第三十一話、冷たい建物
なだらかな草原。左手には少し行った所に崖があり、そしてきらきらと光る海面が彼方まで見えている。右手には斜面を降りて行って、小麦色の草原が広大に続いている。
カタカタと車輪の音が鳴っている。俺たちは崖際の草原の上の道を歩いている。
道を歩いていくと、その内境界線を引いたように、そこから森が始まっている。道は崖から逸れて、森の中へと入って続いていく。
土を踏む足音は二人分、背後には、荷車に紛れて寝ているネコと、荷台に縁に座って流れる景色を眺めているタヌキ。
俺たちは森の中へと入っていく。途端に視界が狭くなり、風が吹いて、俺たちを取り囲む木々がざわめいている。
森の中の道を進んでいると、脇に視界のまっすぐ通る場所がある。そこは、地面は雑草で埋め尽くされているが、木々が切り開かれており、また、道の先に何かが見えている。
俺たちの視界の先に、一つの“建物”が見えていた。
「あれは、ビル……ですか?」
縦に細長い、人工的な直方体の建物。見えている壁面の一部が崩れており、中の層状の構造が見えている。中にも自然の緑が入り込み、装飾している。
「一説には、お墓、らしいね」
「お墓? 誰のですか?」
俺の頭の上で、ぺしぺしと俺を叩いてネコが聞いてくる。
「さぁ。昔の、繫栄していた人類のものか、もっと昔のものか、あるいは知らない世界のものか」
「そんなに前のものなんですか? 結構新しく見えますけど。壁こそ崩れてますけど」
「確認できる限りは、数十年前からあの姿であるみたいだけど。そこから新たな崩落もなくて、崩れた壁の破片も周りに見当たらなくて、まるで、最初からあの姿で建てられたみたいだって」
「不思議な建物ですね」
俺たちはビルの周囲の開けた土地に荷車を止める。
「じゃあ、俺たちは中を見てくるから」
「ヒメトラは荷車を見ていてあげますよ」
「わ、わたしもここに居ます」
俺たちはツチとヒメトラをそこに置いて、建物の一階入り口へと向かっていく。
「建物内に、モンスターの巣が出来て占拠されてるみたいなんだ。道中のモンスターを処理して上階の“巣”を破壊するよ」
「依頼ですか」
「そういうこと」
俺たちは武器に手を置いて、建物の入口へと近づいていく。
すべての層は、どうやら同じような構造をしているみたいだった。自然の緑による装飾はそれぞれ違うが、中には墓石のような、平たい石の台座と縦に長い石が組み合わさったものが、いくつも整列して並んでいる。あるいは、それがパソコンとデスクであれば、オフィスのようにも見える。
並んだ墓石と、その間に続く道。建物も墓石も青白い石材で出来ているようであり、また足元は心なしかひんやりと冷気が漂っている。床の石材のマス目に苔のような緑が埋まっている。
俺たちが地上の階に入り、様子を見ながら、奥に見える階段へと歩いていくと、どこからか羽音が聞こえてくる。
それは、階上から二匹、飛んで来ていた。真ん中に銀色の球体、ひし形の四枚の羽、銀色の球は四枚の羽を震わせ、高速でかくかくと空中を移動しながらこちらへ飛んでくる。
「“敵対”型ですか。好戦的ですね」
「巣に近づいてるからね。防衛反応だろう」
俺たちはそれぞれ武器を抜いて構える。銀色の虫は飛来し、すぐに俺たちのもとに到達した。俺は剣を構えて、その胴体に刃を―
「……速い」
銀色の玉はかくかくと宙を動き、俺をすり抜け背後を取った。そこにホバリングして、銀色の玉は俺の様子を見ている。隣で、銀髪の少女も何度もロッドを突いては避けられているようだった。
なるほど、今日は精度と速度の訓練だ。
後ろでドタバタと足音がもう一匹を追っている。
「ツバキ! そっちは任せたぞ!」
俺は声だけ掛けて、目の前の一匹に集中する。目の前で、かくかくと、宙を銀色の玉が位置を細かく変えながら飛んでいる。俺は剣の柄を握りなおす。
こちらから仕掛けた、俺の剣が遅い、振り始め、狙いの位置に刃が届く頃には、銀色の玉は空中で二回も位置を変えている。
剣を振る、振る、まるで捉えられない、その羽の端にも届かない、俺の剣はただただ空を切り続ける。
違うな。俺の剣が遅い、相手の動きが速い、なら頑張って剣を振って当てよう、ではないんだ。今の俺の剣では、振ってからでも相手は避けられる。そして今この場で剣の動きは急に二倍、三倍に速くなったりしない。
先読みで当てるんだ。相手の動きを見て、学んで、剣が振って届く頃に、ちょうど相手が居る位置に刃を届ける。今見えてる敵に向かって剣を振るのでは“遅い”。
俺は敵の動きを目で追っていく。右、左、右、左、基本は移動と停止を繰り返し、前回の動きと続けて直線にならないよう、前の移動と次の移動の線は必ず曲がっている。
一回の移動で動く距離はほぼ一定で、例えば俺の前から後ろに一気にワープすることはない。停止はおそらく休憩だ、その瞬間的な移動は長距離、長時間出来るものじゃない。また移動はカーブを描くことはなく、ほぼ直線的に行われている。
その高い機動力を保つためにほかの機能は犠牲にしているのか、俺がじっと待っていても、そっちから攻撃を仕掛けてこない。かくかくと、ただ宙を舞って動き続けているだけだ。
直線の軌道に沿って剣を振れば、あるいは停止の瞬間を読んで攻撃を仕掛ければ、剣は当たる。
しかし、次の移動がどこに向かって行われるかは、無作為で読めない。ただ、前回と同じ軌道の直線状には居ないということだけだ。右か、左か、上か、下か。
これ以上見ていても読めるものはないな。あとは勘で当てろ。
俺は停止中の銀の玉を見つめ、とりあえずそこに剣を振る、速い、振った瞬間に俺の狙いの左手に移動した、それは読めていたから、俺はそっちに軌道を修正して剣を振る。俺の剣が到達する頃には、ブゥンと体が揺れて、いつの間にか上に移動している。
なるほど、墓石や天井からは結構距離を保ちつつ移動している。なら、移動の範囲が狭まるように追い込むか。
俺は剣を振って、振って、墓石の列の間を、宙を舞う銀の玉を追い続ける。銀の玉はランダムに移動しているようであり、なかなか俺の狙い通りに壁や端に行ってくれない。
なら自分で地形を作るか。
俺の魔力の反応に、銀の玉が俺から後ずさるように動いた、そのさらに背後に、天井から結晶の柱が生えてくる。結晶の柱は複数生え、壁のように左右に並んだ。俺はさらに銀の玉の左右に二本、上から生やす。あまり生やしすぎても俺の動きの邪魔になるが、どうせ砕けやすい“結晶”の柱だ、まとめて壊せばいい。
銀の玉は、どうやら結晶の柱には触れないようにその場に留まり続けている。
俺は再び銀の玉に狙いを付けて剣を振る、銀の玉は、結晶柱の囲いを飛び出るように手前へ、そして直後真上へ。動きを読んでいた俺の剣が止まり、切り上げ、下から銀の玉の体をかち上げた。
軽い衝撃があり、銀の玉は体の形を歪めながら天井に飛び、当たって、地面へと落ちてきた。ひし形の四つ羽は力なく萎れて、銀の玉に空いた穴から細かい銀色の粒子が漏れ出て、体が溶けていく。
ふぅ、と息を吐く。どうにかやったが、一体に消耗しすぎだな。“結晶”は消費が軽いとはいえ魔力も使った。まぁ二体目からは慣れて処理も早くなるだろうか。俺はツバキの居た方へと意識を切り替え、振り向く。
銀髪の少女はまだ戦っていたが、割と優勢のようだった。あれ、銀色の玉の動きが鈍っている? 彼女の槍先が、何度かはずれ、しかし何度か当たり、銀色の玉を小突いて消耗させている。
そのうち、振った槍の一撃が真上から入った。銀の玉は地面を転がり、彼女は上から槍先を下ろす。墓石の向こうで、槍先が地面の銀玉を貫いたようだ。ふぅと息を吐き、ツバキが周りを見渡している。俺は手を振る。
「先生! やれました!」
「お疲れ。よくやったね、すごい」
「はい!」
俺は足元のドロップ品を拾い、ツバキの方へと歩いていく。
「今の銀玉、動きが鈍ってたみたいだけど、ツバキが何かしたの?」
「そうですね! 氷の粒子を撒いて、敵にまとわせて動きを鈍らせました!」
ふーん。範囲系の速度デバフか。いいね、強い。
「この調子だと、少し処理に時間掛かるか……。上に行くほど数が増えるかもしれないし、個体が強くなるかもしれない。まぁ、とりあえずはいったん休憩して、それから二階にも上がってみようか。ツバキ、まだいける?」
「いけます!」
俺たちは息を整え、少ししてから、見える階段を上り始めた。
二階に上がると、今度は三匹が同じフロアに現れた。ツバキが初手で二体に氷のデバフを食らわせ、残った一体を俺が追う。二体をツバキが引き付けてくれている内に俺は一体を処理し、残った二体の相手に向かう。動きの鈍った銀の玉に、動きが目に慣れてきたこともあってか、攻撃を当てるのは簡単だった。
「先生! 私の敵ですよ!」
「ツバキ、デバフ撒いてるだけでいいよ。倒すの俺やるから」
「だめです! 私のです!」
俺たちは、さらに上へと上がる階段へと向かう。
各階三、四体ずつ現れるようであり、俺たちは一体ずつ処理しながらも、順調に上へと上がっていく。最上階に到達すると、そこには壁に穴が開く、暗いフロアだった。
奥に巣があり、また十数体の銀の玉が待ち構えている。初手で“花火”を放ち、近づいて来た個体にはまとめてツバキの氷デバフが入り、俺たちは次々と銀の玉を仕留めていく。やがて数が減り、動くものは居なくなり、奥にあった、金属光沢を放つ大きなハチの巣を破壊する。
「壊すんですか? それ」
「危ないからね」
「飛んでるのはぶんぶん飛んでるだけ、でしたけど」
さっきの群れの中、初手の花火で仕留めたが、金色の棘の付いた個体が見えた。あの軌道力で、攻撃性能まで加わったら脅威だ。
「数を生む個体はね、そのうち進化する。だから、脅威でないうちに潰しといた方がいい」
たくさんの六角形の穴が並んだ金属質の塊は、俺の剣の一撃に大きくひしゃげ、そしてほかのモンスターと同じように体が消えていく。その場にドロップ品を残した。
俺たちは数階下がり、空いた壁の穴から景色を見下ろす。そこには森が広がっている。下方の荷車にこちらを見上げている影がいて、俺たちは手を振った。




