第三十二話、青空を眺めて
森の中、木々が切り拓かれ、肌色の道が続いていく。右にも左にも木々が生い茂っており、また道もまっすぐではなく、見渡しは全然よくない。
森の道の上、二つの足音が進んでいく。また、その後ろを走る車輪の音もする。
「ごしゅじんさまー、視界が森で退屈ですー。どうにかしてくださーい」
後ろで荷台に乗ったネコが何か言っている。
「熱気球でも飛ばして乗せてあげようか」
「ヒメトラが風にさらわれでもしたらどうするんですかー? よく考えて言ってくださーい」
安全面にうるさいなこいつ……。
道の上を一行は進んでいく。あてもなく、頼りもなく、ただ道の行くまま歩みを進めていく。
道の脇に、拓かれた広場を見つけた。おそらく旅人たちが休憩用に使っているものだろう。俺たちもそこに荷車を止め、一度休憩を挟む。
ツバキは、モンスターセンサー(ヒメトラ)を装備して、武器を持って森の中に入っていった。荷車の隣には、俺とツチが残される。
俺は荷車の隣に椅子を出して座っている。隣には、地べたに腰を下ろして、荷車に背中を預け、ぼーっと空を眺めているタヌキの姿がある。
「ヒメトラとは上手くやれてる?」
俺が声を掛けると、タヌキはぼーっとした顔のままこちらを向いた。
「そこそこです」
「そっか」
「ツバキちゃんは……優しくしてくれます」
逆説的にヒメトラは優しくないみたいな言い方……まぁ多分ツバキが特別優しくしているのだろう。たぶん。俺が一緒に居る間は、二人が不仲で居るようには見えないし。一応後でヒメトラにも聞いとくか。
「いま、何かしたいことはある? 覚えたいこととか、やりたいこととか」
俺が聞くと、ぼーっとした顔のまま、タヌキは空を見つめる作業に戻った。
「わたしは……」
「うん」
「何も……したくないのかも、しれません」
うーん。鬱かな。それとも元々そういう気質なのだろうか。最近一緒に居始めたが、そう言えば、この子が何かを楽しんでやっている所は見た記憶がない。
「もともと、ぼーっとするのが好きなの?」
「……どうでしょうか」
「まぁ、新しい環境に入って、思ってる以上にストレスが多かったのかもしれないね。今は慣れることで手一杯か」
「……そんな感じです」
「前までは、何して暮らしてたの? 暇な時とか、好きなこととか」
「いのちを優先していました」
「野生界は厳しそうだね」
俺は、ぼーっと座っているタヌキに手を伸ばす。ふわふわの毛、頭に触れて頭を撫でる。
「世界は広いよ」
「……」
「美味しいものも、楽しいことも、いっぱいある。まずは見て回るといい。ツチの好きなもの、好きなこと、やりたいことが、たくさん見つかるかもしれない」
「……そうですか」
「何か見つけたら、良かったら俺にも教えてね」
タヌキの頭が回って、俺の顔を見上げる。
「なんでですか?」
「それは俺の好きなものかもしれない。みんなでいいものを探して、共有すれば、俺たちは効率よくいいものを見つけられる」
「私の気に入るものが、あなたの気に入るものとは限りませんよ」
「そうだね。趣味や嗜好ってのは、人によってずいぶん違う」
「……」
「でも、人が好きなものを聞くのは、案外面白いよ」
「キョウゲツさんは、人の好きなものを聞くのが好き、ってことですか?」
「そうなるねぇ」
タヌキはぼーっとしながら、また、青空の方に目を戻した。
「柔らかいベッドや、クッションが欲しいです」
「そっか」
「柔らかいものに埋もれて眠るのは、気持ちがいいので。揺れる荷車に乗っていると、お尻が痛くなります」
「生活の質ってやつだね。今まではあまり乗る側が居なかったから準備がなかったよ。次の町に着いたら、じゃあ探してみようか」
「いいんですか?」
「あるいは、今すぐ欲しければ、その辺の草や葉っぱを布に詰めて作るけど」
「……ちゃんとしたやつが欲しいです」
「分かった。じゃあちゃんとした奴を買って来ようか」
森の上に広がる青空を眺めていると、そのうち二人が帰ってきた。銀髪の頭にネコがまたがり、少女は多少土や草で汚れている。ネコは彼女の頭を降りて、荷車の日陰へと戻っていく。俺は、銀髪の少女の体を手箒ではたいて綺麗にする。




