第三十四話、旅の食べ物
「キョウゲツさん、これ読んでもいいですか?」
タヌキがごそごそと荷物の一角を漁っている。ツチは本に興味があるようだった。
「いいよー、好きに読みなー」
町を回るため、いったん荷車を空き地に停める。ツバキはネコを抱えてさっさと町の中に入っていった。ツチは、まだタヌキの姿でしか居られないから、人の町の中を歩くのは怖いようで、ここで待っているという。
ツチが手に持っているのは栄養学の本、ツバキを連れて歩くとなって、俺が最初の方に買って読んでいた本だった。こちらでも栄養の学問はある程度発展しているようで、三大栄養素の概念はもちろん、名前は違うがビタミンなどの栄養素や、それが欠乏した時の症状、含まれているメジャーな食べ物などが記載されている。
ちなみにこれを覚えなくてもギルドの売店で売っている携帯食料を買えば全部解決。あれはどっかの頭のいい人が栄養バランスや持ち運びなどの面を考えて作成されている。味? あぁうん……。
タヌキはてちてちと荷車の上を歩き、そこに置いてある、立派な麻のクッションに背中を埋めた。小さな手で本を広げてタヌキはそれを読み始めた。読んで面白いか? それ。
「私たちの旅の食事には、野菜や果物が不足していると思いますよ、キョウゲツさん」
「まぁ、そうだね」
旅の食事は、近くに店もなく、もちろん畑もなく、その場にあるものだけで作らないといけない。穀物は町で購入して持ち歩いており、肉なら、道中で狩った獣をそのまま食べたり保存食にしたりしている。
しかし、野菜や果物はその辺ではそうそう採れない。採れたとして、野生のはあまり美味しくないし、量もない、安定して採れない。だから、旅の道程で野菜が出てくるのは、町に寄った時かその直後くらいか。
あとヒメトラが多く料理をするが、ヒメトラがあまり野菜を料理に入れない。ヒメトラが料理に使わないということは荷車に在庫も乗らない。そもそも、ヒメトラが料理をしなければ、俺とツバキは携帯食料三昧。旅の道中では温かい食事にありつけることすらありがたい。そんなこんなで野菜まで気が回らないのが現状。
「どうしても、手に入りにくいからね」
「これは解決すべき問題ですよ、キョウゲツさん」
「ツチは野菜が好き?」
「私が好きとかじゃないです。みんな食べるべきです」
「うん……」
そう……そうだよなぁ。ツバキもまだまだ成長期だ、栄養が偏って変な風に体が育ってしまってはいけない。俺は、その本を買っただけで満足していたかもしれない。もっと、ツバキのために栄養バランスの整った食事をしないと。
「じゃあ……冷蔵の箱を、もっと大きくする? 町に寄る時に、もっと買い込んでいくか」
「しかし、野菜は嵩がありますよ。結局、旅を続けていけば、野菜が尽きるのは目に見えています。冷蔵も無限じゃないです」
「まぁ……そうだね」
「野菜も、干し肉みたいに保存食にしましょう」
「あ、お漬け物みたいにってこと? いいねぇ」
こっちの世界に来てから、そういうものは久しく食べていない。味噌とか、たくわんとか……確か以前ミナモさんが持ってた気がするけど、あれは先生から貰ってたんだっけ? 味噌汁飲みてー。
「先生は、そのやり方を知ってますか?」
「知って……まぁ、食べる方なら。探せばどっかにそういう本ないかな。どちらにしろ、漬け物を作るなら漬ける素とかが必要……まぁその辺も一緒に探すか」
「それ、ツチがやりたいです」
ツチは、今回意欲的なようだった。栄養学の本を抱え、タヌキはそう主張してくる。
「ほんと? ありがたいねぇ。じゃあ一緒にやってみようか。とりあえず……とりあえず、どこに行ったらいいんだろう。八百屋さんの人とかなら、詳しいかもね。お野菜仕入れるついでに聞いてみようか」
「今から行くんですか?」
「じゃあ今から行こっか。ツチも一緒に来る?」
「……はい」
俺は歩くタヌキを連れて、町の中を歩いて行った。整備された石畳の上を、タヌキは四つ足でてちてちと歩いていく。多少人目を集めていたが、ツチは気にしていないようだった。
八百屋さんで、日持ちのする野菜の種類などを教わり、また、簡単な野菜の酢漬けのやり方を教わった。




