててある。
建物の足元までやって来た。
「ここは、今はもう使われていない採掘の施設だそうです。建物の中に穴があって、そこから坑道へと入れるそうです」
それは大きな建物だった。縦にも横にも大きい四角の大きな建物、建物の壁には均等に四角い穴が開いて並んでおり、穴をふさぐようなものは何も付いていない。
「先生は見てるだけでいいですよ」
「ふーん? せっかく来たんだし、俺もちょっとは働こうかな」
「先生は見てるだけでいいですよ」
ただ見守ってて欲しいんだね。先日の強さの指標の話があって、彼女はさっそく“中層”の依頼を一人でこなせるかの腕試しがしたいのだろう。
銀髪の少女は、開きっぱなしの一階の入り口から、建物の中へと侵入していく。何もしなくていいと言われても、俺は何もしなくて良いわけじゃない。もしもの時に備え、俺は彼女以上に広い視界で周囲を見ておかなければならない。
俺は少女の背後から、彼女の邪魔をせぬよう後ろを歩いていく。
一階は随分荒れている。地面はむき出しであり、そこかしこに何かしらの器具が落ちていて、それらは朽ちており、埃を被っている。
少女はぼろぼろの木製階段を登り、二階へと上がっていく。続いて二階へと上がると、そこは仕切りのない一つの広い空間が広がっている。
奥の壁にむき出しの岩肌があり、穴があって、建物内の手前までレールが伸びていく。少女はその穴の方へと向かうようだ。穴の手前で少女は顔にマスクを付け、ライトを取り出し、穴の中へと入っていく。
途端に視界が狭まる、どうやらここは人工的に掘り広げられた洞窟のようだった。動線が二階にあるし、石炭みたいに量を掘る採鉱ではなく、希少な鉱石を見つけ出して取ってくるような採鉱所だろうか。
穴は今のところまっすぐ真横へと続いていく。穴の床中央にはレールがあり、洞窟の構造を支える木枠があって、もう通っていないだろう明かりが点々とぶら下がっている。空気は止まっていて、音がない。
ツバキは周囲を警戒しながら、坑道の中を進んでいく。
暗い道は少女が持つライトが白く明るく照らし、少女の動きに合わせて影が揺れる。俺たちの足音だけが、音の死んだ洞窟の中に木霊している。
やがて少女は立ち止まった。ハンドサインで俺に何かを伝えてくる。この先に三叉路があって、そこにモンスターが固着しているらしい。
少女が銀色のロッドを抜き出し、向こうへと歩いていく。俺は置きっぱなしのトロッコのある所まで行き、向こうのモンスターを視認した。
彼女のライトに照らされ、三叉路の鋭い壁には、乾いたチョコで出来た木のようなものが生えていた。木の表面は余計な凹凸がなくさらさらとしていて、曇っている。葉っぱはなく、裸の松の木のようなうねって歪んだ樹木。それはちょうど人くらいの大きさがある。
木の枝の先には、葉っぱの代わりにシャボン玉のようなものがぶらさがっている。少女の接近に、泡の一つが割れ、そこから紫色の煙のようなものが広がる。
少女はロッドを氷の槍に変え、走り出す。坑道は狭いが、幸い三叉路のある交差点のところは若干広くなっている。とはいえ、意識せずに動けば天井に武器が当たるだろう。
紫の霧は、肌への刺激はないのか、ツバキはマスクをしたまま突っ込んでいる。パツン、パツンと、また何度かシャボン玉の割れる音がした。そこから、水色、黄色と、新たな色の煙が広がっているようだ。
ツバキが樹木の元まで到達した、ツバキは槍先を樹木へと突き刺し、そこから蜘蛛の巣のように霜が一気に広がり、樹木を覆う。まだ木にはいくつかシャボン玉が残っていたが、氷の霜が表面を覆いもう割れない。
ツバキは、ぎゃり、ぎゃりと、樹木の枝を端から折っていく。樹木は煙の迎撃以外はアクションを起こして来れないようで、凍ったままもう動かないでいる。
ツバキはやがて、一番幹の太い辺りを槍先でがっがっと抉っている。凍った表面は固いようだったが、やがて幹の中から赤いコアをのぞかせた。
ツバキは槍を構え、突き出す。終わったのだろう、茶色の樹木がそこから立ち消えていく。少女は足元のそれらを拾い、たったっと軽快に走って戻ってくる。見れば、少女の体はさっきの霧の色で汚れており、また壁や地面にも紫の汚れがこびり付いている。
「霧を浴びてしまった。早く落とさないといけない」
いや浴びちゃいけない霧かよ。無謀。
俺たちは急いで外へと出てきて、ツバキはそこで上の服を脱ぎだした。周囲に誰もいない、少女は野外で薄着の姿になる。魔石を取り出して水の魔法で、厚い生地のズボンと上着をすすぎ出す。
「霧の毒性は?」
俺は洗濯をしている少女に投げかける。
「やつの霧は、スプレー塗料のように周囲を漂い、物体の表面に吸着して効果を発揮する。紫は腐食の効果、物体なら劣化させ、身体にはダメージを与える」
「……体には浴びてないだろうな」
「紫はそんなに即効性のあるものじゃない。すぐに洗い落とせば大丈夫だ」
「遅効性ならより気づきにくいだろ。水で落ちるなら、一応全身洗っといた方がいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、少女からは冷めた返答が返ってくる。
「私は毒を体に浴びて気づかないほど間抜けじゃない。私の体には付いてない」
「少量でも付いてたらどうするんだ」
「霧は内包する魔力量以上の効果はもたらさない。気づかないくらいの小さなものは、気づかないくらいの効果を出すか出さないかして消えるだけ」
「……でも、一応洗っといた方がいいんじゃないの?」
「先生は心配しすぎ。そもそも、服にもあんま付いてないし。どうせ先生が言うから洗ってるだけ」
少女は無言で服の水を切り、次は赤い魔石を取り出して服を熱風にさらしている。
俺は何かの気配を感じて上を見上げた。そこには、壁に沿って建てられた大きな四角い建物があり、壁には暗い窓が並んでいる。気配がしたのは建物の上からだ。しかし、見える所にはなにも見当たらない。
少女はそこでごそごそと服を着なおしている。
「……先生? どうかした?」
「依頼の相手は、廃坑の中のさっきのモンスターだけでいいんだよな。ターゲットが複数居るわけじゃない」
「モンスター同士の仲は知らないけど、あの霧は、近づいた奴に無差別に吐くみたいだったから、他のモンスターも人間も中に近づけなかった。依頼の相手はあれ単体だけだし、近くにモンスターも居ないはず」
「そうか」
俺につられて、ツバキは建物の上の方を見上げている。
上から落ちてきた巨大な針が、ツバキの足元に突き刺さる、岩肌が、まるでバターのように落ちた針に合わせて変形する。ツバキは自分から地面を飛び、また俺が彼女の体を引っ張り、彼女の体は針の直撃からは逃れられたが、地面から飛んできた岩の破片が俺たちの体にあたり、肌を引っ掻く。
キシシ、と笑い声がする。頭上を仰げば、白くて丸い仮面のような物体が浮かび、周囲に黒い靄が渦巻いている。
「ツバキ!!! 逃げろ!!!」
いつも読んでいただきありがとうございます!
タイトル変えてみました!
旧題:いつか勇者になるために ―突如異世界に飛ばされた俺、勇者を育てる学校で剣や魔法を学んでモンスターと戦い仲間と共に強くなっていくー
新題:異世界で学ぶ楽しさを ―異世界転世と勇者の学校―
主題を変えるのは初めてなのでビビりながら変えてます! ビビッてまた元のタイトルに戻すかもしれません! ご苦労をお掛けします!




